05

 何冊も何冊も本を開いては閉じて、祖母の遺したレシピを探して唸る。

「赤、い、」
「は?」

 呟く私になぜか低い声がかかって、ぎょっとして振り返る。何かと思えば昼食の準備をしていたれいさんが、なぜか険しい顔をしてこちらを見ていた。

「れいさん?」
「……例の暗号ですか?」
「あ、はい。それらしい記述があった本の隠しページにあったので間違いないと思うんです。これも祖父の世界の文字混じりで作ってあるんですけど、赤色は八番がどうとか」
「僕も協力できればいいんだけど、この世界の文字は僕の知るどの文字とも違って……は?」
 言いながら近づいてきたれいさんが背後から私の手元を覗き込み、少しして心底驚いたといった声をあげたことで、首を傾げて上を見あげる。……近い。二十八歳と聞いて驚いたのだが、とてもきれいな肌をしていると思う。

「これ……漢字。日本語じゃないか」
「え? にほん……そう、なんですか? これが、祖父の世界の文字なんですけど」
「い、ろ、もひらがなだから、間違いないだろう。世界というより、僕の世界の僕の守る国の文字だ。これは……数字はこちらの世界のものかな」
「あ、いいえ。これは私が生まれた世界の文字で、この世界とはちょっと違って……これが八なんです」
「ホォー……この世界の文字の本に残された、漢字の赤と別世界の数字、か。赤いろは八……」
 呟いたれいさんは、ぐるりと室内を見回す。
「……そういえば、来た時から気になっていたんだが、この部屋の本は随分と色とりどりだ。赤、というのは、背表紙の色の可能性は?」
「……なるほど」
「それと、赤色は、ではなく、赤、いろは、かもしれないな」
「いろは?」
「いろは歌。いろは順といって、僕の世界では中世から近世の辞書類や番号付けにも使われたと言われる七五調の韻文だよ。いろはにほへとちりぬるを……聞いた事は?」
「わかよたれそ……? あれ? 聞いた事があるような」
「やはりそうか。お祖母様は、あなたに、もしくはあなたがその文字を教えるような相手のみにわかるように情報を残したようだ。そうだな……いろは……八番目は、ち。漢字は千もしくは知……千か。ナマエさん、少し本を見ても?」
「あ、はい。大丈夫ですよ」

 言うなり机を離れたれいさんは、赤い背表紙のもののみを手に取ってぱらぱらとめくる。やがて分厚い一冊を選び取ったかと思うと、この本の調査は終えていますか、と振り返った。
 受け取ったそれを見て、眉を寄せる。

「何も、なかったと思うんですが……」
「だが、赤い背表紙で千ページあるものはそれだけだ。ちょうど千ページのようだから無関係とは思えないんだが……」
 言うなり最後のページを開くれいさんの指の先を追えば、確かに、おじい様の世界……国の文字で、千と書かれている。
 よくよく注意してそのページを読み直し、ん? と首をひねった。青いインクでラインが引かれているのだが、そもそも最後のページなんて本を記したのはいつで筆者が誰だとかそんな情報だけの筈。何が重要なのだとラインが引かれた二十一という数字を読み上げれば、れいさんはすぐさま青い背表紙の本を探し出した。まさか、と私も立ち上がり、れいさんと同じように青い背表紙に手を伸ばす。
 しばらくの間青い背表紙の本ばかり探していた私たちの間に言葉はなく、ぱらりぱらりと本を捲る音が続く。しかし、三十分程してそれを見つけたのはれいさんだった。青い背表紙の本、二十一ページ目。そのページ内では、またしても数字にラインが引かれている。
 引かれた黄色のラインに確信したらしいれいさんは、にっと口角を上げ、そうして次々と本を選び取っていく。時間はかかったが、揃えられた本を見比べた私は、唸る羽目になった。ラインが引かれていたのは最初の一冊を除けばすべて素材や調合品などの説明が書かれたものだ。が、てんでバラバラに見えるそれを、ああでもないこうでもないと組み合わせてみる。失敗しそうな組み合わせばかりで頭が痛い……失敗?

「あっ」

 叫んで立ち上がった私に、すっかり遅くなった昼食の支度に戻ったれいさんが少し驚いたように顔を上げた。

「どうした?」
「これ、このページにあるもの全部材料です! 賢者の石の、材料!」
「賢者の、石……なんだかとても難しそうだが、それが世界を越える道具そのものではないんだよな?」
「はい。というか賢者の石はレシピがヒントの口伝で……私がこの三年で出した答えが間違ってなければ。あれ、そういえば」

 確かそれをおばあ様に教わった時。

「……たしか、もう力を使い終わって使えない賢者の石を、貰った気がする……」
「それは、どこに?」
「宝石箱です! おばあ様が残してくれて、……こっちに」

 ばたばたとれいさんと共に二階に駆けあがり、クローゼットの奥にしまい込んだそう大きくはない宝石箱を取り出す。
 開けてみればおばあ様が残してくれた髪飾りやピアスが残されているそれが懐かしくて涙が滲みそうになるが、子どもの頃おもちゃにもしたその箱が二重底であることは覚えている。ぱこんと音を立てて外せば、やはりそこに、きらきらと輝く石が残されていた。台座に嵌ってブローチに加工してあるそれを、慎重に取り出す。

「これが賢者の石か」
「ブローチに加工した抜け殻のようなものですけど、そうです。うーん、これがヒントなのかな」
「……この台座、外せるな。どうする?」
「……はずします」

 遺品でもあるそれに気を使ってくれたらしいれいさんに即座に外すことを了承すれば、少し眉を下げたれいさんは、留め具を押し上げて慎重に指先に力を入れたようだった。ぱきん、と軽い音がして、折りたたまれた紙が落ちる。

「……レシピ!」

 広げてみればそれは確かに、あの懐中時計のレシピであるとわかる。あとは最初に見つけた本の記述と合わせれば、正確に情報を得ることができるだろう。

「れいさん、ありがとう!」
「僕の我儘だから、お礼を言われるようなことじゃない」
「それでもこれは、おばあ様が私に遺してくれたものに変わりないから!」

 嬉しくなって見上げれば、れいさんもふわりと笑みを浮かべる。その瞬間心臓が跳ねた気がして首をひねると、それにしても、とれいさんもまた首をひねった。

「驚いたな。君のおじい様はもしかしたら僕の国にいたのかもしれない」
「そう、ですね。あ! もしかして、れいさんのお名前も、漢字ですか?」

「……ああ。僕の名前は、ゼロとも読めるんだ。わかる?」
「……数字の。こうかな」

 空中に指先で綴って見せれば、満足気に頷かれる。やっぱり心臓が跳ねた気がしてその胸を押さえながら、私も笑みを返したのだった。
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