09

「どうですか、零さん。準備できました?」
「ああ、これでいいか?」

 そう言って短い袖を少し捲って整えながら振り返った零さんを見て、思わずにやけて頷いてしまう。

「よくお似合いです!」
「ハハ……ありがとう。これで上手く武器を扱えないとかっこ悪いな」
「大丈夫です、零さんもう既に十分かっこいいので!」

 にこにこと機嫌よく口にしてから、驚いたように目を見開く零さんを見てはっとして口を塞ぐ。
 へぇ、と笑う零さんはどこかおもしろそうで、言われ慣れているんじゃないかと少し口を尖らせつつもさっと視線を逸らした。そう思ってくれてたのは知らなかった、なんて追撃されるが、とりあえずスルーだ。

「使いにくくないですか? ホルスター」
「ああ、大丈夫だよ。それにしても、こういうものがあればいいな、を形にできる錬金術士はすごいな……」
「まぁ、たまたま材料があっていい感じな構想ができただけなので……」

 苦笑しつつも、くるりと零さんの周りをまわって出来栄えを確かめる。
 今回私が新しく作ったのは三つだ。零さんのメインウェポンである刀と、サブウェポンの銃もどき、そしてそれらを収める為の、零さん発案ホルスターである。
 刀はあくまで練習用ということで、余計な効果は外してコアクリスタルだけ取り付けてあるものだ。おばあ様のレシピを参考に作ってあるので、きちんと日本刀に見える、らしい。重さも含めて手に馴染むとは言ってくれたので、あとは実戦あるのみである。
 銃もどきは、零さんの持っていた銃を参考にしたものの、内部構造は大分違うものであるらしい。ただまぁ、見た目は装飾過多な銃だ。魔力を安定させるのに外側がちょっと凝った形になってしまったのは許して欲しい。こちらは零さんが使っていたものより少し重いらしいので、素材を集めながら改良していきたい所存。
 そして最後は、その二つを携帯するにあたってどうするか、と昨日の夜二人で突貫で考えた割にはいいものが出来上がったと自負できるホルスターである。
 腰からベルトで留め、左側には刀を取り付けられるようにし、そして後ろと手前に小さなポーチを取り付けている。ここには予備のバレットと薬を収納予定だ。そして右太腿にかけてベルトを伸ばし、銃を固定して収納できるようにさらにポケット部分を作ったホルスターと、言うわけだ。
 走ったり動いたりしても締め付けられるような違和感がないとのことで、デザインも込みでなかなかのものができたのではないかと思う。
 残念ながら衣服は簡素なシャツとズボンのままだが、おまけで祖父の使っていた革手袋と靴を零さん用に加工修繕して用意してみたので、いつもより少ししっかりしたお出かけスタイルだ。

 ちなみに私はいつもの装い……と言っても毎日同じ服を洗わず着続けているわけじゃなくて、おばあ様曰く防具でもある錬金術士の正装ということで用意した同じデザイン……気分で色違いの装備一式にお出かけ用品フルセット、という出で立ちだ。
 左の太腿にはガーターベルトで繋いで硬質ガラス試験官入りの薬を数本装着し、腰には白いベルトとポーチにチェーンで繋いだミニフラスコ。魔力を安定させる石や魔除けなどの装備としてあちこちにちりばめた宝石は結構お気に入りで、あとは特製バッグと青灰の美しい全身を覆うこともできるローブを羽織り、杖を持って準備万端である。……うん、申し訳なくなってきたから零さんにもはやく服を買おう、もっとおしゃれなやつ……。まぁ、零さんは簡素な衣服でもかっこよく着こなしているのだけど。装備だけ宝石が輝いていたりとちょこっと服とはちぐはぐだ。

「それにしても、そのローブじゃあフードを被るとほとんど顔がわからないね」
「髪を、隠したくて」
「なるほど、それですっぽり全身を隠してるのか。……でも視界も悪いしまだいいだろ?」

 零さんは私のフードをおろし満足気に頷くと、軽くほぐすように身体を動かして付け心地を確認している。下されたフードを気にしつつ落ち着かずに鞄の位置を変えていると、零さんは不思議そうに私の鞄を見て首を捻った。

「その鞄に売り物を入れているのか?」
「はい。この鞄すごいんですよ。錬金道具で、容量拡大の特製をつけているので見た目よりたくさん入るんです! 私の作ったものの中でもなかなかの力作です」
「確かにすごいな、なんかもう常識がよくわからなくなりそうだが」

 はぁ、と頭を抱えつつも不思議そうに鞄に手を入れたり出したりしている零さんを見つつ、さて出発と二人そろって家を出る。しっかり施錠して、目指すは二時間歩いた先の村。決して行きたい場所ではなかった筈なのに、今日はなんだか少し楽しい気がしてくるから不思議だ。
 機嫌よく歩いていると、楽しそうだな、と小さく笑う零さんの声が届く。見上げれば頭を撫でられて、ふと気づく。……結構な頻度で撫でられているのだが、もしかして子ども扱いされているのだろうか。二十八歳から見れば、十九歳は子どもか……? うーん、自分の行動が原因ではないと思いたいところであるが、一般的な十九歳のイメージが湧かない。まぁ嫌ではないので良しとしよう。

 少し歩けば、ぴょこんと現れる青ぷにが三匹。やるぞやるぞと敵意を感じて杖を構えれば、零さんはすっと左手で私を制し、一歩前に出る。

「僕にやらせてくれ、試したい」
「わかりました!」

 私も見たい。うまく作れているといいけれどとわくわくしながら観戦に回ることにしつつ、ウォルフなどが追加で現れないか周囲は警戒する。さらに一歩踏み出した零さんは、すぐに柄に手をかけると僅かに腰を低くした。

「ふっ、」

 零さんは小さく息を吐き、力強い一歩を踏み出しながらすらりと戸惑うことなく抜刀した。
 日の光を反射する刃は一番手前にいた青ぷにをあっという間に一刀両断する。さらには見事な重心移動を見せ返す刀でもう一匹を切り捨て、その隙を狙うかのように襲い掛かった最後の一匹を軽い身のこなしで避けたかと思えば、素早く左手で抜いた銃と刀をほぼ同時に手放すかのように空中で持ち替え、構えと同時に一発。飛び出したのは麻痺効果を期待した雷弾であったが、威力が高いその攻撃は正確にぷにを貫き、見事一撃で仕留めたようだった。

「ふう、こんなものか」
「……」
「やはり左で撃てるようにしたほうがいいな、通常弾で良かったようだし、まだこの銃にはなれないから少し練習用に銃弾を……ナマエさん?」
「零さん、え? 冒険者、じゃない、やっぱり戦闘員……? 器用すぎでは……?」
「え? ああ、ハハ! ありがとう」

 呆然としている私がさっきの戦闘を反芻している間にさっさと素材を回収して隣に戻った零さんをまじまじと見上げる。筋肉はすごい、とは思うけど、一度見たことがある冒険者や村の猟師さんに比べれば細身な体だと思う。私の『記憶』ではそこまで危険な世界だとは思っていなかったのに、零さんの暮らしていた世界って実はこの魔物蔓延る世界より危険地帯なんじゃなかろうか。

「不思議……」
「まぁ、褒められていると思っておくよ」
「無茶しないでくださいね? いきなり三匹一瞬ってどういうことです? 本当にドラゴンに立ち向かって行ったりしないでくださいね、零さん」
「必要に駆られなければしないよ」
「それ頷いてないですよね!」

 笑う零さんに本当にどんな魔物がいるかわからないうちは気を付けてくれと言い含めていると、突如背後に気配を感じた気がして杖を振り抜く。ほぼ同時に銃を構えた零さんとほんの一瞬視線を合わせ、ふは、と笑って私たちは次の戦闘を開始したのだった。



「おかしいな、街に来るまでに素材収納用のかごがいっぱいですよ」
「いいことじゃないか?」
「いつもは大丈夫なのに。零さんすぐ魔物に向かっていくから」
「そんなことないと思うけどな、あっちが来てるわけだし」
「三時間かかった……」

 疲れてませんか、と見上げれば、にんまりと笑う零さんは全然余裕だと私を覗き込む。

「ナマエさんも大丈夫そうだね」
「これでも一人で森のあちこち探索してるんですよ。特に石鹸は森の奥、少し山になっているところに素材があるので、自然と体力はつくんです」
「興味あるな。今度行ってみたい」

 ほんの少し口角を上げながら笑う零さんは、ほら貸してと言って私からかごを受け取ろうと手を伸ばし――


「やめろっ! てめぇナマエから離れろ!」

 え、と声をした方を見る。そこにいたのは確か村の猟師さんで、彼はなぜかこちらに弓矢を向けていて。ぎょっとした私が固まった瞬間、その矢はまっすぐに、こちらに向かって放たれたのだ。
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