「こいつは驚いたな、初めての来客が幽霊か」


「さて、この旦那方はどうする?」
「家に連れていく」
「いいのか」
「どうせ絶対野放しにできないからね、強制転送になるか浄霊になるのかわからないけど、ここで一番安全なのがあの家だからね」
「んじゃ早く戻るとするか、残った旦那方もやきもきしてるだろうしな」
 鶴丸と加州にも先ほどの一振り緊急召喚する連絡は入っているのだ。あまりぞろぞろと歩いても目立つからと、もともと待機命令をだしていた為に出るに出られず心配をかけているだろう。
 無事であることだけはひとまず連絡を入れ、縛った三人はそれぞれ長義、伽羅、物吉が支えて歩き出す。最初僅かに抵抗してみせたが、こちらが幽霊であるあちらに触れられること、そして一番切羽詰まったような表情をしていた顎ひげ……諸伏景光さんが大人しくついていくことを了承したことで、人が増える時間になる前に戻りたいと先を急ぎ、最終的にはすんなりと家に戻ることができた。まぁ、その諸伏景光さんの探るような目は鋭かったのだが。


「あっ、姉さん大丈夫!?」
 戻った私たちを見て瞬時に『主』と呼ぶのをやめて対応した加州が、鋭い視線を後ろに向ける。すぐ「まじで幽霊」と呟き、鶴丸の名を呼んだ。

「こいつは驚いたな、初めての来客が幽霊か」
 少し遅れて現れた鶴丸は私を手招きすると、先ほどこんのすけが来て映像は確認した、と耳打ちする。どうやらこんのすけは変異点の状況の映像を持って先に政府の私の協力者、桔梗のところへと向かったらしい。それなら使ったアクセの効果は秘匿されるだろうとほっとして、さて、と三名の客を奥のリビングダイニングへと招き入れた。

「……お前ら一体なんなんだ?」

 全員揃ったところで先に口を開いたのは、どこか唖然とした様子を見せるサングラスの男……松田陣平さんだった。諸伏景光さんはじっと周囲を警戒しながら私を睨んでいて、萩原研二さんは戸惑いつつも三人の中では一番霊体が安定しているように見える。
 松田さんからの質問に、刀剣たちは答えない。逆に質問があると一歩踏み出したのは長義だ。
「お前たちはなぜあそこにいたのかな?」
「おいおい、こっちの質問は無視か?」
「これって取り調べなんじゃ……」
「はっ、逮捕されたってとこか? 幽霊が?」

 警戒しながらも嘲笑うような様子を見せた松田さんの前で、鶴丸が笑みを浮かべたような表情のまま一歩足を踏み出す。その雰囲気にのまれたのかひくりと喉を動かして松田さんが仰け反ると、ぽん、とその場にこんのすけが現れた。うわ、と三人が揃って驚き後退し距離をとられるが、こんのすけはお構いなしのようだ。

「許可が下りました、主さま。彼らの調査を致します」
「お願いね」
 はい、と前に進んだこんのすけは、三人の前までとことこと歩いて行ったかと思うとぴたりと止まり、その瞳を順繰りと向ける。「スキャン開始」、と呟いて。
 その言葉に一瞬遅れて諸伏さんが目を見開き身動ぎし、きつねの幽霊? と萩原さんがこんのすけを凝視し、舌打ちをして松田さんが眉を寄せる。時間にして、僅か数十秒。こんのすけにはそれで充分だ。

「完了いたしました。主様、彼らに歴史修正主義者が接触した形跡はありません。生前警察官だった彼らは職務中殉職しており、もともとの魂の性質、霊力、死因、何よりこの穢れた土地で命を守ろうと生前奔走していたこと、また死後も霊体でありながら欲に飲まれず他者の幸福を祈っており、加護を授かりやすい状態であったと判断します。以上のことから此度成功率0.002パーセントほどの救済を奇跡的に成功させたようです」
「まじかぁ」
 思わず気の抜けた声が漏れる。何がどうなってるんだと萩原さんは首を傾げ、諸伏さんが難しい表情を浮かべるその横で、へぇ、と松田さんの口角があがった。

「なんだか知らねえが、つまり伊達は助かったんだな」

 松田さんの言葉に、残る二人もはっとした様子で表情を輝かせる。まぁそれは正史となった以上私たちもそうならなければ困るのだが、なんともいい笑顔を見せあう彼らの前で、さてどうしたものかと腕を組む。
 歴史修正主義者との接触なし、つまりまったく無関係の霊が、正史を変える奇跡を起こした。それもあれ程の霊力を発揮してだ。守護霊に近い状態であったのだろうが、彼らは今もなお自由に動き回りここにいる。つまり、誰か特定の人間の守護についているわけではないということだ。
 諸伏さんが逃げようとしたのは、恐らく幼馴染の降谷零を心配してのことではないかと推測できる。何せデータ上で彼の死因は潜入組織で正体がバレ、親友の足音を追手と誤解しての拳銃自殺となっているのだ。彼を逃せば、必ずこの後不安定に一年を巡らせる中で最重要人物である降谷零に接触する。彼を守る動きであろうと、歴史修正主義者に目をつけられやすそうな魂を野放しにはできないだろう。
 そして彼らの行動が直接関わっているとは思えないが、この先訪れるループは非常に厄介だ。少なくとも彼らに咎がないとわかるまで、政府が成仏を許可する気がしない。
 だなんて思っていると、やはりというべきか。

「主さま、政府から入電を確認しました、読み上げます。命令です。明日まで捕縛した霊体三体の『保護』を継続、のち指示を待って三体を連れ本丸へ一時帰還せよ」
「えっ」
「はぁ!? 俺たちこのままどっか連れてかれんのかよ、一体何なんだ! 疑いはさっき晴れたんじゃないのか!」
「保護って、連行なんじゃ……」
「本丸ってどこにつれていく気だ、俺はまだ……!」

 三体を保護、それが自分たちの意思を無視してでも行われると気づいた三人がそれぞれ表情を変える。
 不満は当然か。というか私の本丸に移動するのか。転送自体はまぁできなくはないが、と考えたその時、こんのすけが爆弾発言を繰り出した。

「なお、加護を持ち当人が警察官ということを考慮し、過去の存在ではありますが特例として、情報の一部を開示することを許可、送信データを参考に審神者なるものが素早くこの処置に当たること」

 上からの文章を読み上げているようなこんのすけの口調に、とうとう私は大きなため息を零したのだった。



「歴史修正主義者……」
「つまり俺たちはその疑いがかかってる、ってぇわけか」
「え、二人ともそんなあっさり納得できるの? めちゃくちゃファンタジーじゃん、未来から来たのに神様とか呪術とかだぜ?」
「はは、そもそも俺らも幽霊だからな?」
「それな」

 否定できねぇだろこの状況。そう言って妙に落ち着いてしまったのは松田さんだ。納得はしているようだがいろいろ考え込んでいる諸伏さんと、一番混乱しているようでいてある意味一番この状況を現実と認めている様子の萩原さんを順番に眺めた後、時計を確認する。政府が説明していいと判断したデータというのはもちろん審神者や歴史修正主義者の存在についてだ。まぁこんのすけが三人の前でペラペラ単語を出してたからそんな予感はしてた。データ自体は当たり障りないようなあっさりしたものだったが、飛んでくる質問の答えを選ぶのに苦労した。一般人には答えられないことばかりなのだから。
 朝早くから動いていた為、説明に一時間ほどかかったが、まだ午前七時を過ぎたところだった。すでにめちゃくちゃ疲れたなと思いつつ三人に視線を向けると、諸伏さんと目が合う。
「なぁ、その後ろの二人も刀ってことか?」
「そうですよ」
「戦争、してるんだね……キミみたいな若い女の子が」
「性別は関係ありません。年齢は考慮されますが」
「刀の付喪神を呼んで戦争、ねぇ……んであんたはその神様を呼ぶ審神者とかいうやつで指揮官みたいなもんってことか」
「んー、大雑把にいえばそうなりますね」
「……はぁ、カミサマ相手に逃走企てても無駄だったってことだな」
 まぁそうだろう。いくら幽霊と言っても彼らは人だ。
 ちなみに刀の付喪神であることをわかりやすく証明する為太鼓鐘を顕現してみせたのだが、その太鼓鐘は伽羅とキッチンで料理中だ。今私のそばにいるのは鶴丸、そして長義の二人で、薬研には念の為搬送されたであろう伊達航さんを見に行ってもらっている。リビングで話している為ちらちらと清光たちもこちらを気にしており、三人はなんだか居心地が悪そうだ。

「俺たちはその歴史修正主義者とは関係ないよ」
「その可能性が高いことは現時点で判明していますが、依然危険な状況です。その結果を先ほどのこんのすけ……管狐が上に伝えに行っていますから、結果が出るまで保護という形で私たちのそばにいてもらうことになります。あなたがたに歴史改変の自覚がないだけかもしれませんし」
「自覚がないって……」
「はっ、何言ってもどうしようもなんねえだろ。時代が変わっても上が決めることなんざ俺たちにはわかんねぇよ。……にしても、時の政府ねぇ」
 当然のことだが不満そうな三人を前に息を吐いて腰を上げる。やらなければならないことは多い。
「ひとまず伝えることは伝えましたし、拘束は解きますから明日時の政府からの連絡があるまでテレビでも見ていてください。ああ、結界があるのでこの部屋から出ることはできませんが」
「もう分の悪い鬼ごっこなんざするつもりはないっての」
「俺ちょっと眠いかも……」
「あれだけ力を使ったんです、幽霊でも疲労感はあるでしょう。おやすみになってかまいません」
「ここで……?」

 きょろりと萩原さんが辺りを見回し、苦笑する。神様だらけの慣れぬ部屋で寝るのは確かに落ち着かないだろうが、そこは我慢していただきたい。だが説得する必要もなく、すぐうとうとと微睡むように萩原さんは頭を揺らし始める。サングラスのせいでわかりにくいが、松田さんもずいぶんと眠そうだ。

「お前ら寝とけよ、起こしてやるから」

 微笑む諸伏さんはどこかピリピリと張り詰めていて、眠る様子はない。なるほど見張りかな、とその強靭な精神力に感心し、私は目配せして鶴丸たちにこの場を任せることにする。

「主、食事はどうするんだ?」
「連絡があるから先に仕事に取り掛かるよ」
「ならあとで摘めるものでも持って行こう。あー、長義」
「わかっているよ。行こうか、主」
「ごめん、みんなありがとう」

 足早に退室し、すぐさま長義と自室に戻って空中投影ディスプレイにデータを展開していく。
 忙しくなりそうだ。

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