「……気負い過ぎることはない。ここには俺もいるのだからね」



「どうやら三名とも随分成績優秀だったようだね。まぁ、人の子らしい若さはあるけれど」
「そうみたいだね。んー、これはまずいかな」

 萩原研二は本来爆弾解体時来ていなければならない防護服を着ないまま解体に当たり、爆死。しかしその能力は高くエースと呼ばれるだけの技術はあったようだ。
 松田陣平は萩原の友人で、友人の死の原因となった爆弾犯を追い、その犯人にあと少しで辿り着くといったところで爆死。どうやら爆弾犯が観覧車に設置した爆弾に一人対応に当たったようなのだが、その爆弾は爆発数秒前に他の爆弾の在処を知らせるものだったらしく、解体してしまえばヒントが手に入らない為に自らの死を選んだらしい。……爆弾事件多すぎないか。
 で、一番霊力が高い諸伏景光は先ほども調べた通り公安警察。潜入捜査中に仲間のデータが入った携帯端末ごと心臓を撃ち抜いて自決、と。

「……改めて思うんだけど物騒すぎじゃない? この時代」
「戦国の世とは違うけれど簡単に爆発物を爆発させないでほしいものだね。……まったく、彼らはどうなることやら」
「推測は? 私としては幽霊がなれるのなら審神者勧誘ありそうだなって」
「ありえないとは言い切れないけれど難しいんじゃないかな。何せ実体がない。さっきの物吉がそうだったように、いくら俺たち付喪神でも絶対に幽霊が見えるとは言い切れないからね。何より器がない状態で存在維持以外に霊力を使い続けて、存在が持つわけがない。肉体という器がなければ消費する一方、回復は見込めないんじゃないかな」

 他にもデメリットは多い、と長義は政府にいた頃の経験から想像可能な範囲での具体例を出していく。曰く穢れに弱すぎてすぐ悪霊化する可能性がある、刀剣男士が心配のあまり神域に連れて行ってしまう、どうせ死んでいるのだからとブラック本丸に着任させられるなどなど。

「なら審神者勧誘の線は薄い……としても優秀な魂でしかも意思疎通が可能な比較的精神と存在が安定している霊を政府が逃すかどうか……」
「特にあの諸伏という男はかなりまずそう、かな。彼はかなり頭がきれるようだ。公安警察というものをしっかりと把握したわけではないが、より大勢を守る為に耐える力を知る者を欲しがる部署は多いだろうね。先ほども他の二人も優秀だが一番得意としているのは恐らく爆弾の解体……呪具の解体ならまずかったかもしれないが俺たちの戦いではあまり必要とされない分野だ」
「でも松田さんは友人二人を庇ってる節があるね、一番喋ってわざとこっちの注意を引きつけてるって感じ。流れに身を任せるような様子を見せてるけどたぶん警戒心がすごい高い。わかりにくいけど情に厚い、となるとめんどくさいやつらに一番狙われそうなタイプかも。あと、一番混乱してるように見えてる萩原さんが一番精神的に安定してここに来てからずっと仲間二人を気にかけてる。ある意味三人の中じゃ抜きんでて審神者向きだなぁ、妙なことにならないといいんだけど」
「……気負い過ぎることはない。ここには俺もいるのだからね」

 長義の言葉で、頭の奥でぱちりと何かが弾けた気がした。靄が晴れていくかのように考えがすっきりして、はぁ、と息を吐く。
「ありがとう、少し落ち着いた」
「ふふ、それならよかった。……さて主、この後だけど」
「うん?」
「一時帰還命令が下ったとはいえ、またここに潜入することには変わりない。この後あの三体のことで忙しくなるかもしれないことだし、当初の予定は遂行してしまったほうがいいと思うのだけど、どうかな?」
「当初の、……ああ、そっか。買い物行かないといけないね、ええっと……リスト作ったほうが、」
 この後の予定を相談していると、ノックの音とともに聞こえたのは鶴丸の声だった。どうぞ、と促せば、「よっ」と軽い挨拶をして顔を見せた鶴丸の手には木製トレーがあり、おにぎりや紙コップが並んでいる。紙コップの数は三つ分、話を聞きに来たのだろうと促せば、鶴丸は邪魔するぜと言ってテーブルにそれらを置く。

「ところで山姥切……じゃないな、ここでは長義と呼んだほうがいいんだったな兄弟」
「ふふ、そうしてもらおうかな、鶴丸義兄さん」
「……驚いた、こりゃいいもんだな、兄と呼ばれるのは。一期一振の気持ちがよくわかる! あとで光坊辺りに自慢でもするか……っと、さっそく本題に入らせてもらうが、政府が幽霊を審神者にしたなんて事例はあるのかい?」
「……主と同じことを心配しているようだね。それついてはさっき話し合っていたところだよ」
 おにぎりを押し付けられながら主はちゃんと食べろと二振りに目線で言われた気がして苦笑し、長義が鶴丸に説明する声を聞きながらおにぎりを頬張る。ネギ味噌の焼きおにぎりで、焼いた味噌の香ばしい匂いが口いっぱいに広がり、そして味噌の甘みが舌に乗る。少し食感を残したネギがまたいいなと食べ進め、美味しい緑茶をひとくち。食べることにあまり執着はなかったけれど、うちの子たちの料理はとても美味しくて食べると幸せになれる。お返ししたくて作るようになったお菓子やおにぎりはあまり機会はないけれどありがたいことに好評で、今度また厨に手伝いに行こうと決心しながら視線を上げると、長義の話を聞き終えて難しい表情を見せながら鶴丸がじっと湯飲みの中を見つめている。

「鶴丸殿?」
「兄さんだ長義」
「……どうかしたかな、鶴丸義兄さん」
「いや、こんのすけは信のおける政府の人間にまず話を繋ぐと言っていたからな、杞憂であればそれでいいさ。霊まで審神者になどと酷なことをするようじゃ驚いただなんて言ってられないからな」
 生憎とそんなことするやつはいない、とは言えないのが現状である。誰ともなくため息を吐くが、ぱん、と膝を叩いた鶴丸が気分を切り替えるように「明日戻ることになったな、本丸のやつら驚くぞ」と笑う。
「とはいえせっかく来たばかりなのに何もせず戻るのも面白くない。どうだい、夫婦二人きりで出かけさせてやりたいのはやまやまだが、荷物は多くなるだろうし人数を分けて買い物にでないか? あの人の子らもずっと大人数に見張られていては気づまりだろう」
「ああ、ちょうど出かける話はしていたから丁度いいかな。皿やコップをいつまでも紙に頼るわけにもいかないからね。どうする、主」
「んー……なら、長義、鶴丸、加州にお願いしようかな。太鼓鐘も連れていくけど」
「妥当かな。見た目が子どもすぎると荷物持ちとしては怪しいし、大倶……廣光は鶴丸が可愛がっている弟分というだけで今一緒に出掛けるのは不自然だからね」
「なら伽羅坊と物吉、謙信には留守番を頼むとしよう。薬研はまだ戻ってないぜ、定期連絡は物吉が受けてるが、今のところ『変異点の当人』は命に支障はないが目を覚ましてはいないらしい」
「引き続き偵察は続行してもらうけど、そうだな、もし夕刻になっても状態が変わらないようなら謙信と交代で」
「俺が伝えて来よう。長義は食事をとってくれ、二人が準備を終えたら出かけようじゃないか」
「ああ、そうさせてもらおうかな」
 鶴丸がひらひらと手を振って退室し、さて、と使っていなかった端末を取り出す。政府から支給されたスマホと呼ばれる端末の使い方は一通り本丸でも確認したし、メモ帳代わりになるものがあった筈だとアプリを開いて、必要なものを書き込んでいく。……比べられるわけがないのはわかっているが、やはり普段使っているディスプレイのほうがいいなと若干不満を抱きつつおにぎりを頬張る長義の隣でメモに書き綴る。右上に表示された時刻は十時半。まだ十分買い物する時間はあるだろう。

「ああそうだ、主、左手をだしてくれるかな」
「うん?」
 食事を終えて二人でテーブルを片付けようと纏めていると、ふと長義が顔を上げて催促するように手を伸ばす。どうぞと左手を差し出せば、胸元を探っていた長義がするりと私の指を撫でた。……ひやりと冷えた輪が、薬指にはめ込まれる。
「ん、え? 指輪?」
「現代では結婚した男女が薬指に揃いの指輪をはめることが多いと聞いてね。必要だろうと万屋で探してみたんだけど……ああ、似合っている」
 どうかな、と微笑みながら私を覗き込む長義の目を見つめ、指輪に視線を移し、瞬きしても消えないそれをじっと見つめる。僅かに曲線を描くように並ぶ透明な小粒の石の中に一粒青い石がはめ込まれたそれは派手過ぎず、邪魔にならず、しかし好ましい可愛らしいさのあるシンプルなデザインだ。おそろい? と問うと、俺にも嵌めてくれるかなともう一つを手のひらに乗せられて、まじまじとそちらも見る。そちらは石は並んでいないが、緩やかな曲線を描くデザインは同じものだ。よく見ると指輪の内側に私の瞳と同じ色の石がはめ込まれており、ぶわりと顔が熱くなる。
「え、え、いいの?」
「もちろん」
「……手、出して」
「はい、奥さん」

 じわり、と頬が熱を帯びるがそのままそっと差し出された手を包む黒い手袋を脱がしていく。肌が見えていくその様がなんとも艶めかしいが、指の先まで美しい。そっとその薬指を撫でて、渡された指輪をはめる。するりとはまった指輪を見て、今更ながらよく私の指のサイズとぴったりだったな、と傍流とはいえ長船派の本領発揮を見た気がした。そっと同じデザインの指輪をはめた手から手を放せば、ふふ、と楽し気に笑った長義がその己の薬指に唇を寄せ、よろしく奥さん、と微笑むものだからたまらない。

「……うう、攻撃力……さすが長義斬れ味鋭い……」
「それは当然だけれど、何を馬鹿なことを言っているのかな。俺はあなたを斬ったことも斬る予定もないよ」

 ほら準備。そう促されて、赤くなった顔を隠すように長義に背を向け左手を右手で包むように握りしめた。




「えーっと、食器類や足りない調理用品はあとに回したほうがいいかなー、重いし割れると困るし。ねぇ、先に姉さんの服見ない?」
「え、それこそ急がないから後回しでいいよ。タオルとか先じゃない? 最低限すぎて足りなかったよね」
「待て待て、あの殺風景な集いの空間にも生活感が出る程度に物を増やすべきだと思わないか? 具体的に言えば壁掛け時計も飾り棚も何もないのはつまらん! 俺に任せてくれれば驚きに満ちた空間を約束しようじゃないか」
「そんなところで驚きはいらないかな。ただ生活感は必要かもしれない、越してきたばかりといっても見た目学生の子どもがいる家にしては殺風景すぎるだろう」

 やってきたのはいろいろ揃えられそうだということで郊外のショッピングモールだ。万屋よりも小規模だが、あの家で使うものを揃えるのにはちょうどいいだろうとわいわいとメモを皆で覗き込む。

 ちなみにここまで来たのはタクシーである。初めは電車でと思ったものの、道を歩いて浴びる視線の多さに早々に注目を浴びる原因に気づき、急遽駅からタクシーを利用したのだ。バスや電車は慣れていないということもあるが、そもそも万屋に慣れていた私は『刀剣男士』が非常に見目麗しい姿であるということを失念していたのである。
 審神者あるあるではないかと思う。だって演練だろうが会議だろうが万屋だろうが刀剣男士がいて当たり前、二十四時間本丸で彼らと生活しているのだから。しかも私は潜入した他世界の者であり、この世界の『現世』だなんてほぼ関りなく審神者として過ごしていたのだ。それを知っているのは今のところ四振りのみで、いくら引きこもり設定だったとはいえもしこれが二千二百年代だったらあっさりボロが出ていたかもしれない。これが落ち着いたら長義に付き合ってもらって現世の事前調査をしたほうがよさそうだ。
 当刃たちもまさかそこまで目立つとは思っていなかったようで、長義や鶴丸は意にも介していなかったが加州が「これまずいじゃん」と気づいたわけだ。今は目立っていいことあるわけないじゃん、というわけでタクシーを使いショッピングモールまでやってきたわけだが……感じる視線の多さはむしろ増えていて、はぁ、と息を吐く。

「ねぇ、まず帽子かサングラスかマスク買わない……?」
「室内でサングラスも目立つんじゃないかな」
「マスクでいいんじゃない? 結構してる人いるし、あ、姉さんの帽子は俺が選ぶ! 長義さん譲って!」
「ふふ、じゃあお願いしようかな」

 じゃあマスクを先に、と出入り口付近のドラッグストアで目的のものを購入し、マスクをしても麗しい三人を見回して苦笑しつつ、店内マップを見ながら四人でショッピングモールを回っていく。
 朝のトラブルは予想外だったが、お留守番組に頼まれたものも買わなければと浮足立つのも仕方ない。私たちの現世任務はまだ開始したばかりなのだ。

「うわあああああっ! 俺に近づくんじゃねぇえええ!」

 ……開始した、ばかりなのだ。こうもトラブルが続くとは思っていなかったのに。

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