06

 零さんは「何か手伝えるようになりたい」と家事……というか生活がぽんこつな私に変わり一手に引き受けながらも、最近は文字を読む練習をしていた。頭がいいのか、教えた基本の文字はするすると覚え、ある程度文法も理解したようだ。うちには祖父が自分の為に書き記した日本語とこの世界の文字の辞書……とも呼べない単語帳のようなものがあるので、零さん的には十分助かる、ということらしい。そもそも私たちの言葉自体が耳で聞くだけなら日本語であるらしく、文法の違いなんてほぼないとのことで、そう難しいことではないようだった。……絶対嘘だと思う。
 私はもともと、その日本語とやらをなんとなく理解していたので零さんとは違うが、いくら口から出る言葉が同じであろうとまったく違う文字を使い、漢字とはまた違う綴りで単語が意味を成り立たせている以上、それを理解するのは容易ではない筈なのである。だが、新しいものを覚えるのは嫌いではないのか、零さんは空いた時間真剣に祖父の遺したものを読み進めているようだった。調合したゼッテル……メモ用紙とインクの必要ない羽ペンが零さんの勉強道具である。

 私は基本的には賢者の石についての研究を進めることとなった。というのも、世界渡りの道具にはやはり賢者の石を使うとレシピに記されていた為だ。
 私はこの世界で必要とされる基本の薬と、自分が生きていくための調合しかほとんどしてこなかったので、難易度の高い調合を安定させる技量はない。暇つぶしに祖母から出されたヒントで賢者の石を研究した程度なのである。そんな適当な情報で、零さんを異世界に戻す道具なんて作れるはずがなかった。危なすぎる。
 賢者の石の研究と並行して、私はその賢者の石を調合する為にも自身の調合スキルのレベルアップも視野にいれなければならなかった。下手ではない、とは思うが、圧倒的に経験値がたりない。それが、錬金釜に賢者の石一つ目の材料を入れて覗き込んでみた私の判断だ。私はどちらかといえば感覚派で、錬金術を人に教えることは不得手だが、こうした釜を前にしての感覚には少し自信がある。今はとにかく様々なものを調合してみて、より高度な調合に備えた方がいいと思う。……それを零さんに伝えるのは心苦しかったが、はやく戻りたいだろうに零さんはそれを咎めることはなく、ただ申し訳なさそうに手伝いを申し出てくれていた。
 はやく、ちゃんと作れるようにならないと。祖母の言葉と、私の錬金術が誰かの……零さんの助けになるかもしれないという事実に、幼い頃初めて調合した時のような不思議な高揚感を感じる。

 錬金術は、困っている人を、助ける力だ。



「零さん、この前回収してたのものって、武器ですよね? 銃だっけ、詳しくないけど……」
「……この世界にもあるのか?」

 昼食後、おばあ様の遺した本から武器をまとめたものをピックアップして目を通していた私は、ふと、数日前に零さんが来たその日に落としたというものを回収しに行ったことを思い出し、辞書を読む零さんに声をかける。

「ううん、ないと思います。剣とか、槍とかなら良く見ますけど」
「……前の世界にあったのか?」
「もっと大きい、大砲? とかならありました。銃はどうかな。銃はどちらかというと、おじい様の国の文字と同じ記憶に引っ掛かってると言うか……」
「……一度その『記憶』についても考えてみたほうがいいかもしれない。原因と境目が曖昧なのが、ナマエさんが違和感を抱いた原因かもしれない」
「そうなのかな……考えるって言っても」
「いくつか質問して見ても?」

 そう問う零さんに頷けば、その後は驚くほどの質問の嵐だった。
 年号とは何かわかるのか。記憶にある年号は何か。『日本』の歴史は、箸を使えるようだが祖父に習ったものか、祖父はどのような衣服を着ていたか……銃がどのようなものか理解しているのか。
 質問の中には意味が分からず、しかしヒントを与えられることでふっと思い浮かぶような覚え方をしているものもあって、繰り返される中でどんどんと私の今までの違和感が明確な形となっていく。

「……君は日本の、近代の生活に詳しい。電気は知っているようだし、電化製品もわかっている。パソコンはわかるが、スマホには覚えがない……だが祖父が残したという手記では彼は少なくとも明治以前の人間だ。……年齢が合わない、世界を渡る際に時をも超えている……?」

 後半はぶつぶつと小声になっていく降谷さんは、顎に手を当ててすっかり考え込んでいるようだった。私も様々なことを質問されて、なんだか自分がどこか別世界を旅した記憶があるような気分になる。そうして考えるとちょっと面白い気がして笑みが浮かぶと、ふと顔を上げた零さんと目が合った。

「どうだい、今思い出してみて、何か辛かったり苦しかったりはしなかったか?」
「大丈夫です。なんか旅をしたみたいです。おじい様と零さんの世界に詳しいのなら、原因は良くわからないけど得した気分」
「得、か。……そういえば前も旅とか言っていたな。するのが普通なのか?」
「どうでしょう? 少なくとも、村の若者にとって旅だとか冒険者だとかは憧れみたいですよ。実際は魔物が多くて難しいんでしょうけど」
「……日常的に魔物に近い位置で生活している人たちがどの程度戦えるのか気になるな」
「たぶん零さん程ではないです。零さんこそ戦闘員か何かですか? ぷにを蹴り飛ばして倒すとか一流冒険者レベルかと思いましたもん」

 出会ったばかりのあの時のことを思い出した私が僅かに身震いすると、戦闘員ではないかな、と零さんは僅かに苦笑した。

「というかあれ、『プニ』って言うのか。見たままだな」
「はい。『青ぷに』です。ぷにの中では比較的弱くて、倒した時にドロップする玉や体液は錬金材料になるんです」
「ドロップ、か。まるでゲームだな。死体は残らずアイテムだけ残るだなんて」
「……あれ? そういえば、そうですね。人は遺体が残るし、食用に飼育される動物たちも消えないのに……そうか、魔物はそういうものだって思い込んでました」

 魔力が元だからかな、と首を傾げていれば、その辺を突き詰めるのは難しそうだと零さんが低く唸る。なんでも、気になるのはやまやまだが零さんの知る常識やことわりとそもそも違う時点で自分の知識に当てはめることに限界があったらしい。なんだかひどく悔しそうだ。

「そういえば僕はまだ君の調合とやらを見てないな。この前は釜に一つ材料を入れただけで止まってしまったし」
「ああ、さすがに賢者の石を作るのには私の経験が足りていない気がしたので……ってそうだ、調合! 零さんの武器って、あの銃なんですか?」
「武器というか……まぁそうかな。ボクシング、えっと、体術もある程度はできると思うけど」
「なるほど……ではでは、素材集めをお手伝いしてもらうにあたって、零さんに武器を作りたいと思います!」
「え?」

 言いたいことはわかるが、なぜ武器。そう言わんばかりに首を傾げる零さんに、ぴっと指を立てて説明する。

 まず、私はその名前や存在を覚えてはいたが、銃がどんな仕組みでどう作られているのか、それがさっぱり想像できない。思い出せないとか記憶にひっかからないとかそういう問題じゃなく、知らないのだと思う。だからこそ、その『零さんの持つ銃』に使えるバレットというものを、錬金術で作り出せる気がしないのが第一の理由。弾丸自体は見せてもらえたが、自分で思いつくレシピから作れるバレットが零さんの銃と結びつく感覚がなかったのだ。
 二つ目としては、魔物相手ではどう考えても銃で対応するのは難しいだろう、という点だ。ウォルフのような小型中型の魔物ならばまだいいが、ぷになんてあんな弾で撃ったところで穴をすぐ修復されそうだ。何発も打ち込んで体積を減らしまくる目的ならともかく、一発でうまいこと相手の体力を削り切るのならばそれなりの威力が必要になる。となれば銃そのものの耐久度が危うい。また、ゴーストタイプにはまったく効果がないことも考えても、まだ属性付与できる剣の方がマシだろうことも付け加える。

「なるほど……元の世界で言えば銃は一般的に恐ろしいものであるとは思うが、魔物相手には勝手が違う、か」
「といっても、まったく使えないわけではないと思うんです。サブウェポンみたいな扱いでいいなら、私なりの銃もどきも作れるんじゃないかな、とは思います。ただその銃は零さんが元の世界でも使う大切なものだと思うので、今は大切にしまっておいてください」
「正直に言えば、弾も限りがあって手入れ道具もこちらにはないからね、助かる。ただ、銃もどきって?」
「今考えているのは、インゴットを素材に銃そのものを、あとは爆弾系の調合品の調合過程で手を加えた属性付与バレットの量産ですね。レヘルン辺りを改造すれば被弾箇所を凍り付かせて修復させない手がとれるかもしれません。ドナーストーン辺りで麻痺効果も望めるかな。零さんから見たらそうですね……魔法銃、とかかな?」
「魔法銃」

 ぽかんと目を見開いて固まった零さんに気づいて、その目の前でぱたぱたと手を振ってみる。

「……言い過ぎました。魔法は多少魔力が扱えないといけないらしいので、やっぱり魔法銃もどきです」
「その、レヘルンだとかドナーストーンがどういうものかよくわからないが、魔法が使えるみたいな言い方だな!?」
「え、まさか今はもう魔法だなんてそんなの無理ですよ。昔の噂程度で……まぁ錬金術士の杖は魔力を操るものでもありますから、たまに勘違いする人もいるみたいですけど。おばあ様も昔は森の魔女って呼ばれてたみたいなんですよね、似て非なるものです」
「嘘だと言ってくれ……」
「ええ……そんなに大魔法とか見たかったんですか? いくら異世界でもさすがにファンタジーすぎ……」
「そうじゃない!」

 なんだか賑やかな零さんは結局見せてくれと私の手ごと杖を握って要求しだし、仕方なく家の柵を越えて森の魔物と対峙した私は、祖母直伝の錬金術士スキルでもある魔力を操る技、光の道を披露することとなった。言ってしまえば杖で操った周辺魔力を球状にして投げつけるだけなのだが、なぜか零さんが頭を抱えだしたので、せめて魔法っぽくかっこいい銃を作って見せますね、と肩を叩いておいた。うん、いいレシピがひらめきそう!


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