02


「あ、目が覚めましたか? どこか痛いところはありませんか?」

 ふと意識が浮上した降谷の視界に、美しい海のような青色の瞳を持つ少女の姿がある。一瞬混乱した脳内がすぐさま意識を失う直前の記憶を取り戻し、降谷はぎょっとして上半身を起こし……かけたところでくらりと脳内が揺れて元の位置へと倒れる。ふにゃりと柔らかいなにかに頭が迎え入れられて、それが何かを視界の情報から弾きだした降谷は盛大に眉を寄せた。なぜ、己は見知らぬ少女に膝枕されているのか。これでは間違っても右にも左にも顔を動かせない。

「君、は」

「あ、すみません! えっと、私はナマエと申します。この近くに住んでいるれ……薬師です。お兄さんは、もしかして異世界からのお客様ではありませんか?」
「……は?」
「あ、突然言われてもわかりませんよね。まずは、怪我の具合について教えてください。ゆっくりでしたら、動けそうですか? 傷は塞がったんですけど、あんなに出血してたからたぶん血は足りていないと思うんです」

 傷が、塞がった?

 意味が分からず降谷は確認するようにゆるりと己の右腕を持ち上げ、そしてぎょっとした。血濡れて引きちぎられた衣服の損傷部分から、傷一つない肌が見える。ぎょっとして左腕、そしてわき腹に手を当て、そこに傷がないことを確認した降谷は、混乱からなのか少女の言う通り血が足りないのか、ひどい眩暈を覚えてぐぅっと唸り、慌てた少女の身動きで後頭部に感じる柔らかさを感じてなんとか意識を取り戻す。

「僕が倒れてから、時間はどれくらい経ちましたか」
「ええっと、一時間程……でしょうか」
「一時間!? あの、僕の傷を塞いだというのは、どうやって」
「え、あ、お薬です。これ、私が作ったものなんですけど」

 そう言って見せられたのは、やはり小瓶に詰められた白い……塗り薬のように見える何か。量がほとんど入っていないが、なぜあの大怪我がこの軟膏で、と降谷はくらくらする頭を押さえながら、ふと思う。
 そもそも、あんなスライムや見知らぬ植物が生えたこの場所で、己の常識は通用するのだろうか、と。
 そして何より先ほど少女が口にした「異世界からのお客様」と言う言葉が、妙に現実味を帯びた気がして。この際、得体の知れぬ薬を使われたことだとか見知らぬ場所で気を失っていたことだとか、普段であれば危険すぎる状況であるが、それは後回しだ。

「……貴重なお薬を、ありがとうございます。何も返せないのが心苦しいのですが、僕がどうしてここにいるのか、あなたのほうが詳しそうだ。質問をさせていただいても?」
「お答えできそうなことなら。ただその、ここは危ないので、……動けそうですか? ここから歩いて五分くらいのところに私の家があるんです」

 そうだった、彼女は先ほどから動けるかと気にしているのだったか、と降谷はそろりと身体に力を入れる。肘をつき、なるべくゆっくりと、なんとか上半身を起こせば、ほっとしたような吐息が聞こえて振り返る降谷の視界に、やはり小柄な少女がいる。

 ……コスプレ。一瞬そう考えてしまいながら口には出さず、短い丈のスカートから視線を逸らす。逸らしたところで視界から消えない少女のその出で立ちは、本当に一言でいうならば、コスプレ、それに尽きるのだ。
 ひらひらとパステルカラーの薄絹のような生地を重ねた膝上のミニスカートに、ニーハイソックスとロングブーツ。ブーツに撒かれたリボンから細い銀の鎖が伸びて、その先にはきらきらと輝く青に薄紅の石が輝く。上半身もレースが美しい柔らかそうな生地のシャツと、可愛らしいジャケット。腕には銀の輪が嵌り、それだけではなくあちこちに飾られた輝く小ぶりの宝石たち。ごてごてとした様子はなくその装飾品たちが違和感なくそこにあるのは、全体的にそういうものであると言わんばかりにまとまっているせいかもしれない。まるでファンタジーゲームのキャラが具現化したような出で立ちであるのは間違いない。
 なんという姿の少女に膝枕されていたのだろう。どう見ても未成年の少女を前にややへこんだ降谷はそれは顔には出さず、ゆっくりと立ち上がる。確かに己が動けなければ、この小柄な少女では自分を運ぶことはできないだろう。多少ふらつきは残るが、痛みは一切ないのだ。なんとかなると足を踏み出したところで、杖を支えに少女もふらりと立ち上がった。足がしびれたのかもしれない。申し訳ない。

「すみません。僕のせいで……どこか怪我はありませんか」
「大丈夫です。あの、さっきは庇ってくれてありがとうございました」
 丁寧に頭を下げた少女は、こっちです、と降谷を先導して歩き出す。何度も気にして振り返る少女に続いて歩きながら、降谷は注意深く周囲に視線を向けていた。やはりどこもかしこも見知らぬ植物だらけのここは、どうやら森の中であるらしい。……こんなところに村でもあるのかと歩いていた降谷は、見えて来た光景に眉を寄せた。村や集落などない。どう見ても少女が向かっているのは、ぽつんと建っている小さな家だ。小屋、と言うほどでもないが小ぶりで二階建てのそれはまるで絵本から飛び出してきたような随分可愛らしい見た目をしており、周囲はぐるりと柵に囲まれている。その柵の内部、家の裏手を畑にでもしているのか、見覚えのある野菜がいくつか見える。季節感はさっぱりわからないラインナップだが、見覚えのあるそれに降谷はほっとして小さく息を吐く。

「あの、えっと」
「はい?」
「すごくその、散らかってるんですが、……どうぞ」

 玄関前でそんなことを言いながらも戸惑った様子の少女は、ゆっくりと鍵を回して扉を開けた。薄青と薄緑の可愛らしい屋根に視線を奪われていた降谷はお邪魔しますとその先に足を踏み入れ……言葉を飲み込む。
 一言でいうならば、確かに散らかっていた。といってもゴミがすごい、というわけではなく、とにかく本に溢れているというのが印象だ。
 二辺の壁に取り付けられた本棚は天井に届き、そこにとにかくたくさんの、色とりどりの背表紙の本が詰め込まれ、そして溢れて床の上にも積み上がっている。さらに部屋の中には何に使うのかよくわからない巨釜があり、フラスコやら試験管やら小瓶が並んで、天井からは干された謎の植物がぶら下がっていた。そういえば、薬師だとか聞きなれぬことを言っていたのだったか。

 入って左側の角、窓の側に、申し訳程度に揃えられた丸いテーブルと二脚の椅子。その一方に降谷を促し、少女は部屋の奥の階段の横にある対面のキッチンへと足を進める。どうやらお茶の用意をしてくれるようだとその様子を見ながら、降谷はもう一度ぐるりと部屋を見回した。生活感は感じられず、職場……というより作業部屋といった雰囲気だ。
 雑然としたその部屋でやはり異彩を放っているのは、巨釜だろうか。心なしかきらきらと輝く水が入っているようにも見えて、降谷はこめかみを押さえて小さくため息を吐き出す。中に照明でも設置しているのか。そうではないんだろうが、そうだと言われた方がありがたい。

 やがてトレーに二つのカップを置いて運んできた少女……ナマエは、そっとその一つを降谷の前に差し出すと、降谷の正面にあるもう一脚の椅子を引いて腰かけた。どこか戸惑う様子を見せ落ち着きはなく、緊張しているのか表情が強張っている少女を前に、降谷は安室透を意識しにこりと笑みを見せる。

「改めまして、お礼を言わせてください。先ほどは助けていただきましてありがとうございます。僕は安室透と言います。透が名前です」
「いえ! えっと、私も助けてもらいましたから。ありがとうございます。ナマエは名前で、その、ファミリーネームはありません」
「ファミリーネームがない、ですか」
 それは孤児だとかそういった生い立ちのせいなのだろうか。まだ未成年に見えるが、と次々浮かぶ疑問のどれから解消していくべきか悩む降谷の前で、少女は苦笑して頷く。

「この世界では珍しいことじゃありません。ここで一緒に暮らしていた祖母が名乗るのも聞いた事ないですし……私は薬師のナマエ、それで村では通じます」
「村……があるのですか?」
「はい、ここから二時間ほど歩いたところに」
「二時間……? あなたはなぜこんな危険なところに? 一人暮らし、ですか?」
「はい。ここはもともと、祖母が暮らしていた家で。祖母は三年前に亡くなったので、それから一人です」
「……女性に尋ねるのは失礼でしょうが、今あなたは御幾つですか? まだ未成年ですよね?」
「いえ。これでも今年十九で……ああ! この世界の成人は、十六なんです。お兄さんのところは違いましたか?」

 あくまでもここは世界が違うのだと、その前提で話す少女を前に、降谷はとうとう表情を険しくさせる。驚いたように少女の肩が跳ねるが、なるべく威圧感を抑え込む努力をしながらも降谷はゆっくりと口を開く。

「その、世界が違う、僕が異世界から来たのだろうと判断した理由は、なんですか?」

 少女の行動は恐らく善意だろうとわかってはいる。それでも全てが疑わしいこの状況で武器を失い、降谷に焦りが生まれるのは当然だ。

「その」

 少女は僅かに気圧されるような様子を見せながらもこくりと喉を鳴らし、それでも嫌な顔せず、真剣な表情を見せながら口を開く。

「世界を越えて命を運ぶ樹」
「え?」
「正式な名称は、わかりません。ただそう呼ばれる樹が、この森の……えっと、あむろさんが、さっきいたあたりにあります。その樹は時折気まぐれに、異世界からお客様を招く、と、そう伝わっています。最も見た目には実を付けるまで他の樹とほとんど変わらなくて、目立つものでもないのですけど」
「……命、を」
「私の祖母はその樹に助けられて、この場所に家を構えたそうです。この話を信じる人はほとんどいないそうですが、祖母は実際、異世界から招かれた。だからこそ私もそれを疑ってはいませんし、実際あなたもそれは感じているんじゃないでしょうか?」
「……疑いなら、いくらでも。それを証明してもらえれば、とは思いますが」
「証明……どうだろう、ええと、納得いくまで、旅してみる、とか?」
「た、旅」

 返された言葉に降谷は絶句する。旅。それは確かに巡り巡って知った地や文化がなければ納得もできるかもしれないが、他にも方法はありそうだというのにまずそれが出てくることに降谷は困惑した。
 そもそも先ほど自分が使われたらしい薬ですら十分ファンタジーの領域だ。そこでふと思いついた降谷は、そういえば、と切り出す。

「先ほどの薬の残り、見せていただけませんか」
「あ、いいですよ。まだ怪我がありますか? どうぞ、少ししか残ってませんがよろしければお使いください」

 言われて鞄に腕を突っ込み薬を取り出した少女の手に乗せられた小瓶を慎重に受け取った降谷は、使い方を尋ねる。傷に塗るだけだ、とそう説明されて、降谷は少し悩んだ末に腕を捲り、背に腕を回してベルトの裏側に潜ませた小さな刃を手に取ると、その腕に躊躇いなく走らせる。

「えっ!?」

 ぎょっとした様子で席を立つ少女の前で、ぷくりと溢れた赤が膨らんでいき、零れ落ちる。テーブルに赤い雫がぽたりと滴り、それを見ながらゆっくりと薬を指先で掬い取った降谷は、一つごくりと喉を鳴らしてクリーム状のその薬を傷薬に乗せた。

「な、」

 予想はしていたが、さすがに声を押さえることはできなかった。
 塗り込んだ先からあっという間に消え去っていく傷口は、すぐさま元通りの肌を取り戻して痛みすら感じない。
 そもそも銃創やら狼の牙で抉られた傷を、肉ごと一時間以内に再生したのだろう薬を前に、ただの薄い切り傷などなんの心配もいらぬものだったのかもしれない。これは現実なのかとくらくらする頭を押さえた降谷を見て、慌てたのは少女だった。

「な、何してるんですか! 血が足りないって言ってるのに!」
「えっ」
「わ、私これ以上の薬なんて……! 再生の雨露……は材料が足りない! シロップなら……!」

 大慌てで巨釜の方へ走っていき何やら棚を探し出す少女を前に、降谷は慌てて立ち上がる。

「すみません、どうしても確かめたかっただけで! 今ので異世界にいると、わかりましたから!」
「え、え!?」
「僕の世界にあんなに一瞬で傷を治すような薬、ありませんから! それだけ確かめたかったんです、だから落ち着いてください!」

 そろりと何かの植物の根らしきものを握り締めながら振り返る少女のその強張った表情を見て、降谷は己の取った行動が悪手すぎたことを悟る。
 舌打ちしたいところを押さえ、なんとか大丈夫だと笑みを浮かべて見せれば、すこんと少女の手から抜け落ちた根が床に転がる。その根に一瞬顔のようなものが見えて降谷はそっと視線を逸らした。脳裏に有名なマンドラゴラとかいう植物が浮かんだが、降谷が知るそれは本来根に顔なんてついている筈なんてないのだ。あれはただの傷だ。もう突っ込むまい。

 何度も謝罪を伝え、布を借りて濡らして綺麗に血が零れたテーブルを拭いたところで、はぁ、と降谷は大きくため息を吐く。向かいにはなんとか落ち着いたらしい少女が、そわそわと降谷の様子を見ながら座っていて、降谷は疲れた体に鞭打ってなんとか体を起こした。聞きたいことは山ほどある。

 目の前にはとっくに覚めてしまったであろうお茶がある。透き通った赤茶のそれは、香りからしても紅茶ではないか、と予想はつく。だがもうこの状況では、謎の液体にしか見えない。
 当然口を付けていないが、大量に血を失い、わけのわからない状況に追い込まれ、声を出し続けていた今……それは例え毒だろうと口を付けたい程の誘惑を持ってそこにある。
 降谷はきゅっと唇を引き結ぶ。自分の立場としては、決して飲んではいけないものだ。普段であれば、どんなに喉が渇いていても手を出すはずがない。だが、そもそも既に普段というには常軌を逸した状況である。
 こくり、と喉が鳴ったところで、あ、と少女は目を見開いた。

「もしかして、飲みにくいですか。異世界にない飲み物ですか? えっとこれは、薬とかじゃなくてただの紅茶で……あ、飲んで見せましょうか? たぶん異世界の身体に毒だったりもしないと思うんですけど、もし万が一があれば解毒系の薬も――」
「……いえ。そうですね、頂きます」

 わざわざ薬を使ってまで助けた男に、目の前の少女が毒を盛る理由もない……と思いたい。何かあるならあの膝枕中にやればよかった話だと結論付け、降谷はそれを口にそろりと含んだ。喉が渇いているせいか、極上の甘露のように感じるそれを舌で転がし、おかしな刺激がないことを確認しながら喉奥へと落とす。味は確かに、降谷も知るダージリンに近いものがある。ほんの二口程飲んで様子を見ることにして、欲する体に鞭打ってそれ以上傾けるのを耐え、そのカップをそっとソーサーに戻せば、ふわりと少女は笑みを見せる。

 その後も少女は降谷の問いに答えられるだけ答え続けた。終盤には降谷も紅茶を飲み干し多少なり喉の渇きを潤したが、結局のところ少女の答えは自分が異世界にいると決定づけるようなものばかりで、降谷は疲れた体を凝ったデザインの椅子の背もたれに預ける。

「戻る方法は、あるんでしょうか」
「……戻りたい、ん、ですね」
「それは……」

 当然の疑問である筈なのに、どこか意外そうな声音で答える少女に降谷が少しばかり険のある表情を浮かべれば、少女はただただ不思議そうに首を傾げている。

「祖母の話では、言い伝えではあの樹は……その、消えてしまいたいだとか、何か絶望を……その、感じた魂を逃す為にあるのだと、言っていたので。決して悪いものではなくて、誰かを助けるための樹なんだ、って。この世界は、逃げ先なんだ、と。……あっ、すみません、その、もし戻りたいなら、少し祖母が遺してくれた本を探してみます。祖母ならその為の道具を作ったことがある筈なので」

 少女の説明に、降谷は今度こそ声を失った。
 その言い伝えは恐らく、本当なのだ。降谷には確かに、心当たりがある。
 だが、自分はあの世界から、本当に逃げたかったのだろうか。……友をすべて失ったのは事実だ。自分の手は血に染まり、目指した正義とは程遠い位置にいるのは間違いない。
 だが、その命を懸けて降谷に繋がる情報を守り切った友人が繋いだあの生を投げ出す程に、自分は逃げ出したかったというのか。
 ……違う。自分は現に、話を聞いてもどうやって戻るべきかと、そればかり考えていたのに。情けない、この状況は、己の弱さのせいではないか。
 様々な想いを抱えながら、降谷はなんとか取り繕うように、声を絞り出す。
「道具を、作る? 僕が元の世界に戻る方法が、ある?」
「そうです。…………あの、あむろさん」

 そこで区切ると、少女はひどく気まずそうに、しかし一度目を閉じると真剣な様子で、降谷に視線を合わせた。

「さっきは、ひとつ嘘をつきました。ごめんなさい。私、本当は薬師じゃなくて、錬金術士なんです。祖母も、そう。錬金術士は、素材から、別なものを生み出します。皆を、困った人を助ける為にある力です。私は、この世界にいる、ただひとりの錬金術士。降谷さんが戻る為には、たぶん私が道具を作れないといけない。……少し、待ってください。必ず、方法を見つけますから」
「待ってください。錬金術師? あの、化学的手段で卑金属から貴金属を作る為の? それともファンタジー小説のように、賢者の石だとかそういったものを生み出す、あの錬金術ですか?」
「賢者の……えっと、祖母は作れていた筈です。ごめんなさい、私は錬金術士としては、その、必要な薬ばかり作っていたのであまり技術は高くないかもしれません。錬金術は金属も作れますが、ええっと……なんでも作れるような……?」
「なんでも!? 薬でも金属でも……まさか武器や死者蘇生だとか不死薬だとか言い出しませんよね!?」
「えっ、武器は作れる、かな。不死薬? 死者蘇生は、魂が肉体を離れてたらさすがに無理だと思……ああでも限りなく死に近い瀕死だとかそういった状態なら、ネクタルがあればたぶん」
「まさか! そんなのありえ……っ……異世界、でしたね、そういえば」

 はあああ、と特大の息を吐きだす降谷を前に、少女はおろおろと腕を彷徨わせる。
 そこでその様子や言葉から、降谷はふと、少女が『嘘』をついた理由に思い当たる。
 武器も、蘇生に近い薬も、……異世界を渡る為の道具も。そんなものを作れる存在は、『危険』すぎるのだ。だが彼女は真っ先に『皆を、困った人を助ける為にある力』だと宣言した。……そういう、ことなのだ。

「……よかったんですか、こんな、見ず知らずの怪しい男にそんな大事な秘密を明かして」
「……えっと、異世界のお客様……あ、えっと、迷い人さんのほうが近いですよね。怖いと、思うんです。この状況。質問に答えるしか、今はできませんから。嘘ついて、ごめんなさい。あとは一つも嘘はついていません。……異世界に戻る為の道具を求めているのなら、それに応えるべき錬金術士が……身分を偽っていては、話が進みませんから」

 それに、と少女は小さく笑みを見せる。

「怪しい人だなんて。いい人、です。あの時あんな大怪我をしていたのに、私を助けてくれてありがとう、あむろさん」

 その笑みに、降谷の胸の奥がなぜか苦しくなる。
 ああ、なんて、馬鹿らしい嘘をついてしまったのだろう。

「……僕も一つ、あなたに嘘を」
「え?」
「……僕の本当の名前は降谷零。零が名前。ごめん、普段から名を隠して仕事をしているんだ」
「えっ!」
「君には本当の名前で呼んで欲しい。ここは、異世界なんだろう。名を知られて困る脅威は、ないだろうから。本当の名前で呼んでくれた仲間たちももう……元の世界にも、いないんだ」

 零す言葉はどこか自嘲したくなるようなもので、降谷は苦い笑みを浮かべる。ぱちりと瞬いた少女は、それに反してふわりと嬉しそうに微笑んだ。

「わかりました、ふるやさん。頑張って戻る方法、探しますね!」

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