「そう、今の君は不可だけどね」



「おー、立派なものだな」
「一階が茶屋と小物屋、二階が相模さんとこの部屋で、三階が私たちの部屋だね」
「結局審神者の安全の観点から同じ建物に住居を纏めてしまえってことになったようだよ」

 三階建てのアパートを前にわいわいと集まっているのは私たちの本丸から現世へと降り立ったメンバーだ。
 一階には夜のバー経営を辞め茶屋に専念するという(設定の)相模の鶯丸さんの店がオープンする予定で、その隣の店舗が私の店、そして二階には相模さん本丸の皆さんが引っ越してくる予定の部屋があり、三階が私たちだ。
 三階は家族用で玄関は三つしかないのだが、なんとさらに全部屋から繋がった一室があるのが鶴丸が考えた驚きポイントだった。要は私たち夫婦と、まだ未成年の(見た目の)長義の弟謙信、物吉の家となる玄関が一つ、清光と薬研、鶴丸の家の玄関と、鶴丸が可愛がっているバイトの弟分の伽羅に貸し出した部屋の玄関の全部で三つが三階にあるのだが、その全ての家の中から共通のリビングダイニングに繋がっている。各家に風呂トイレは別にあり、広くはないが個人の部屋もばっちりだ。私と長義だけは私室が同じ部屋なのだが。中では自由にしていいと太鼓鐘の部屋もあるので、これは夜は長義と二人きりになりそうである。
 二階も似たようなものらしいが、あちらは一室完全に独立した空き部屋もある。
 また一階にも店舗の他に大家用として広い部屋があるが空室で、見事に身内で固めたこの建物は空き部屋はあれど貸す予定はなく、所有者は書類上株で儲けた鶴丸である。
 なんだかんだとそれらしく生活感があるように最低限の家具も揃え、手続きはほぼ担当さんだが店舗準備も進み、間もなく正史となったらしい変異点を迎える二月の頭、私たちはもう一組より先に米花市に足を踏み入れたというわけだ。
 みんなが集まれるリビングに集合し、声をかけたわけでもないのに自然と集まって確認するのは明日のこと。明日の早朝に変異点があると資料に記載されている為、全員でそれを覗き込む。

「伊達航という人物が本来なら死亡、か。警察ってのは検非違使みたいなもんだったな」
「そうきくとなんだかぞわぞわするぞ」
「ってかそいつ伽羅の仮名と同じ苗字じゃん、よかったのか?」
「別に戸籍上何の関係もなければ構わないだろ」
 最終確認と言わんばかりに始まった作戦会議。地図を広げ位置を確認し、身を隠すことができそうな場所もきちんと頭に叩き込んでいく。何せ近代は監視カメラがある為に、普段の戦場であれば完全に気配を立てる状況でもさらに気を遣う羽目になる。元より盗撮防止のためにカメラ関連には基本的に映らぬよう政府のまじないがあるが、人に見えていたのにカメラに映っていなかった、ではむしろ問題だ。刀剣男士の隠蔽力であれば人の目からも身を隠すことが可能だとはいえ、政府も予想できなかった何かが起きるのは間違いない。
「というか、なんで正史じゃないってわかったんでしょうか?」
「なんでも政府の歴史監視班にこの時代の人間のファンがいたんだって。で、周辺の人間の内本来死んでるはずの刑事である伊達航が生きていることで未来が多少なり変わってることに気づいたけれど、それが改変されたって証拠が出なかったらしいよ?」
「ファンって……」
「ま、時代が変わっても歴史上の偉人ふぁんはいるだろ」
「誰のファン……って怪しいのは小説家工藤優作辺りかなー? 息子が工藤新一だし、このコナンってのかなり警察に顔が効くみたいだし?」

 ここに来るまでに開示された情報はある程度確認してきたが、さすがに誰がどんなことをといった細かい情報があるわけではない。すでに正史が変わった今この伊達という人物が死亡するはずだった時刻も把握できず、曖昧な情報のために今夜から身を潜ませて薬研と謙信が張り付き、私と長義、物吉で早朝ランニングの振りをして事故現場に居合わせる予定だ。

 不安定さから何度も過去に介入する余裕はないため一発限りのぶっつけ本番、準備の為にといくつも用意した手作りアクセを身につけ、みんなの御守りも確認する。
 朝でかける前にランニングリュックにタオルに包んで太鼓鐘を入れ、目眩しの術を施せばオッケー、というところまで準備を進めると、薬研と謙信がそろそろ行くよと深い夜の闇の中姿を消す。
「主は少し休もうか。明日は早いから」
 長義に声をかけられ、そうだな、と解散の流れになり、残ったみんなもそれぞれの部屋に戻っていく。長義に手を引かれ同じ部屋に入った私はほんの少しだけ緊張した。作戦中ではあるが、普段彼と同じ部屋で夜を過ごすことは実はあまりないのだ。離れは長義も使っていいと伝えているが、私たちはまだ恋仲という関係で政府が思っているような神嫁だとかそういった繋がりではない。というより口付けだけで霊力の相性が良すぎて、私の体質のせいで危うく長義を変質させてしまうところだったのだ。長い間、私が霊力を無理やり薬で調整していた弊害であるというのはわかっている為、長義を傍に置くことで互いの間で循環させ徐々に薬を減らしている最中。つまり、長義と私はそういった……その、肉体関係はないのだけれど、変わってしまった髪色もあって気づいてるものは他にいない。
 私たちの関係はさらにもっと複雑で、そのせいで長義に気を遣わせているとも言える。……もしかしたら我慢もしてくれているのかもしれない。そういった話題に触れたことがない為わからない。……あまり気にしていない可能性もあるか。
「主?」
「あ、うん? 何?」
「……どうかしたかな、そんなにちらちらと俺を見て」
「えっ」
 嘘、見てたっけ? と思考が止まり、慌ててぶんぶんと首を振る。なんでもない、と告げればいつもの少し笑みを浮かべたような表情のまま首を僅かに傾け、さらりと銀の髪を流しながら「へぇ?」と目を細める。それがなんだかやけに色っぽく見えて、慌てて視線を逸らした。私だけ、発情しているみたいじゃないか。長義が綺麗すぎるのが悪いんじゃないだろうか。うん、きっとそう。禁欲的でありながら妖艶、なんだかずるい。さっさと頭を切り替えなくちゃと鞄を開け、小さな天然石をお守り型でレジンの中に閉じ込めたものを取り出し、石切丸たちと編んだ組紐を二重叶結びで結び付けていく。長義はしばらく様子を見ていたようだけど、少しして温かいものでも淹れてくるよと部屋を出た。
 今作っているのは実際部屋を見るまで仕上げしていなかった各部屋用のお守りだ。効果は浄化、要は本丸に近い穢れのない空間を作る為の補助呪具である。のろいじゃなくてまじないの効果を強めたもの。あえて各部屋と小型化したのは、一つの効果がなくなっても他で補うためである。
 この建物自体全体に本丸同等の結界と歴史修正主義者対策の隠蔽のまじないが強く施されているのだが、そこに浄化のまじないまで施すのは難しかったのだと担当さんが言っていたのだ。あくまでここは現世であり、穢れ多き地である。しかもこの街は犯罪都市と呼ばれる程事件が多く、淀みが多い。そこで浄化に特化した私や相模さんの霊力が必要とされたらしい。
 丁寧に仕上げを終え、個数を数える。不備がないことを確認して壁の高い位置に下げようと、これまた霊力たっぷりで作ったプッシュピンを取り出して手を伸ばすと、背後で扉の開く音がする。

「……何をしているのかな、俺が戻るのを待てばいいのに」
 紙コップを二つ手にやってきた長義はそれをテーブルに乗せると、私の持っているものを受け取り高い位置にそれを刺しこんでくれる。途端に効果を発揮したそれを見て、さすがだねと長義は私に再び手を向ける。
「他にも配るのだろう、俺が行こう」
「ありがとう。一緒に行くよ、リビングは効果範囲考えてつける場所選びたい」
 そういうと、針が危ないからとプッシュピンを回収した長義が、行こうかと微笑んで部屋を出るのについていく。玄関に一つ、謙信と物吉の部屋にもそれぞれお邪魔して上に飾り付け、リビングダイニングに二つ、と長義と一緒にあれこれ考えながらつけていると顔を見せた鶴丸と太鼓鐘にも手伝ってもらい、全て予定通り終えた頃には随分と室内が浄化されたように思う。

「結構強力に作ってきたつもりだけど、あんまり長く持たなそうだな。効果は一ヵ月ってとこかも」
「作り直しになるのかな?」
「ううん、壊れてなければ私がもっかい霊力込めなおせばなんとかなると思う。酷使しすぎて割れたら作り直しだけど」
「さっき外もちらっと見たがひどいもんだったな。歴史修正主義者との戦場より多少マシ……とは思うが穢れがひどい」
「だよなー! 主、俺も山姥切さんもいるとは思うけどさ、あんまり穢れの強い場所で無理すんなよ?」
「うん、わかってる、ありがとう」
「……そろそろ寝たらどうだ、朝早いんだろう」
 伽羅に言われてそうだったとその場を解散し、部屋に戻る。まだ温かい紙コップの中身はどうやらホットミルクのようだ。
「まだ冷蔵庫の中身も食器も何も揃ってなくてね。砂糖も蜂蜜も酒も入れてはないんだけど」
「明日無事に終わって時間がありそうなら買い出し行こうか。個人の部屋のものは自分で用意してもらうとして、せめて人数分の食器くらいは」
「人を招く予定はないけれど、不自然ではない程度に揃えたほうがいいかな。この部屋もベッドと机が二つ、テーブル一つに……クローゼットは持ってきた服以外空か。殺風景かもしれないね」
「……そうだね」
 政府が用意したのはこちらの希望を聞いてくれたとは言え最低限。台所だって調理器具や家電は一般的なレベルで揃えてあったが食器は紙コップや紙皿ばかりで、食器棚はあっても中身がない。リビングだってソファがあってもクッションはなくて、と考えながら視線をそらしていると、突如近づいてきていた長義に腕をとられて顔を上げる。

「そんなに緊張されると、期待されているように思えてしまうかな」
「……えっ?」
「ふふっ、視線をそらしているのはベッドかな。鶴丸さんがベッドか敷布団か希望を取っていたとはいえ、寝台を必要品として用意してくれるなんて政府もたまには気が利く」
「……気が利くって、何もダブルベッドじゃなくても」
「いいんじゃないかな? 布団でもいいけれどなんとも新婚夫婦らしいじゃないか」
 少し楽し気に笑った長義は、とにかく今日は休もうといって荷物を手にこちらに背を向ける。後ろを向いているから着替えてしまうといい、そう言われて、そうか同室だったと慌てて荷物を手に取った。が、私が後ろを向く前にばさりとシャツを脱がれ、わ、と思わず悲鳴を上げてしまい慌てて後ろを向けば、こらえきれない笑い声が耳に届く。……余裕のようだ。
 そそくさと寝間着に着替える。長義と同室なのは初めからわかっていた為用意した新しい寝間着はどちらかといえばルームウェアに近く、乱と相談して選んだものだ。本丸と違いいつ急に部屋を出ることになるかわからないので、完全にパジャマっぽいものよりちょっと部屋着っぽく、かつしっかり休めるものをと選んだそれはひざ丈パンツに同じ素材の七分丈の袖のパーカーで、裾にはレースがあってふわふわした触り心地の少し可愛らしいデザインである。薄水色のそれを意味もなく撫でながら脱いだものを纏めようとして、ああ脱衣所で着替えればよかったじゃんと今更気づく。リビングに集まる前に軽くシャワーを浴びていたので気が回っていなかった。

「いいかな?」
「あ、うん。えっと」
「……随分可愛らしいものを」
 ぼそりと呟かれたそれがしっかり耳に届いてしまい、え、と思わず長義を見上げれば、見覚えのある浴衣を着た長義がこちらへと距離を詰めた。それであまり部屋の外にでないで欲しいかな、とやや視線を伏せた長義に言われて、つい、口を開く。
「……歯磨きしにいこうかと」
「……失敗したかな」
 言うなり長義は脱いだ衣服を二人分部屋の隅にまとめると、洗濯は明日、と言って私の手を引く。そのまま連れていかれた先は脱衣所で、わけがわからないまま待っているからと扉を閉められ洗面台を前にして、大きな鏡を見てはっとする。そうだ、生足なんて普段本丸では出していない。離れであればたまに楽なワンピースなどを着ていたこともあるが、いつも身に纏っている和装に比べたらひどく無防備にも見える。……部屋着、買いなおしたほうがいいかもしれない。そんなことを考えながら身支度を終えて脱衣所を出ると、先に部屋に戻っていてと長義と入れ違いで脱衣所を出る。もしかしなくても他の刀が来ないように見ていたのかと慌てて部屋に戻り、はぁ、と座り込む。……あと数時間後には重要な任務があるというのに浮ついている。ぱん、と頬を叩き、少し悩んでもぞもぞとベッドの奥へと壁に張り付く勢いで潜り込んで布団をかぶる。
 数分で戻った長義が私の状態を見て笑ったようだが、彼はそのまますたすたとベッドに近寄ると布団の端を軽く持ち上げたのか僅かに視界が明るくなる。

「主」
「はい」
「さっきも伝えたと思うんだけど、」
「うっ、わかってる。わかってるけど待って、ちゃんと任務できるように思考切り替えるから」
「……仕方ないな」
 たぶん、緊張されると期待されているように思うって言ってたことだ。もぞもぞと布団の下で蹲ると、なぜか伸びて来た手に仰向かされる。上から伸びて来た長義の手に抑えられる形で、右も左も長義の腕に囲われる。どこかの少女漫画で見た展開に、ベッドでなぜこんな体勢になってしまったのだと頭が瞬時に沸騰する。
「ちょう、」
「真名」
 滅多に呼ばれない名を呼ばれ驚きに固まると、もう少し落ち着くんだ、と柔らかい声ながら咎められてしまう。
「任務前日、明日に備えることは褒められるべきことだけど、それで緊張していたら休めないだろ。今回の任務はそもそも君は俺の何かな」
「えっ……ええと、夫婦……? 妻?」
「そう、今の君は不可だけどね」
「えっ」
「優が欲しいなら普段から俺を本当に夫もしくは恋人として扱って慣れたらどうかな? 真実俺は恋人だしね。今回普段の任務とは勝手が違うと言えど、君なら問題なく遂行できると俺は考えている。一人で背負わずとも、俺たちが、俺が、必ず主を望む勝利に導こう。もう少し肩の力を抜くんだ、主」
「……力を抜く」
 言われて、はたと気づく。……別に明日、歴史修正主義者や検非違使と何十戦もするというわけではなし、これは調査で、使命でもある魂蝕蟲どもの討伐でもないのにどうしてここまで緊張していたのだろう。……ああ、そうだ。特殊な任務を前にして、私の刀を必ず守り切らなければと、緊張していたのは事実だ。気を抜いたらそれがミスにつながるのではないかと力が入っていたことは認めざるを得ない。
「そうだね、別に休息時間まで審神者であれとは言わないし、俺と二人きりの時くらい素直に甘えたらどうかな?」
「……甘える?」
「そうだよ、甘え下手な奥さん」
 見上げればきらきらとした銀の髪がさらりと零れ落ち、下から見上げるという状況のせいで少し翳ってはいるものの長義の美しい深い青の瞳が優しく私を捕らえている。そろりと手を伸ばせば瞳は髪と同色の月光のような長い睫毛に隠され、そのまま捕らえられた手のひらに唇が触れる。

「長義」
「何かな」

 問いながら、長義の腕はベッドに肘をつき、ゆるりと距離を詰めて久しぶりに唇が熱を交わす。緊張に体が強張りそうになると肩を撫でられ、触れ合う唇が角度を変えて、互いの熱を持った吐息が混じる。とろりと蕩けるような甘い熱に全身が包まれているようで、気持ちがいい。霊力が混じり合う。以前程急速な混じり合いではなくて、だいぶ慣れて来たなと頭の片隅で思う。人間に擬態する為神力を無理やり霊力に変換し薬で安定させていたが、やはり強い縁を持つ相手とこうして霊力を交わらせた方が安定する。それはそれで長義を利用しているようで嫌だと思わなくもないが、だからといってそのせいで避けてしまって喧嘩するのはもう勘弁である。うっとりと心地よい熱に酔いしれるとそろりと離れた長義が、考え事をする余裕があるのかな、と揶揄うような口調で耳元で囁く。まさか。否定しようとすると目を細めた長義の赤い舌が荒れひとつない彼の上唇をぺろりと舐め、あまりの妖艶さにぶわりと顔が熱くなる。

「ちょ、ちょうぎ、その」
「どうかしたかな? そんなに顔を赤くして」
「ねっ、寝ません、か?」
「そうだね。ああ、夫婦なんだ、明日早いといっても腕に抱くくらいはいいと思うんだけどどうかな」
「うで、ぇ、えええ」
「答えになってない、不可」

 ちょっと待って。願いもむなしく腕に抱き込まれた私は最後の抵抗で壁の方を向くが、背中から抱き込まれているのもどうなのだろう、と頭が茹る。おまけに裾が短い寝間着なんて着ているから、足首に長義の素足が触れる。冷たいと思ったそれはすぐ同じ体温を共有して、気恥しさに爆発してしまいそうだ。

「その、おやすみ、なさい」
「おやすみ、真名。朝は起こすから安心するといい」

 そのまま緊張していたのは最初だけで、次第に長義の熱と慣れた香の匂い、そしてやはり感じる安心感と甘えていいというその言葉に力が抜けていき、普段稀にしか感じない強い睡眠欲求に促されるがまま目を閉じる。

 結局その後予定時刻より少し前にほぼ同時に目が覚めて、おはよう、と挨拶を交わしたところで互いに頬を赤くしてしまい苦笑し、しかし落ち着いて準備へと取り掛かったのだった。

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