「ちょっと待て。なんで五人中四人が仮の名なんだ?」


「この任務は大分特殊だってのはわかってると思うが、重要なのは、この長すぎる一年の中で起きる重要分岐点において最重要とされる人物の護衛だな」
 今回出陣する部隊員が集まる執務室。全員が腰を落ち着けたところで薬研がそう切り出すと指先を動かし、宙にウィンドウを展開しデータを開示させる。ヴン、と音を立てて現れたデータ画面には、五名の名が記されていた。

「えーっと、江戸川コナン、毛利蘭、灰原哀、安室透、沖矢昴」
「ちょっと待て。なんで五人中四人が仮の名なんだ?」
 はぁ? と首を傾げた鶴丸が江戸川コナンと書かれたその名に指先で触れると、さらに文字が展開され、工藤新一という名前が現れた。続けて灰原哀に触れると宮野志保、そして薄くシェリーという名前が。それを見た物吉が触れた安室透は降谷零、バーボン、とさらに二つ。加州が触れた沖矢昴に至っては赤井秀一という本名に続き現れたライ、諸星大という名前に取り消し線付きだ。わけがわからない。
「ええっと、なんでも安室透って人はこの時代の大きな裏の組織……犯罪団体に潜入捜査中の現役公安警察らしいの。それで本名じゃなくて安室透って偽名を名乗ってて、バーボンはその組織でのコードネームらしいよ。で、沖矢昴も同じくFBIから潜入していた捜査官らしいけど、たぶん二年前くらいに正体バレして離脱して名前を変えてる。赤井秀一が本名だね、ライは元のコードネーム」
「えっと、えぇっと……」
「うわ、ややこしいねそれ」
「そっちの子どもはなんだ? 本名の工藤新一は十七歳らしいが、その写真はどう見ても十にも満たない子どもだろう。宮野志保もそうか」
「こっちに書いてあるぜ、鶴さん! その組織……黒の組織って呼ばれてるみたいだけど、そこで開発した薬でたまたま偶然や条件が重なったのか体が縮んだらしい」
「はぁああ??」
 一瞬で場が混沌と化す情報に全員が頓狂な声を上げたあと絶句する。そこから数十秒無言が続き、なるほどね、と最初に口を開いたのは長義だった。

「どうりで、近代でありながら介入を焦るわけだ。現代現世でも、若返る薬の開発なんてされていないからね。もし歴史通りこの組織が潰されなければ、この薬が出回って大変なことになる可能性がある、ということかな」
「人の子にとって喉から手が出る程欲しい薬となる可能性がある。あまり多くの本丸にこの任の招集がかからなかったのは、情報を秘匿する為でもあるだろうな。そもそも神嫁には不要な代物だ、その辺も考えられていたんだろう。こりゃ驚いたなんてもんじゃないぜ」
「大雑把に言えば俺っちたちはこの五人が組織壊滅まで歴史修正主義者に殺されないように、隠れて護衛すりゃいいってことだ。ああ、その若返り薬の解毒薬ができるまでは宮野志保も生かさないといけないか」
「難しいですね、あくまで最重要人物がこの五名なだけであって、この他にも正史に生きていると名を残している者は生かさなければいけませんが、この一年間は爆発事件を含めて事件事故率が異常に高いそうですよ」
「そんなところに主を連れていけってこと? 冗談じゃないんだけど!」
 騒めく執務室内で、ただひたすらデータを読み取っていた伽羅がふと、声を零す。
「そもそもなぜ正史が変わったのか、それも十分問題だろう」
「それね。データだと死亡予定の人間が生存で固定されたみたいだけど、なにが要因で変わったのか。もし歴史修正主義者の新たな手口……とは考えにくいけど、そうだとしたらまずすぎる。まず私たちはその問題の一年が始まるちょっと前に先に潜入してそれを調査するところからだよ。もう一つの本丸……ええっと、現世調査では相模小桜さんって名乗るみたいなんだけど、あちらはもう少し鶯丸との間で霊力を安定させたいってことで、私たちより少し遅れて参戦するみたいなんだ。ってことで、その変異点の調査は私たちのみね」
 それを告げると皆の視線が私の一房だけ色の違う髪に集まって、思わず苦笑する。長義と私は想いを通わせたその後なんと口付けだけで霊力が強く混じってしまったのだが、まぁ、そういった一線を越えたようには見えただろう。隣にいる長義は特に顔色を変えず、決めなければいけないことが山ほどあるねと別なデータを開示させた。

「現世に潜入するにあたってこの人の子たちではないが俺たちも仮の名が必要だ。特に謙信景光は必要があればこの江戸川と灰原のいる小学校にも潜入してもらうことになる」
「ある程度の関係性の設定が必要だな。戸籍はどうなるんだ?」
「明日までに政府に希望を提出して偽装してもらうことになってるよ。公安警察も関わることになるからかなりしっかり偽装してくれるって」
 そう説明したところで、それまで戸惑っていた謙信がぐっと身を乗り出す。
「なら、ちょうぎは主とともに長船をなのるといいぞ。ぼくがちょうぎのおとうとでどうだろう」
「……俺は長船と言っても、……いや、そういった関係性があるほうが自然かな」
「えーっと、それって主と山姥切が結婚してる設定でいくってこと?」
「なら審神者名そのままで長船サニワ名ってとこか? なら俺っちは大将の弟だな」
「おいおい勝手に進めないでくれ、俺は主の兄がいい!」
「ちょーっと待って落ち着いて! 山姥切と主の見た目でいったら近代で結婚してるって相当早いんじゃない? たぶん大学生とかじゃん」
「学生結婚かもしれないんですね! ボクはどちらかの親戚でいいですよ」
「俺は一人でいい」
「伽羅坊、ある程度の関係性は必要だぜ?」
 
 一気に騒がしくなりながら、ああでもないこうでもないと名前と関係性を決め始める皆を見て苦笑する。……長義と結婚って、大学生くらいの年齢でその状況だとどうお金を工面していることになるのだろう。ある程度決めてくれれば担当さんが理由をつけてくれるとは言っていたけど、と横目で長義を確認すると、こちらを見ていたらしい長義と目が合い、ふわりと微笑まれる。心臓が音を立てたように耳に届き、頬が熱くなってきた気がしてそっと目を逸らす。……作戦を立てている中で浮かれていてはいけない。

 結局もう一つの本丸とも話を合わせなければいけないと設定作りは難航し、とっぷりと夜が更けるまで作戦会議は続いたのだった。



「じゃ、最終確認するね」
 翌日午後を迎えてすぐ、担当からも設定が追加されて決まった私たちの現世任務での詳細を、集まった面々に開示する。
 まず、私と長義が二十二歳、名を長船長義、長船サニワ名。私はまだ小さい頃に親を亡くし兄に育てられていたのだが、それを気にかけてくれたのが隣に住んでいた幼馴染の長義の家族で、その長義の両親も彼が二十歳の頃相次いで亡くなった……という珍しくはないが苦労しているような若い新婚夫婦設定だ。
 私と長義はこじんまりとした雑貨……主に十代二十代の若い世代をターゲットとしたアクセサリー中心の小物を売る店を営んでおり、長義はさらに夜にアルバイトをしているという設定である。これは私の趣味を作戦に組み込めば役に立つとほぼ担当さんのごり押しで決まった職業であり、目的は私が作る小物による警護対象者たちの保護。以前から私は私の刀剣男士たちのお守りを手作りしたり、レジンを用いて霊力を封じ込み呪符替わりとなる小物を作成したりしていたのだが、担当さんが(まさかお守り極まで作れるとは思っていないようだが)私の作る小物に多少守りの力を込められることを思い出し、重要警護対象者周辺の者たちを少しでも守れるようにと利用することを思いついた為である。特に狙いは江戸川コナンと同学年の少年探偵団、そして毛利蘭とその親友鈴木園子。鈴木園子は財閥の娘とあってほぼ素人の手作りアクセサリーなどを普段身に着けない可能性があるが、毛利蘭とおそろいのキーホルダーやストラップ等であれば十分可能性はある。重要警護対象者は五名だが、それはあくまで歴史修正主義者が直接狙いそうだという理由だけ。その周辺の人間は重要人物の敵であろうと、歴史修正主義者の前では軒並み危険なことに変わりない。
 また極少量であろうが販売することで、事件の多い米花市内で歴史修正主義者の干渉により正史にない死に巻き込まれる人間を減らす目的もあるらしい。

 鶴丸は私と九歳離れた兄で、三十一歳。童顔で貫き通す。名を五条鶴丸とし、両親を早くに亡くした妹の私と弟の清光、薬研を育ててくれた実兄という設定だ。なんと四兄妹である。長い間株で稼いで年の離れた妹弟の為に家を守り、夜は知人の店でバーテンダーをしていたのだが、妹が結婚したのを機に自身の店(バー)を持ち経営を開始したところ、だそうだ。長義がアルバイトとして働くのがこのバーであり、鶴丸は義弟を雇っているということになる。
 大倶利伽羅は鶴丸の経営するバーで長義と同じくアルバイトで働く、二十歳、名を伊達廣光。あまり縁戚関係ばかり固まって全員親がいないのも、という理由で親類ではなく、大学を中退し仕事を探していた彼を鶴丸が気に入って雇い可愛がっているという設定らしい。
 そして最後に謙信と物吉は名を長船謙信、長船物吉として長義の弟としている。混乱のないよう名を誰かの所縁あるもので選んだせいか、長船派の物吉みたいな誤解を生みそうで余計混乱を呼んでいる気がする。が、あまり名前を乖離させても霊力が不安定になりやすい為良くないらしく、苦肉の策で彼らの名前が刀に纏わるものであるということはあまり人間の記憶に残らないようまじないで調整するらしい。

 ちなみに鶴丸が働いていた知人の店というのが他本丸の鶯丸の営んでいた昼は喫茶店夜はバーという店らしく、互いに一部がもとより知人であるという設定で情報を交換しやすくするようだ。そちらでは平野が鶯丸夫婦の子としてターゲットのいる帝丹小学校に通うことも考えているようで、今後も情報交換を密にしていきたいところである。どこかに勤めるのではなく自由がきくようにしているのは、あくまで目的が調査や護衛である為だろう。

「加州さんが重要護衛対象者の毛利蘭と同じ帝丹高校に通う十七歳、ボクと薬研くんが近くの中学校に通う、中学二年生、了解しました! 幸運を運びますね!」
「間違った名前を呼ばないようにな」
「大将は姉貴ってとこか、よろしく頼むぜ」
「ちぇー、俺は設定ないもんな。ド派手にいきたいとこだけどまぁ大人しく懐にいるかぁ」
「貞坊の大きさじゃ洋装の懐には入らんだろう。鞄か」
「太腿とか?」
「えっ、それ俺山姥切さんに怒られねぇ?」
「……善処する」
 わいわいと騒ぎながら情報を再確認し、さて、と私は立ち上がる。
「長義と加州……じゃなくて清光は残って。物吉と謙信、太鼓鐘は、乱と石切丸を呼んできて欲しい。あと手先が器用で暇な刀も」
「はい!」
「鶴丸、伽羅、作戦に穴がないよう詰めていて。お酒の勉強も忘れずに。薬研、国広のところに行って情報交換を。私は、今まで作った小物持ってくるから使えるものの選別と、手が空いている人で売り物の追加制作! 加護を込め過ぎないようにできる器用な刀募集! あと博多連れてきて、原価計算と値段設定!」
 そう、担当がねじ込んできたこの策、確かに納得はできるのだが、私の事前準備がとんでもなく忙しいこととなるのだ。絶対無理な設定だろうが自然で普通に感じるように調整させてやる、と決意し、私たちは慌ただしく準備に取り掛かったのだ。
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