08


「ここでこれを入れて、」
「なんで今この植物の間で迷ったんだ? 同じ植物だろう?」
「こっちはたぶん、アイテムの威力を上げそうな気がするので!」
「どこで判断したんだ」
「勘……いや、感覚ですねー。その素材ごとの特性が見えるような感覚というか……それで、ぐるっと回したら色が変わるので、仕上げにこれで」
「なんで瓶に液体が詰まった状態で出てくるんだ! ……ここまで何がどうなってるのかわからないのは初めてだな」

 調合を見たい、という零さんに、中和剤の調合を見せてみたのだが、どうやら零さんには錬金術の才はないようだった。

「要は釜に材料を入れてまったく別なものを作り出すんです!」
「杖で魔力の球を生み出すよりもわけがわからないとは思わなかった」
「そういうものですか? 私はおばあ様に貰ったコアクリスタルのほうがわけがわからないです。これ、作った道具を封じ込めてよくわからない何かをチャージしたら、道具が繰り返し使えるようになるんですよ。消費アイテムの筈なのに! ろすとてくのろじーがどうのとか言ってましたけどわけがわかりません」
「僕もわからない。何の話だ」
「わからないものの話?」

 首を傾げれば、零さんも同じように首を傾げた。さらりと流れる綺麗な金の髪を視界にいれつつ、しばしの沈黙。のあと、ずるずると疲れたように椅子に座った零さんは、わからないままにするのって難しいな……と小さく呟いていた。お疲れ様です。

「つまり釜は材料を変質させる錬金術には必要な摩訶不思議な何かで、そのコアクリスタルとやらは消費アイテムを消費せずに使う道具、ということでいいな。これの理論がどうだとかそういうのはもういい」
「いいんだ」
「良くないけどいいことにする。それで、道具というのは、この前狼に投げつけていた爆弾のようなもののことか?」
「あ、そうです。コアクリスタルには今回復アイテムだとかもっと威力が高い道具をセットしてるので、あれは普通に消費しましたけど。威力を押さえた火属性の爆弾ですよ」
「あれで……威力を押さえた……? もっと強力な道具を持ち歩いているのか……?」

 銃刀法、いやこの場合危険物、と呟く零さんの顔色が悪いようなので、そっとシロップの小瓶を差し出してみる。押し戻された。今度味を変えてみよう。

「零さんは甘いもの苦手ですか?」
「ここでそこに話が飛ぶのか? まぁ、嫌いじゃないよ。ただそれは、ねばつく上に甘すぎる……いや、感謝はしてるんだ」
「なるほど、まぁ私もこれ嫌いなんですけど」
「甘いものは苦手か?」
「いいえ、甘すぎるのは嫌です」
「だよな」

 こくり、と頷きあってシロップをいつも身に付けているポシェットに戻す。そのまま零さんはまた文字の勉強に移るようなので、私も武器作成の作業に戻ることにしようと釜に向き直った。

「あ、おじい様のコアクリスタルも回収しておいたので、零さんの武器に組み込んでおきますね!」
「おい待てナマエさんですらよくわからないものをさらっと付け足すんじゃない! 僕は素人だぞ!」
「大丈夫です戦闘で武器を使用すれば勝手にチャージされますから」
「だからっ、……あああ、もうわかった、くそ、そのコアクリスタルとやらに関連する書物はどれだ!?」
「そっちの棚の上から二段目の黒い本ですー、……うえっ!? 間違えた爆発する!」
「は!?」

 怪しい煙をぼふりと吐き出した釜に慌てれば、突如後ろに引っ張られてひっくり返りそうになる。しかしすぐさま力強い腕に抱き込まれ、ぱん、と破裂するように広がったささやかと評していいのかわからない爆風に私の黒髪と零さんの金の髪が煽られ交じる。
 零さんはかろうじて膝をつくことはなかったが、私は足が床から浮いている。がっつり抱え込まれて庇われた私は何が起きたのか把握に時間を要したが、零さんはすぐさま釜に視線向け私を連れたまま距離を取りつつ、驚いたな、と口にする。

「調合は爆発もするのか」
「え、ええと、間違えたら? もう大丈夫です。ちょっとレヘルン……氷の爆弾を、今の手持ちで弾丸に加工するのは無理があったみたいです……」
「手持ち以外を使えばなんとかなりそうなのかそれは……。まぁいい、怪我はない?」
「はい! 零さん怪我はないですか?」
「大丈夫。頼むから、自分の安全を最優先にしてくれ」

 困ったように私を抱えたまま言う零さんに、同じくきっと、私は困った表情を見せていることだろう。

「……零さんもですよ、私を庇わなくても、大丈夫です」
「僕は少なくともナマエさんより身を守るすべも自分の限界も知っている。出会いがあれじゃ信用できないかもしれないけどね」
「……すみませんでした」

 結果、私が守られたのは事実である。しおしおと言葉がか細くなってしまったが、そこで零さんは大きくため息を吐くと、そのまま腕に力が入ってしまったようだった。だいぶ、驚かせたのかもしれない。自然と距離が近くなって、薄い衣服から熱を感じる。く、くっつきすぎなのでは……? 普段そんな人との距離なんてないに等しいせいか、妙に緊張で心臓がばくばくと鼓動を主張しだした。

「あ、あの、零さん……?」
「はぁ……爆発とか冗談でもやめてくれ。無事でよかった」
「……あっ、その、ごめんなさい! ちゃんと身を守れるようにしますから!」
「…………何かおかしな結論に辿り着いた気がするな。僕が錬金術士の君に何かあったら困ると判断してないか?」
「えっ」

 そりゃ、唯一元の世界に帰る手段を持つ人間に何かあったら困るだろう。それはきっと当然の話だが、零さんの怒ったような表情に口を噤むと、またしても盛大なため息を吐かれた。じわり、と、まさかの可能性に思い至って胸の奥が熱くなりはじめた。
 零さんはもしかして、錬金術士じゃなくて、悪魔でも兵器でもなくて、私というものを普通の人として見てくれているかもしれない、と。
 まるでそれを肯定するかのように、ふわりと額から頭に向けて大きな手が滑る。

「確かにそれも事実だが、僕はこうして見ず知らずの僕を助けてくれた君に何かあったら嫌だと思うよ。それは君に錬金術士としての力があってもなくても変わらないし、あまり気負わないでくれ」
「気負う、」
「まるで何かに怯えているみたいに必死になっているから。これでも心配しているんだよ、もう少し肩の力を抜いてくれないかな。僕はこれでも結構この生活を楽しみ始めているんだよ。普通じゃ体験できないことばかりだし」

 ふわりと笑う零さんは、意図して少し『安室透』さんが混じっているような、どこかこちらを安心させようとする雰囲気を纏っているようだった。
 優しい。でも、私よりきっと内心焦っているのは零さんの筈なのだ。だって戻りたいと言ったあの時の零さんは、確かに焦っているように見えたのだから。
 困ったように視線を合わせた私を見て、零さんは、……なぜか、にやりと口角を上げた。

「それに、一緒に暮らしている女の子は見ていて面白いんだよ。釜に摘みたての野菜をそのままいれて混ぜてサラダを作ったかと思えば、本来料理を作る場所である筈のキッチンじゃ魚を炭にするし。見事な布を作れるのに、取れたボタンを付けようとして針を指に刺すし。あんな魔物に立ち向かっておきながら、素材に気を取られて川に落ちるし」
「えっ」
「頑張り屋かと思えば生活能力はないし、男をあっさりベッドに誘うし、挙句警戒心皆無で寝るし」
「怒られてます!? あと言い方!」
「いやだなぁ怒っていませんよ?」

 なんで急に敬語! 怖っ!
 川に落ちるのを見られたのは本気で忘れたい過去であったのにしれっと口にする零さんは、あれは相当肝を冷やしたのだと笑顔でやはりご立腹だ。
 いやだって仕方ない。川に釣りに行くという零さんについて行ったら、川の底にこの辺りじゃちょっと珍しい鉱石が流れ着いたのか沈んでいるのを見てしまったのだ。そりゃ気になる。採りたいに決まっている。かっこよく襲い掛かってきたウォルフをスキルで倒した後にそれで余計穴に埋まりたい程恥ずかしい失態だった。速やかに記憶から削除願いたい。

「れっ、零さんだって、釣りするとか言いながら最終的に刺す方が早いとかいって、川の中に入って木の枝で仕留めまくってたじゃないですか! あれ釣りって言いません!」
「ハハっ、別に失態じゃありませんので」
「うっ……ぷにに襲い掛かられてキスしちゃったくせに……」
「おい待て。それを言うのか」
「急に表情消さないでくれませんか雰囲気の落差激しすぎます!」
「君がおかしなことを言うからだ! それにあれはぷにの腹……腹? 口じゃなかったからキスしたわけじゃない!」

 わぁわぁと言い合って、ふと気づく。ゆらゆら揺れる足元に、近い他人の熱。一瞬頬が熱くなったが、スンっと急激に現状のシュールであろう光景に思い至って真顔になる。
 私、いつまで抱き上げられているんだろう。この人の腕力はどうなっているんだ。

「……零さん」
「なんだ?」
「お、下ろしてくれませんか」
「……あ、」

 忘れてた、と言わんばかりに目を見開いた零さんが、何も言わずに私の足を床へと戻してくれた。気まずい沈黙はご愛敬だ。
 こうして唐突に始まった謎の言い合いは、急速に鎮火した。妙なぎこちなさだけが残った気がするが、さっさと切り替えたらしい零さんはコアクリスタルについて調べ出し、私も調合に戻る為に爆発した釜の底に溜まった失敗作の灰を回収しておく。

 ぐるぐると次の調合の為釜の中をかき混ぜながら、ふと思う。不思議なほど肩の力が抜けた気がする。さっきは失敗した調合だけど、別な手立てがひらめいた気がして脳の片隅ではいくつもの素材が思い浮かんでいく。

 あまり気負うな。この生活を楽しみ始めている……か。

 結局先ほどのあれも零さんの優しさであって、状況は何も変わっていない。だと言うのに霧が晴れたように視界がすっきりしたような感覚に、楽しくなって歌を口ずさむ。ふ、と楽しげな声が聞こえた気がして、私は調子よく釜を覗き込んだのだった。


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