「お名前教えてくれません?」


「薬研くんから連絡がありました! 対象は無事発見、職務を果たし帰還に入ったそうです。恐らく予定通りの地点を通過する筈です」
「……まだ朝日の明かり薄いけど少し見通しは良くなってきたね。二人とも、目くらましの術を使うからあまり離れないで」
 ポケットから三つ球状に固めたレジンを取り出し、ランニングの振りをしながら細い小道へと曲がったところで、一つずつそれを握らせる。私の霊力をたっぷり閉じ込めたそれを握った二振りはその効果を確認して目を白黒させ、視線を三人の間で巡らせる。

「え、すごい、こんなに近くにいるのに意識しないとお二人が見えなくなってしまいそうです」
「これはまた……とんでもないものを作ったね。呪符でも似た効果は得られるだろうけど、あちらが霊力をとられるのに対しこれは中に最初から霊力を閉じ込めるタイプといったところかな。また口外できないようなものを」
「あはは、あ、これ霊力がある相手だと近づくとバレるからね。偵察が高い短刀だともしかしたら少し距離があってもわかるかもしれないし」
 とりあえずこれで対象と一定距離まで近づいて調査するよ、と告げてそろりと対象が通過予定の通りに戻り、薬研からの連絡を物吉が確認するのを見ながら歩道を歩く。まだ辺りは薄暗く車は稀に通るが通行人はほとんど見当たらない。だからこそ、道の先に今回の対象がいることには全員がすぐに気づいた。
「二人いますね」
「写真でいくと左にいるほう、かな」
「あちゃー、あっちに薬研たちもいるけど、薬研たちにもやっぱり私たち見えてないか。物吉、薬研に隠遁系の術使ってるって伝えておいて」
「はい!」
 話している間にも距離は縮まる。そこでふと長義が視線を動かしたのに気づき視線をずらすと、驚愕に目を見開くのが見えた。その視線の先を追うが何もない、と思ったが、私はそこに揺らぎを感じてふと意図的に排除していた『もの』を視界に映しこむ。

「げ」
「主、あれは加護じゃないかな」
「え、な、なんですか?」
「物吉、霊体だ。この街は残留思念が多すぎて鬱陶しいのはわかるが見てみるとわかるよ」

 そう、戸惑う物吉に長義が説明した通り、長義が捉えたのははっきりと人型を取った霊体……わかりやすくいえば幽霊だ。この街は事件が多いせいかやたらそういったものがうようよしており、穢れが多いと鶴丸が言っていたのもそれが原因の一つでもあるのだが、今問題なのはそこではない。

「……すみません、ボクには淡い光があるようにしか……」
「それがどこぞの神の加護だろうね。三体いるがどれも悪霊とは縁遠そうだ、よほど生前立派な行いをしたか、死後も淀みに飲まれなかったのか……主、どうするのかな? 見るからに『対象』の知り合いのようだけど」
「……そうみたいだね、嫌な予感がしてきた」

 そう、三体の幽霊、正確には二体と一体の幽霊はふわふわと漂ってきたかと思うと互いを認識して仰天し、そして気安さを感じる言い合いとじゃれ合いの末、下を歩く『対象』伊達航を指してわいわいと楽しそうに話しだしたのだ。どうやら対象が部下らしき男に話している内容を聞いて何か喜んでいるようで、幽霊たちは己を認識しない生きた対象に肩を組んだり嬉しそうに笑ったりと忙しい。

「この場に現れた対象と知り合いらしい弱いながら加護持ちの三人分の霊体、ね」
「これはもしかして原因判明かな? ……こんのすけ、おいで」
「はい、お呼びですか主さ……え」
 呼ぶとぽんっと現れたこんのすけが、私の視線の先を追って口を閉ざす。さすが優秀なこんのすけ、状況を把握したのか『記録いたします』と動き出し、それを確認した私たちも物吉の合図を受けて距離をとる。物吉の指す先に、明らかに蛇行する車がいる。運転手を確認すればその頭はかくかくと揺れ、目は閉じていると言っていい。……あれだ。
「主、こっちに」
 すぐ長義に抱き寄せられ、決して車の進行方向にならぬ位置へと庇われる。物吉も私を庇うように前に出たその時、霊体の一人が怪しい動きをする車に気づき、叫んだ。叫んで、叫んで、叫びまくり、そしてそこで転機が訪れる。対象が、手帳のようなものを落としたのだ。それを拾おうと屈んだのを見て、焦った他の霊体二人も必死になって叫ぶ。ここまでくれば高い霊力を持つ私たちにもその言葉は十分届いた。

「伊達ぇ! 馬鹿野郎、気づきやがれ!」
「逃げろ! おい、頼む逃げてくれ!!!」
「嘘でしょ、駄目だまずいまずいまずい――!」
「くっそぉぉおおおおおっ」

 一人がまるで車から庇うように飛び出した。顎ひげを生やしたその男は険しい表情で突き出した手がまるでハンドルでも握っているかのように虚空を掴み、視線の先で車が僅かに揺れたことからポルターガイストに似た現象が起きているのかもしれないと判断する。霊力がもともと高い魂だったのだろう、身に宿る霊力を消費し体を削るようなそのなりふり構わぬ行動はしかし、もう間に合いそうにはない。だが、確かに干渉してみせたのだ。
 そして残る二人の霊体も、黙って喚いているだけではなかった。一人は対象が拾おうとした手帳を、その現実には干渉できない筈の霊体の足で蹴り飛ばそうとする。パァン、と何かはじけるような音が鳴り、まるで風でも起きたかのように手帳がひっくり返った。ほんの数センチのずれ、しかし最後の一人がなんとか対象の男を抱えて押そうとするその動作が、屈んだ対象の身体のバランスを崩させる。

「なっ!?」
「伊達さ、うわあああ!」

 車が、歩道に飛び込んでくる。激しい音をまき散らし、思わず身を隠していた私も体を縮こませてしまい、長義が覆いかぶさってくる。事故だ。どうなった。驚いている場合ではないと目を見開き確認した私は、対象がじわじわと血に染まり歩道に転がっているのが見えた。……どういうことだ。そう思ったが、こんのすけが『正史変異点を確認しました』と告げたことで、致命傷ではない、という事実を知る。だが霊体たちは発狂したかのように泣き叫び、対象の名前を部下の男と重なる形で呼び続ける。じわり、じわりと赤が広がり、長義が私の肩を抱く腕に力を込める。

「大将」
 背後から、身を潜ませた薬研とそして謙信が合流する。どうやらあの三人がなりふり構わず力を振り絞ったことで、見えぬと言っていた物吉も状況を確認できたようだと納得し、背後の二振りにも身を隠す為の球を渡しながら先を見る。

「二人も確認したね? はは、あの三人、揃いも揃って結構な霊力持ちだよ」
「だなぁ、まさか知り合いの幽霊が原因とはな、想像してなかった」
「ひとりひとりのかんしょうはささいだが、それがかさなってたしかにれきしをかえたようだぞ」
「歴史、いえ、あの様子ではもしかしたら……未来を変えたのかもしれません」
「こういってはなんだが、見事だった。もしかしたら死んだあとあの清いまま体を維持したことで霊力が底上げされたのかもしれない」
「なるほどなぁ。で、どうする、大将」
「決まってる」

 物吉の言う通り、彼らは何も知らず未来を変えたのかもしれない。だからこそ『歴史修正』ではないのかもしれない。何せ彼らは『現在』より『過去』の人間で、何も知らぬまま友人が死ぬという『未来』を変えたのだ。……淡いながらも加護持ちのその霊力で。
 だが、私たちはそれを推測で見過ごすことはできない。

「歴史修正主義者の接触がないか確認する。穢れはないけれどそそのかされてこの場に居合わせた可能性も捨てはしないよ、……捕縛する」
『応!』
「……山姥切長義、万が一逃げられたらあの顎ひげを追って。あの人が一番霊力が高い、人に見られないように、抜刀は許可しない。あなたなら触れられるね、あれ以上霊体を傷つけず捕縛せよ」
「まかせておけ」
 霊剣山姥切と言われる長義に一番難易度が高そうな人物を任せることにし、いまだ動揺を見せる霊体三人を観察する。……私が抑えるのはあっちだな、とサングラスらしきものをかけた男に目をつけ、一度目を閉じて作戦を脳内で組み立てた後、深く息を吐きだす。念のためにと用意していた桜の花びらを閉じ込めたレジンアクセのブレスレットを外し、握り締める。

「薬研は長義のフォロー、物吉と謙信はあっちの少し髪が長いほう」
「それは納得いかねぇな大将、太鼓鐘を顕現しないなら護衛を外すな」
「大丈夫、家に残ってる誰かをここに呼ぶ。あの三振りなら歴史修正主義者が出る可能性を考慮して準備してるでしょ」
 ヴン、とウィンドウを展開し、三振りに連絡を飛ばす。一番先に反応したのは……伽羅だ。

「大倶利伽羅、応えなさい!」

 私の声と同時に手にしていたブレスレットが弾けるように消え去り、一振りの刀をこの場へと呼び寄せる。使い捨てなのが残念だ。全員がぎょっとしたようだが、呼び出された本刃はむしろ落ち着いたものだ。

「……何が起きた」
「あちらの三人に話があるの。ということで」

 今の大倶利伽羅を呼び寄せる術でさすがに霊力の波に気づいたのだろう、唖然とした表情で対象を囲みながらこちらを見る男性三人に、にこり、と笑みを見せる。大倶利伽羅にも目くらましの球を渡すのは忘れない。

「はじめましてお三方、少しお話を伺いたいのでこちらに来ていただいてよろしいでしょうか」

「え、何、なんで俺たちが見えて……」
「……なぁ、これもしかしてまずいんじゃねぇか?」
「クソッ! 救急車は呼んでる、ひとまず逃げるぞ! 俺はまだ地獄には行けない!」

 どうやら自分たちが『やらかした』ことは理解したらしい二人の言葉に、え、え、と伊達と呼ばれる男と私たちの間で視線を泳がせていた男の首根っこを引っ張る形でサングラスの男が動き、顎ひげの男もまたぐんとその霊体を生かして浮遊し高度を上げる。なるほど随分ご自由に動けるようで。

「長義、薬研! 絶対に逃すな!」
「わかっている」
「仕方ねえな!」
 ひゅ、と二振りがその姿を消し、ちっと舌打ちしたサングラスの男はもう一人をどんと押して「走りやがれ馬鹿野郎!」と車道の先へ突き飛ばす。事故が起きたことで別の車がちょうど車道に止まったところで、すり抜けてその向こうに渡った男はサングラスの友人が浮遊したのを確認して「なんなんだ!」と言いながらも逃げ出すのが見え、物吉と謙信がその後を追う。
「おい、抜刀は」
「許可しない、伽……廣光は護衛」
「ふん。俺一人で十分だ、あんたは好きにやるといい」
 つまり護衛は任せろということか。さすが付き合いが長いだけあってわかってくれている、と私は太鼓鐘に手を伸ばすことはやめ、浮上した癖に戻ってきたサングラスの男に視線を向ける。どうやら友人を逃がすために逃げるふりをしながら足止めに戻ってきてくれたようだ。

「お名前教えてくれません?」
「さァな、死んで長いんで忘れちまったかもな」
「あら大変。萩原、諸伏、松田、どれかな?」
「……あ゛?」
「ふふ、さっき名前呼び合ってるのは聞こえてたので」
「……俺らに何の用だ。お前ら生きてるだろ、透けてねぇのになんで誰にも気づかれてねえんだよ」

 徐々に野次馬が増え始めている。少し距離があるとはいえ、確かによろしくないなぁと思いながらサイレンが耳に届きそちらに一瞬視線を向け、そして浮遊する霊に再び笑みを向ける。

「なんででしょう。ということで少し話しません?」
「いい男ばっかあれだけ侍らせて他の男ナンパすんなよ」
「うちの子たちかっこいいでしょう。お友達は絶対捕まってるよ」
「……ちっ」
 険しい表情をした男がその透ける体を民家のある方へと埋め込もうとしたところで、私はポケットから取り出した組紐を投げつける。本当は家に行けば幽霊捕縛用のチェーンをレジンに閉じ込めた呪い具があるのだが、さすがにこの展開は予想していなかった為持ってきていないことが悔やまれる。が。

「舐めないで欲しいなぁ! 歴史修正主義者あいつらに直接手は出せなくともこれでも霊力の扱いには自信があるの!」
「なっ――」
「つーかまえた! 廣光、ここを離れるよ!」
「こっちだ」
「待て、クソッ! 放しやがれ!」

 私の投げつけた組み紐はその長さを伸ばして霊体をがっちりと捕らえ、その先を握って引いた私は伽羅に続いて人の集まりだしたこの場から離れる為に走り出す。その際霊体は宙に浮きっぱなしだったためにまるで紐付き風船のようになってしまったが、それも僅かな間。すぐ「主様!」とこちらを呼ぶ物吉が自分より体格がいい男を羽交い絞めにしている場所へと合流し、「てめぇガキ相手になに捕まってんだ!」「いやいやめちゃくちゃ力強い無理だって!」と騒ぐ男たちを纏めて紐で縛ったところで、にっこりと笑みを向けてやる。

「静かにしようね」
「ちっ」
「なにこれ俺たちとうとう成仏!? てか陣平ちゃんだって女の子に捕まっ――」
「馬鹿何しれっと名前言ってんだ!」
 へぇ、とこんのすけに頼みデータを展開して資料を探す。はぎわらじんぺい、違う。もろふし、違う。まつだ……ああ。

「松田陣平、伊達航と警察学校で同期」
「なっ」
「ああ、ああ、そういうことかぁ……。萩原研二、諸伏景光、松田陣平ね」

 ずるずると紐づけられた関連のある人間リストで名前を確認し、そして彼らと縁ある者として『降谷零』の名があることに片手で頭を抱える。覗き込んだ伽羅もまたため息を吐いた。……亡くなってはいるが、重要人物じゃないか。これは野放しにできるわけがない、歴史修正主義者と接触させられないやつじゃん。
 ってか伊達航の名前を見た時にも話題が出たが、伽羅の仮の名が伊達廣光、んで長義たちが追っかけてる顎ひげさんが諸伏景光、そうかひろみつかぁ……謙信の名前景光のほうにしなくてよかった、ややこしい。

「あ、戻ってきましたよ」
「さすがちょうぎとやげんだな」
 二振りの声に顔を上げる。くそ、と吐き捨てる松田陣平と心配そうな萩原研二もそちらに視線を向け、そしてその先に、がっちりと両手を後ろで長義に拘束され、薬研にその背を押される、泣き出しそうな程顔を歪めた諸伏景光の姿があったのだった。

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