16

 ふっと目が覚めた瞬間慌てて周囲を見回し、ほっと息を吐く。

 ――ちゃんと起こしに行くから。

 そう言っていた零さんは、いくら私が大丈夫だと言っても必ず来る。なんとなくそう確信して先に目が覚めたことに安堵しつつ、はぁ、と息を吐きだしながら一度両手で顔を覆って、もそもそとベッドから這い出した。ちらりと時計を見る。……六時間くらいは寝てるし、夢までがっつり見た。……おばあ様が話している夢だった。
 まだしゃっきりしない脳を起こす為にもシャワーを浴び、服を着て、髪を乾かし、と動く間考えるのは零さんのことだ。

 零さんは本当に焦っていないのだろうか、だとか、どうしてあんなに余裕があるのだろうか、とか。
 他にも、どうしておじい様の手記の内容を誤魔化したのだろうか、最近悩む様子を見せているけれど早く帰りたいからではないのかもしれない、……などなど、考え出すときりがない。一緒に暮らしていても、零さんが何を考えているかなんてさっぱりだ。人と関わるのは難しいなんてわかりきっていたことだが、気になることというか心配が多すぎて気が気じゃない。
 きっと零さんの言う通り異世界転移の道具が時間指定できるものというのは、事実だ。すっかり忘れていたが、おばあ様が「自分たちがいた時点より過去には飛べない」ようなことをおじい様と話しているのを聞いたことがある……気がする。さっき夢で見た内容だが、あれはきっと過去の記憶だ。夢で見るより前から知っていた気がする、思い出してしまえば鮮やかな記憶。……私を連れてこの世界に逃げることを計画していたおばあ様たちの会話だ。
 であれば確かに、零さんがこちらに来た瞬間に戻ることは可能なのだろう。零さんはきっちり日時を覚えているようだし、きっとそこは問題ない。……問題は、私の調合が遅くなりすぎると零さんが歳をとってしまう、ということだ。いくら零さんが元の時間に戻れても、零さんの身体や状態まで戻るわけじゃない。今の技量では異世界渡りの道具に使う賢者の石の調合すら程遠い。……申し訳なさすぎる。

 正直に言ってしまえば、一緒に寝るのが恥ずかしいなんて今更すぎる理由で誤魔化して調合に集中した結果できたものはなかなかいいものだと思う。
 だけど武器だ。身を守ることにつながるとはいえ、私は何をしているのか。零さんを無事に帰還させたいと思うのに武器を与えるのは果たして正解だったのだろうか。いや、零さんがいないとたぶん私じゃ必要な素材を集めることもできないのだけど。いっそ経験値を上げて強くなってやろうと一人討伐にでかけようとしてみたが、あっさり零さんにばれて猛反対をくらってしまった。まぁ、冬期が初めての零さんを残して一人でかけるなんて、ちょっと零さんが一人外に出ただけで心配していた私にしては怪しすぎる発言をしたのが悪い。
 零さんとこれ以上一緒にいたら、離れがたくなってしまう。その考えばかりが先に出て、視野が狭まってしまっている気がする。……おばあ様が、おじい様と一緒におじい様の世界に行ったことがあるなんて、知らなかった。知らなかったのにそういわれてしまえば、納得もする。おばあ様は若いころおじい様とあちこち冒険したのだと笑っていたから。『あちこち』に、『異世界』が入っていたっておかしくないのがおばあ様なのだから。

 それを聞いて私が思ったのは、『零さんを帰しても私が一人にならなくてもすむのでは?』というひどく自己中心的な発想だ。そんなことを実行してしまえば、確実に私は零さんに迷惑をかけることだろう。……零さんの世界に、『錬金術士わたし』がついていくなんて厄介なことこの上ない。おじい様やおばあ様ですら『戸籍』というものに断念したという零さんの世界は、この世界で『審判の天秤』が許可した弱い薬ですら零さんが驚くほどに、錬金術という力が馴染めない世界であることはよくわかる。私がついていきたいなんて言える世界じゃない。我儘を言い過ぎれば、確実に零さんにとてつもない迷惑をかけるだろう。私が行けば零さんはきっと私を放置できないだろうし、警察だという彼が怪しい人物をそばにおくなんてデメリットしかなく、しかも錬金術なんてきっと爆弾そのものを抱えているようなものだ。
 だから、言えない。そんな夢を見るだけ苦しくなるだけだ。
 私は零さんを帰して、またひとりに戻る。
 その瞬間ぞわりと全身が氷属性爆弾にでも触れたかのように冷えたが、ふるりと首を振って乾いた髪を櫛で梳く。ハーフアップにした髪に、いつもの錬金道具でもある髪飾りをつける。動くたびに長い髪と一緒にきらきらと細い銀糸と小さな宝石が揺れる、お気に入りの装飾品であるこれは、私の体力底上げに一役かっている。
 くるりと鏡で全身を確認。頬を叩いて気合を入れると、とっくに私が起きていることには気づいているだろう零さんのところに向かうために足を踏み出した。

 私の想いを気づかれてはいけない。きっとあの人は気にしてしまう。私がひとりで生きていることを、とても気にかけているようだから。



「おはよう、ちゃんと眠れた?」
「はい、おはようございます、零さん。……ああ、ご飯の支度いつもありがとうございます、寝すぎました」
「気にするな。畑の様子を見に行くのは食べてからにしよう」

 にこにこといつも通り私を出迎えた零さんは、もう眠る前に見たような表情をしていなかった。迷子のような、戸惑うような、そんな表情を本来であればもっと見せてもいいはずなのに、零さんは初日でほぼそれを私の見えないところに押し込んでしまった人だ。しかし私が眠る前珍しくも見せたそれは結果『互いに嘘をつかない』という約束にたどり着き……ある意味それは、私と零さんの両方が暗黙の了解の上での勝負のようなものになったのではないだろうか。
 そう、勝負だ。零さんも何らかのメリットがあって、あの約束を結んだはず。……だというのにどこか機嫌よさそうな零さんは、私に何も聞いてこない。美味しいといえば嬉しそうに笑い、明らかに私の態度がおかしかったことに気付いているだろうに何も言わないのだ。むしろ怖い。

「そういえばナマエさん、さきほど冬期間必要なものと言われたリストを確認していたんだけど、暖房関係はわりと現実的みたいだね」
「現実的って……おばあ様の方針だったんです。錬金術でこの家の温度を一定化させることはできるけど、体が季節の違いに慣れないからだめって。畑すら季節感ないんだからこれくらいいいでしょみたいなことを言って笑ってました」
「ああ……確かに」
「それでもたぶん一般家庭とはだいぶ違いますよ。錬金術で用意した炭を使うので、火持ちがだいぶ違います。暖炉自体火事になりにくい設計ですし」

 説明していけば、ちょっと楽しそうだ、なんて零さんは笑う。それにどこかほっとして、朝食を終えた私たちは出かける支度を整えたのだった。



「零さん、その透明なぷには少し強いです、油断しないで!」
「了解、ナマエさん下がって!」
「後ろのアードラは私が対処します!」

 前方に現れたぷに集団は零さんに任せ、その隙を狙うかのように後ろに現れた大型の鳥の魔物と対峙する。零さんはアードラに気付いていなかったようで一瞬後ろを振り向いた後眉を寄せていたが、私が対峙することに異論はないようでまっすぐに刀を抜いてぷに集団に突っ込んでいく。銃を改良したが、ごりごりの近接戦闘で挑むらしい。
 私もすぐさま鞄から取り出した雷属性の爆弾、ドナーストーンを開放し、まずは空を悠々と飛んで私をけん制していたつもりらしいアードラを地面にたたき落とす。しびれ効果抜群なドナーストーンの攻撃に動きが鈍ったアードラにとびかかり、振り上げた杖を勢いよく叩きつけた。あれ? 私も人のこと言えない近接戦法かもしれない。そのままふわりと周囲に浮かんだ魔力球を叩きつけ、素材である羽を残して消えたところですぐさま零さんのフォローに回ろうと振り向けば、最後に残っていた透明なぷにを零さんの刀が両断したところだった。倒すの早すぎないかな?

「零さん、ぷに五匹はいたと思うんですけど……?」
「問題ないよ、銃も使ったし」
「そうですか」

 そうですか、で済ませていいのかわからないが、零さんはとにかく強い。身体能力が高いのだ。零さんの防具はいまだに手に入っていないのだが、一応気休め程度に渡した腕輪型の魔法抵抗アップ効果の装飾品だけでがんがんせめていけるのだから、たまに零さんの世界は魔物がいるこの世界より物騒なんだろうかと疑問が浮上するくらいである。おかしいな、私の記憶じゃおじい様の世界ってそんな危険な気がしなかったのに。

 ……それにしても、背中を任せてくれたんだな。

 なんとなくそんなことを思うとむずがゆくて、さっと落ちた素材集めに動き出す。零さんも何も言わずに手伝ってくれているようだし、慣れたんだな、なんて苦笑して、私はほんの少しだけ目を閉じる。気持ちを落ち着かせないときっと、すぐ、嘘をつかずにごまかすなんてことできなくなりそうな気持ちは、蓋をしないといけないものだと思ったから。



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