「やりやがったな!」


「主」
「あるじさま、おかえりなさい!」
「おかえり、主」

 無事転移した感覚にそろりと目を開けると、まず私を呼んだのは総隊長の国広だった。続いて今剣、石切丸と続き見回すと、転移のゲート陣前に大太刀勢やにっかり青江などその意図が分かりやすいメンバーがそろっていて苦笑する。

「ほかの者は広間に」
「そっか、ありがと。食事は?」
「既に済ませてある。主たちは食べてから帰ると聞いていたが大丈夫か?」
「うん大丈夫だよ。さて皆、ここにいる霊が悪しき者じゃないのはわかるよね? 広間に戻って大丈夫。この三人は正式なお客様だからね、今剣、これから三人の霊体に一応結界を張ったら広間に案内するから先に行って皆に無事を知らせてきてくれる? こんのすけは桔梗のところに転移完了の報告を。国広、私が留守にしている間の報告を聞く」
 はーい、という今剣を筆頭に囲むように立っていた刀剣男士たちが広間へと歩き出すと、固まっていた三人の幽霊が脱力するのが見えた。まぁ、幽霊でも……いや幽霊だからこそか? さすがに御神刀の神気は感じ取ったらしく、どうやら実感がわいたようだ。

「神社だ……神社で幽霊になって目が覚めた時の感覚と似てる」
「あ、わかる。俺も神社で結構休ませてもらってたなー、人集まってるところなんか体重くて」
「は? まじかよお前ら神社にいたのかよ」
「え、陣平ちゃんどこにいたの」
「……あんまり意識はなかったけどほとんど観覧車の上だな」
「おいそれ地縛霊……」
「だから会った時もあそこにいたのか!」
「うっせーなだるくて動こうとか思わなかったんだよ! お前が来たら急に目が覚めたんだ!」

 わいわいと言葉を交わす三人に背を向けひきつる口元を隠す。加護受けた理由がなんとなくわかるぞ、あと松田陣平はそれだいぶ危なかったんだと思う。

「随分元気がいい霊だな」
「あはは。さて国広、報告」
「ああ。第一部隊は帰還後連絡を受けた時点で出陣を終了している。出陣場所は予定通り、敵将の首は獲った。第二部隊、第三部隊は夜中と朝方無事遠征から帰還したあと止めてある。第四部隊は待機、留守居役にも特に問題は起きていない。報告書はすべて上げたが提出はまだ、検非違使遭遇回数一だ。一振り軽傷、手入れは終えている」
「了解」
「指示のあった客間の準備は整えているが、俺たちが張った結界だと弱い霊を成仏させる危険性があると思って処置はしていない。石切丸が場を清めてあるが、その霊体を保護するのならなるべく主の結界を切らさないほうがいいだろう」
「わかった。他は?」
「桔梗殿から連絡が入っていた。主が戻るまで誰も本丸に入れるな、と」
「ふぅん、で、誰か来た形跡は?」
「今のところ、ない」

 了解、と返して鞄に入れていた太鼓鐘を取り出し顕現しなおすと、うーんと伸びた彼がからりとただいまと言って笑い、私の後ろを見てにやりと笑う。つられて振り返った私は、唖然とした表情でこちらを見る三人のうちの一人、萩原さんが「すげぇ」と呟くのが聞こえて首を傾げる。三人はそれぞれ少し離れた位置にある本丸を見、私に視線を移し、そして刀剣男士たちをぐるりと見回して、なに、と眉を寄せる加州の言葉に我に返ったかのように首を振る。
「あー、いや。マジで戦争してんのかって思ってさ」
「そうだって主言ってるじゃん」
「いや、聞いてはいたけどなんか実感したというか、いや実感の切っ掛けになったというか」
「城……本丸か……すげぇなこれ」
 三者とも呆然としているようだが、あまり悠長にしている時間もないかと端末を確認する。ああ、桔梗から連絡が入ってる、とその内容を確認して、眉を寄せた。あいつがこの本丸に来る。しかも午後二時なんて一時間もないじゃないか。

「桔梗が三人に状況の説明に来るらしい。午後一時、その前に全員に三振りを攻撃しないよう紹介しておかなきゃ。結界は張りなおしたから大丈夫」
「わかった」

 あーほんとに帰ってくるの早かったなぁなんて笑い合いながらも緊張した様子のお客様三人を囲むように全員が歩き出す。途中多少の案内を挟みながら、まっすぐ向かうのは予定通り広間だ。外廊下を進めば、閉じられた障子の向こうがしんとし静まり返っているのがわかる。そこで国広が先に進み、障子をすぱんと開け放つと「主の帰還だ」と体の位置をずらし、全員がざっと頭を下げるのが見えた。……私が不要だというので滅多にこの光景を見ることはないが、来客がいる為だろうか。びくりと背後の三人が驚いた気配に苦笑しつつ、促されるままに足を踏み入れれば長義と国広がそれに続き、今回現世へと出陣した他の七振りに囲まれる形で幽霊三人も入室する。向けられる視線に驚いたのかやや顔色が悪いようだが、彼らを案内するのは広間の奥、上座にいる私のそばだ。

「さて、今回は長期任務出陣から急遽政府の指示を受け、大切なお客様を連れて一時帰還となりました。皆ただいま。こちらが今回保護をするよう頼まれた三人です。ああ、あまり意味はないけど一応真名は伏せさせてもらって、左からハギさん、マツさん、とえーっと、スコッチさんにしとくかな」
 モロさん、というのも呼びにくいしと名を告げればぎょっと諸伏さんが目を見開くがまぁその辺りの説明は後だ。既に現世任務ということで出陣した八振りは真名を覚えているわけだし、そもそもなくとも幽霊である彼らや現世の人間なんてどうとでもなるわけだが、一応本丸内なので人間は真名を名乗らないという我らの常識に合わせておく。
「事情は国広に聞いたと思うけど、彼らは身の安全を守る為に本丸での保護になりました。この後すぐ政府の役人が来て彼らに説明する時間を設けるそうなので、その間私たちの現世任務も一時中断です。何か報告や相談がある者はこの後聞きます。薬研、戻ってすぐで悪いんだけどお客様を客室にご案内してあげて。前田、平野、薬研のお手伝いをお願いします」
「わかった」
「はい!」
「お任せください」
「……ということでここにいるのが私の刀剣男士です。全振りの名前を紹介する時間はなさそうなので、ひとまず現世で一緒だった八人と……この二人は前田藤四郎、平野藤四郎、どちらも薬研と同じ粟田口の短刀です。彼らを覚えておいてください」
 紹介すれば、ああ、だとかはい、だとか肯定の意を確認し、薬研に視線を移せば心得たという表情を見せ、三人と三振りはあっという間に広間から退場だ。
 気配が遠ざかると、帰還を喜ぶ言葉とともに大丈夫でしたかと気遣う言葉を発したのは、へし切長谷部だった。

「大丈夫大丈夫、ちょっとめんどくさそうだったけどね」
「いや、驚いたぜ。まさか歴史改変の変異点に関わったのが加護持ちの幽霊だとは予想してなかったからな」
「はっはっは、国広から聞いてはいたが、先ほどの三人か。いやぁ、死後ある程度経っているようだが清いままであったな」
「すごいねぇ。もっと飲まれて鬼にでもなっちゃいそうだけど、とくにあの……うぉっち? だったっけ。ねぇ時計丸」
「スコッチだ、そして俺は膝丸だ兄者! まぁ確かに、驚く程その気配はなかったな……」
「随分と苦労した魂のようだけど、気に入られていたようだね。僅かだけど確かに加護を感じたよ」
「絶対歴史修正主義者にバレたらまずいよね」
「でも保護はわかるけどなんでうちの本丸なんだぁ?」
「長義殿、政府にそういった状況に対応できる施設はないのでしょうか」
「狙われる可能性がある人物を保護する部署や施設は存在するけれど、今回桔梗殿は敵よりも内部に視線を向けたんじゃないかな」

 騒がしくなる室内で刀剣男士同士の意見が交わされているのを聞きながら時折質問に答える。鶴丸がナイフを持った男が暴れた話をした辺りで皆が殺気だってしまったが、現世任務が思った以上に重大な任務になりそうだと思ったらしい皆はすぐどう対応すべきかに視線を向け、そして現世に行った八振りにあの三人の幽霊についての情報を共有するよう求める。曰くスコッチは霊力が高いがやや不安定だ、マツは口は悪いが仲間思いらしい、ハギは狼狽えているようでいて一番安定感があるなど、私や長義と変わらない意見が他の七振りからも語られる中、ふと通知に気づいて端末を確認する。……間もなく到着らしいが、時刻はまだ十二時四十分である。早いよ。

「仕方ないな……長義、もう来たみたい」
「……余程急がないといけない事情があるのかな」
「かもねぇ。出迎えに行くよ、国広も……」
「おっと主、俺に行かせてくれないか。国広も情報は早めに共有したいだろうからな」
 鶴丸が立ち上がり、国広に視線を向けると小さくうなずいたのを見て、じゃあお願いね、と二振りを連れて広間を出る。鶴丸のことだ、恐らく政府の人間を見きわめようという意図もあるのだろう。まぁ来るのは私の部下とも言える桔梗なのだがあいつは割と手段を選ばない自由なやつなので存分に警戒してほしい。

 政府や万屋、演練会場に繋がる門前に到着してすぐ、来客を知らせる鐘が鳴り、私は開門の手続きをとる。重い音を立てて開いた先に現れた人影に思わず眉が寄った。桔梗はいつも通り食えない笑みを浮かべているのだが、その後ろにもう一人いる。まだ若い、どこか戸惑った様子を見せる、スーツに着られたいかにも新人だ。この案件に新人を連れてくるのかと視線を桔梗に向ければ、彼は大丈夫です、と口パクで私の疑問に答える。

「本丸番号×××××、審神者名サニワ名様と刀剣男士様方。お久しぶりです、桔梗でございます。この度は一時ではありますが無事任の一つを果たしてのご帰還お疲れ様でございました。突然の訪問をお許しいただきありがとうございます」
「本当いきなりだけどね。そちらは?」
「私の部下の群雀です。ご挨拶を」
「は、はいっ、群雀と申します、以後よろしくお願い致しますサニワ名様、鶴丸国永様、山姥切長義様!」
 ぶん、と音がしそうな勢いで頭を下げた部下にはぁとため息を吐きつつもすぐにこりと笑みを浮かべた桔梗は、それで保護をお願いした三人は、とすぐ本題を切り出す。

「待て待て。まず主に今回保護をうちの本丸でした目的や君たちがここに来た理由の説明をしたらどうだ?」
「お察しの通り、と言いたいところですが、実は面倒な部署が出張ってきそうで急ぎなんです。さすがにあなた方も保護した霊体を陰陽師だらけの部署の中でもマッドサイエンティストだなんて言われてる一部のバカ共に実験材料として差し出すのは後味が悪いでしょう?」
「……なんだその部署、ふざけてるのかな?」
「残念ながら事実でして、頭が痛い限りです。解明も大事ですが詳細に解明した情報が敵に手に落ちるのは勘弁してほしいところですからね、今回の件は『神格の高い神による正史に害のない救済』で済ませたい」
「そのために貴殿たちはどうするつもりなのかな」
「まずあのバ……研究熱心な研究者たちに接触される前に彼らに真実と身に迫る危険を伝え、利用されぬようご自身で判断できる環境を整えさせていただきます。その後保護について呪による契約までことが進めばなお良し、という希望はありますが」
「それでお前らがお前らにとって都合がいいような嘘をつかないという約束はできるのかい?」
「ええもちろん。『鶴丸国永様、我ら二人は保護三名に嘘を申しませんと約束します』……これでどうでしょうか」
「……主」
 鶴丸と長義はちらりと私に視線を向け、どうする、とその視線が言っている。私も私でじっと桔梗を見つめた後、小さく息を吐いた。

「案内するよ」
「ありがとうございます。ところで私たちはあまりの忙しさに実は飲まず食わずでして。お茶を一杯頂けると非常にありがたいのですが」
「……はいはい」
 これは茶菓子も欲しがってるな、とため息を吐きながら、私は二人を客室へと案内したのだった。



 そうして案内した後は私たちへの説明とは別に彼ら個人個人との話があると部屋は閉め切られ、防音の結界がされたところまで確認して私は広間へと戻った。部屋の出入り口前には薬研、前田、平野が変わらずついていることだし、私の本丸が本来であれば政府のどこかの一室で行われるような事情聴取の場に選ばれたことはわかっていたので文句を言っても仕方ない。そして忙しい。広間に戻ればやはり刀剣男士たちは誰一人いなくなることなく議論を交わしており、私の姿を見てすぐ静まり返るのだから、普段の比較的賑やかな本丸内とは少し雰囲気が違う。

 どうだった、という質問に鶴丸が答える中長義と一緒に上座の方へと戻ると、皆の質問をまとめた、と国広が隣で熱心に紙にペンを走らせる長谷部に視線を向ける。穢れの対応、万が一抜刀せざるを得ない場合の真剣の目くらましなどすぐにでも対処を考えた方がいいものをピックアップしていき、二時間ほど経過した頃。話はまだかかるだろうかと休憩におやつでも配るかと考えていた辺りで、少し離れた先から「やりやがったな!」という薬研の叫び声にばっと全員が立ち上がり、そして広間の扉がすぐに開かれる。

「主君! 急ぎ客間へお出でください!」
「前田、何があったの」
「桔梗と名乗る男、禁忌を犯したようです。とにかくこちらへ!」

 長義と国広がすぐ私の両脇を固め、前田に続いて私も足早に移動する。その後ろを数人の刀剣男士たちがついてくるが咎めず客間前の廊下に顔を出せば、険しい表情をした薬研を平野が押さえ、廊下と部屋の中でにらみ合っているらしいと気づいて間に割って入る。
 そしてその部屋の中……窓のない壁、テーブルの上、桔梗、その部下、霊体三人、その表情を見回して、はっとし、盛大に顔が引きつった。

「……やってくれたね桔梗」

 そこにいる霊体三人、その体が不安定ではないものに変質していたのだから。……恐らく私の霊力で。
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