「いつの時代も守るより害すほうが簡単だ」



「え、なになに」
「なんかいるねぇ」
「なんかいるね、で済まそうとしないでくれないかな」
「ははっ、折り畳みナイフってやつか?」

 驚きつつもすぐさま私を庇うような位置に立つ三振りは冷静に視線の先……ナイフを振り回している男を観察しているようだ。恐慌状態なのか話が通じなさそうな男を中心にぐるりと客が円を描くように離れていくが、「近づくな」と言った割にはそれが不満なのかぎろりと男の目が鋭くなる。周囲に子どもがいないのが幸いか、人質に取られでもしたら厄介だなと見渡していると、くそ、と男が走り出す。

「俺のせいじゃねぇ! くそ! 俺が裏切ったんじゃない!」

 ……こちらのほうに、だ。

「下がろう、面倒ごとはまずい」
「サニワ名、こっちへ」

 すぐさま長義が私を引いてその進路から遠ざけるが、私を守ることを優先した彼らはこの混乱した人混みの中で戦場のようにはいかなかった。とくに清光は位置が悪かった。どけ、と血走った眼で男が清光にナイフを向ける。……当然ながら清光は焦りもないが、ここで恐らく全員の頭に過ぎっただろう言葉は、担当のものだ。曰く、現世は監視カメラが多いから絶対人ではありえない動きを見せるな、というもの。対応できなくもないが、初日の買い物でその対策が必要だとは思っていなかった。

 舌打ちをしたのは誰だったか。鶴丸が加州に腕を伸ばすが、それより先に接近したナイフを突き出す男の腕を、加州が叩く。そのまま刺されることなどありえないが、予想外であったのだろう男がえっと目を見開く。……さすが清光、この場では最良の選択だろう。制圧するでもなく男から凶器を奪った清光はよろけたふりをして鶴丸の方に向かい、そのまま鶴丸が弟を庇うように引き寄せて数歩下がって私たちと合流する。男は武器を落としたせいで焦り、その隙に警備員が駆け付けたのか地面に転んで上から押さえつけられている。
「混乱に乗じて逃げるぞ」
 この状況で人々は逃げまどっている。それに乗じて逃げても問題ないだろうと判断したらしい鶴丸の指示で、長義に手を繋がれたまま走り出したとき、ふと流れに逆らうような動きを見せる存在が視界の端に映り視線がそれを追って、……あ、と思わず漏れそうになった声を飲み込む。

 降谷零だ。

 くっと、長義と繋がった腕を引いてしまい長義の視線もまた同じ方向に向けられ、しかし彼はそのままさっと視線を戻すと僅かに私の身体を引き寄せる。

「あとだ」
「うん」

 そのまま人の流れに乗り距離を取り、私たちは店を離れる。まだ私と長義、鶴丸の帽子と、タオルをいくつか購入できただけなのだが仕方ない。

「ごめん、俺目立ったよね!?」
「大丈夫、清光のせいじゃないし最善の方法だったと思うよ。まさか一日で二件もトラブルがあるとは……それより大丈夫? 清光。あの男かなり淀みを背負ってる感じだったけど」
「へーきへーき、ちょっと腕叩いたくらいだし」
 それでも気にはなる、と清光の腕を祓うようにぱしぱしと叩いていると、長義が悩むように顎に手を当てショッピングモールを振り返る。
「サニワ名、あそこにいたのは、ふ……安室という男だったかな」
「は、なんだ、いたのか?」
 降谷零の立場を思い出したのか小声であっても名を選んだ長義の言葉に、鶴丸が目を瞬かせる。それに私も長義も頷いて見せれば、そりゃずいぶんと今日は運がいい、と片手で頭を抱える。
「一人だけ逃げずに険しい表情であのナイフの男を見ていたよ」
「なにして……というよりあの男の人なんで暴れてたんだろう」
「……調べるか? 裏切ったがどうとか言ってた気がするが」
「うーん……いいや。まだループ前だし私たちが見たのはあの男がナイフ持って暴れてからだもんね」
 下手に過去で動き回ることはない、まだループ前なのだからむしろ動きすぎないほうがいい。そう判断して、さてと次の問題に直面する。

「……ところで、もうこの店で買い物したくないなあ」
「移動しようか。いや、もう食器類は明日戻ったら万屋で買って一緒に転送してきたらどうかな?」
「それもありだな、物騒すぎるぜ、こんな驚きは妹がいないところでないと困る」
「洋服は現地で買ったほうが溶け込めるだろーと思って買ってこなかったけど考え物って感じ」

 ぞろぞろと歩き、駐車場の一角でタクシー乗り場を見つけて、全員で移動する。余談だが基本的に大型でなければタクシーに乗れるのは客は大人四人までらしい。皆で移動する際は気を付けなければ、と考えつつ、結局はタクシーの運転手に聞いて駅前の店である程度調理器具と食器を揃えて初日は帰宅することとなった。もうトラブルはごめんだと早々に済ませた為にまったく数が足りていない。全員でため息を吐きながらの帰宅に留守番組に心配をかけてしまうこととなったが、この時代の危険性を認識した彼らが私を警護しやすいように策を練るようになったのは言うまでもないことだった。
 どうなってんだこの街、と愚痴を零す彼らの言葉を聞いて幽霊三体が渇いた笑いや項垂れるようなため息を零す中、初日は騒々しく過ぎていったのである。




 薬研と交代し病院を見張っていた謙信が戻ったのは夜中日付が変わった頃。無事伊達航は目を覚まし容体も安定しているということだった。
 懸念事項は一つ減った。となれば何時に帰還の指示とやらが下りるのかと思ったが、それは午前中のうちにこんのすけからもたらされた。
 正午きっかりに転送を許可すると。既に本丸には連絡を入れている為、遠征に出ている部隊もこちらの帰還には間に合うらしい。つまり全振りがこの事態に対処に当たるのだ。……原因は、なぜ我が本丸に容疑者とも言える霊体を『保護』という形で連れて帰ることになるのか、という点だろう。桔梗が噛んでいるとはいえ、あまりにも怪しい。……と、思うほど、政府から来た刀剣たちの前では言いにくいが一部の政府については信用がなかった。

「気持ちはわかるけどね。まぁ俺がいた部署はこんなにひどくはなかったかな、この本丸に配属されてより上層部の腐敗具合を知ったよ」

 とは長義の弁だが、知ったと同時に放置もしない長義も今回は何が狙いなのか推測できかねているらしい。幽霊はあくまで幽霊だ。奇跡を起こすきっかけとなった加護もこの時代、この場所にいるからであり、今は既にだいぶ薄まってしまったこれが一種の神域でもある本丸に移動すれば残滓となってしまうのは想像に容易い。成仏させる気なんだろうか。まぁ、この時代に放置して歴史修正主義者の手に堕ちるのを待つよりは余程いいのは間違いないのだけど。

「主さま!」
「こんのすけ、こっちは準備できてるよ」

 手持ちの道具では気休めかもしれないが霊体三体を転移の衝撃から守る為に結界を張り巡らせ、正午少し前に姿を見せたこんのすけに報告する。
 つい先ほどまで全員が戦装束に着替えて現れたことで(とくに刀や防具、黒に見せていた髪の本当の色や鶴丸の和装に)騒がしかったが、転送の時が来たと気づいたのか今は少し様子が違う。
 現在萩原さんは何が起きるのかとやや怯えの混じる表情をしており、松田さんは口を引き結んだ険しい表情、そして諸伏さんは……今にも抵抗してやると言わんばかりに霊力が荒ぶっていながら、表情はないに等しい。さすが潜入捜査官ってやつかな? と思いつつ、視線を戻す。

「諸伏景光さん、転移の衝撃に耐える為の結界を張りました。その中で暴れたら中の二人がただじゃ済まないのでやめてくださいね」
「……な、に?」
「……そりゃ脅しか?」
「はぁ? ちょっと、主がそんなことするっての? あのさぁ、隠してるつもりかもしれないけれどそんなに霊力暴れてたら何かしようとしているのはここにいる全員わかるっての」
 清光の言葉に諸伏さんは目を見開き、他の二人も驚いたようにそちらを見る。
「やめとけ諸伏、こいつら今の俺らがなんとかできるような相手じゃないだろ」
「でも俺は! 俺はあいつが」
「その『あいつ』というのは『降谷零』ですか、諸伏景光」
 間に割って入ったのはこんのすけだった。言うのか、と驚く私たちと、友人の名を出されて警戒し固まる三体の前で、開示許可の範囲内ですと淡々とさきにこちらの疑問に答えた優秀なこんのすけは、一歩前に出る。
「主さまの今回の任務は『降谷零』他数名を歴史修正主義者の襲撃から守ること。その任の邪魔をあなたがたにされるのは困りますね」
「なん、だって……?」
「ゼロを……守る……」
「どういうことだ」
「言葉の通りです。『降谷零』他数名は、この時代において我々の敵、歴史修正主義者に命を狙われる可能性があり、それが我々の守るこの世界から見た未来に多大な影響を及ぼす可能性があると判断されました。時の政府は事態を重く見、この度異例ではありますが優秀な審神者様を近代に派遣し対処に当たることを決定したのです」
「……その言葉、本当か」
「嘘をつく理由が俺たちにはないな。第一真逆の目的なら俺たちは今日にも任務が終わってるのはわかるだろ? いつの時代も守るより害すほうが簡単だ」
「ふん、そんなことをしでかしていれば今お前らの目の前にいる俺らはお前らを一瞬で悪霊に堕とす程堕ちているだろうがな」
 鶴丸と伽羅の言葉に、ぐっと三人が唸る。彼らも知っている筈だ、幽霊としてこの街を彷徨い、避けるしかなかった穢れと悪霊の存在を。この結界内の清らかさを。
 こんのすけの言葉は真実だが、全てではない。恐らく政府が最も危惧しているのは、降谷零他数名が歴史修正主義者の手に堕ちることだ。今も自身の正義を貫く彼にその切っ掛けを与える可能性があるのは、主にこの三名だろうけれど。
「知りたければついてくることです、萩原研二、松田陣平、諸伏景光」
「……ちっ」
「わかったっての……」
 諸伏景光は無言だが、今はその霊力が萎えている。こんのすけ、時間、と声をかければ、お客様を連れた転送陣は問題なく開かれたのだった。
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