「……あはは、長義には敵わないなぁ」


「主さま、相模の審神者さまが現世潜入後の時間軸において、ループが開始されたようです。非常に不安定な為、相模さま潜入より過去への転移は認められておりません」
「そう……なら私たちが戻る頃には謙信たちは転入生という形で入るしかないね」
「手続きは滞りなく。一月後の予定ですのでご準備を」

 ぽふんと消えるこんのすけを見送って、はぁ、と息を吐く。手元に届いた先に潜入している鶯丸と番った相模の審神者からの報告書には、頭の痛い文字がずらりと並んでいた。
 曰く、春だと思ったら秋になった、と思ったら翌日には日付が夏に戻っている、と。
 詳細な日付まで記載されているのだが、ぶっ飛び具合が半端ない。だというのに、周りの人間はどのような人物でも何も疑問に思っていないのだという。すべて、例えば春に入社したばかりの新人がぶっ飛んで秋を経験しその翌日に夏に戻ったところで、秋の仕事の経験を覚え「秋ごろの話でしたよね」と普通に語りながら新人としての夏を過ごしているのだという。意味がわからない。ありえなさすぎてあなた春入社したばかりなのに秋のことを知っているの、と語れば、そりゃ一緒にやったじゃないですか、もう忘れちゃったんですか? とさも当然のように語る癖に、冗談だと流してなんの疑問にも思ってくれないのだと。その際魂の揺らぎを感じ、質問攻めにするのは……『悟られるのは、まずい』と察してしまった相模の審神者は調査を断念せざるを得なかったそうだ。
 何より驚いたのは、ループが始まったと確認された時点からまだこちらの感覚では数日しか過ごしていないのに、報告書が既に一ヵ月分届いたことである。過去に飛び二日戦場で過ごし、本丸に戻れば一時間しか経っていないといったような出陣方法もあるが、それは過去は過去であるからだ。水鏡で戦場を見る審神者もそこに感覚をリンクさせているからであり、飛んだ男士は相応の時間を普通に過ごしての帰還となるわけで、このような日付が戻ったり進んだりを繰り返してではない。

「……これは思った以上に厄介な案件だな。長丁場になるか? さすがの俺も長く生きたがこんなことは経験したことがないぜ。あんまり知りたくない驚きだ」
「なぜ秋の翌日が夏になって違和感を抱かず秋の話をするんだ? 何度考えても意味わからないんだが、これは俺が写しだからか……」
「おっと、総隊長のその台詞は久しぶりに聞いたな。まぁ、俺っちもわからねえから安心してくれや」
「写しのせいにするんじゃないよ偽物くん。これはもう俺たちでは届かぬ神格を持った神の理の世界なのだから、割り切るしかないだろ」
「事件の数もものすごいですね……」
「ばくだんじけんがおおすぎるぞ……」
 皆も報告書に目を通しながら思った以上に混乱する状況に対応できずにいるようだ。ループを繰り返しているとは聞いていたが、まさか一年を待たずに季節が進んだり戻ったりしているとは思わなかった。
「強烈な暗示がかかってる、ってとこ? こんなの普通発狂じゃん」
「気づいたらSAN値チェックみたいなものか。直葬されそうだが」
「おい偽物くん、ゲームに例えるのはやめろ。KPは誰になると思ってるんだ、どう考えても大いなるものそのものだろう。こんなあっさりロストしそうなところで探索者になりたいのか」
「あんたの突っこみもどうかと思うが」
 わいわいと話しているのは今回現世任務にあたる八振りと総隊長の国広である。皆の話を聞きつつも、今回ループについての調査をしろと言われているわけではない時点で政府ももはやその点は諦めているのだろうな、と考えつつ護衛対象『江戸川コナン』の調査報告書を読み進める。関わっただろう事件の数が多すぎやしないか。

「ところで、どうだ? あの三人は」

 切り出したのは鶴丸だった。あの三人、とは約二か月前に保護しなぜかこの本丸内で審神者となることとなった例の幽霊三人だろう。
 彼らの指導に当たっているのは審神者である私とその伴侶である長義、そして時間がある時ではあるが総隊長の国広が行っており、他一人一振りに護衛として当番制で刀たちがついてくれている。この本丸で何かあるとは思いたくないが、彼らは存在自体が変質したばかりなのだから用心に越したことはない。特に本丸で保護してから約半月以上はひっきりなしに政府職員の調査員が来訪し調査という名目の霊体実験が行われていたのだから、最終的にキレた桔梗が「愛し子に負担をかけた罰では?」としれっと私の眷属神としての力で欲深い人間に釘を刺すまで続き、ひどく気をもんだものだ。
 ちなみに霊体実験とはこの本丸から彼らの霊体……魂を政府に連れ出す為にあれこれと行われたものなのだが、何を試しても彼らはゲートをくぐることができず、無理に連れ出そうとすればその存在が消えかけるというハプニングと共に行おうとした人間から紐づく上層部まで肉体が痛みと共に透けて存在が薄れ始めるという惨事を引き起こし、慌てた上層部が実験をストップすると同時に元に戻った為、今や彼らは触れてはいけない存在としてある意味穏やかな生活を手に入れることに成功していた。そのうち万屋辺りには行けるようにして差し上げますよと何かに火がついたらしい桔梗が壮絶な笑みを浮かべていたので、まぁ『お掃除』を頑張って欲しいところである。

「だいぶ安定したよ、今日この後初期刀を与える予定」
「そうなのか! いやぁ、長かったな。初期刀はどうするんだ? 三人で一つの本丸扱いなんだろう?」
「そうそう、でも一人一振りかな、うちが戦場で拾ってきた刀を渡すんだよ。顕現は自分たちでしてもらうけどね。一応、一般的な初期刀の中から選んでもらうつもりだけど……」
「俺は主の初期刀だからな、山姥切国広以外からひと振りずつ選ぶらしい」
「ってことは、俺か蜂須賀虎徹、歌仙兼定、陸奥守吉行ってこと?」
「そうなるかな。その後の刀剣は互いになるべく刀種別に満遍なく揃うように顕現して、先に顕現した刀の二振り目以降は連結や習合に回すそうだよ」

 なるほどなぁ、と頷いた鶴丸は、あと一ヵ月でものになってくれるといいんだが、と再び報告書に視線を落とす。
 彼らは現状万屋にも政府にもいくことができず、ある意味軟禁状態であると言ってもいい。そんな彼らは会議にも演練にも出席できない為、私がいる間にある程度に対処できる力を得ることが必須だ。本丸内ではあるが、今日初期刀を与えた後はこの本丸から少し離れた位置に新たに建設した小さな『彼らの本丸』に転居してもらう予定であり、歩いて十分程の距離とはいえもう立派な審神者となるのである。刀剣男士の育成も含めて漸くスタートラインに立った彼らは優秀だがまだまだ課題も多く、私は報告書を読むことは諦めてこの後の段取りに頭を悩ませたのだった。




 萩原さんが選んだ初期刀は加州清光、松田さんが選んだのは蜂須賀虎徹、諸伏さんが選んだのは歌仙兼定だった。
 どうやら、萩原さんは現世から会話する機会があったうちの加州を見て決め、続いて諸伏さんが歌仙の料理に惚れたと歌仙を選び(個体差というものがあるとは説明したが、話しやすかったから、と意思は変わらないようだった)、最後に松田さんが名前を聞いたことがあるといって選んだのが蜂須賀である。共通して「じゃあ伊達が陸奥守吉行で降谷は山姥切国広だな」と、この場にいない、というよりいないほうがいい筈の二人の初期刀を予想したのは、ちょうど彼らが五人、初期刀が五口だからだろう。

 それぞれ口上を述べ、そして己の主を見つめて首を傾げ、はっと息を飲んで驚く。彼らがこの疑似神域では安定していても既に肉体を失った霊体であると顕現したての彼らもさすがに気づいたのだろう。そんな彼らに三人で一つの本丸を運営するのだと、このままでは歴史修正主義者に狙われかねない為にそうしたのだと説明すれば、初期刀たちは驚きに目を見開いて、しかしすぐ必ず守ると意気込んだ。傍にいて長義と国広を連れた私は三人の師だと軽く説明し、すぐこんのすけ主導の下次の業務に取り掛かる。
 こんのすけは現時点うちと兼任だ。これは彼らの本丸となる場所自体が私の本丸内部ということもあって桔梗が手配したもので、そのこんのすけに従って彼らは初期刀を一人ずつ戦場へと送り出す。最初に送り出したのは松田さんで、わかってはいたようだが重傷で敗北し返って来た初期刀を前に眉を寄せ必死に手入れを始めていた。彼は手先が器用で刀装作りが得意だが、霊力の扱いが一番不安定な為に手入れが少し苦手らしい。次いで萩原さんが加州を送り出し、そして最後に諸伏さんが歌仙を送り出した。それぞれ重傷敗北の初期刀の手入れを通して、聞いていただけではわからなかっただろう現実を目の当たりにし、それぞれ真剣な表情で挑んだ初鍛刀。萩原さんは愛染国俊、松田さんは小夜左文字、諸伏さんは乱藤四郎を鍛刀し、幽霊であることを初期刀と同様に説明して、まずは同じ本丸内でも刀剣男士同士で主が違う環境の為、交流の時間を設けると同時に報告書の作成だ。
 実際の報告書に「ここでも書類仕事かよ」と零しながらも三人が書き上げたものを確認し、今日はここまで、と私が告げたのは夕方五時半だった。はぁ、と三人がばたばたと床に転がり、さっそくそれぞれの刀に驚かれ世話され始めるのを見守って、笑う。
 ……ああ、よかった。

「お疲れ様でした。今日は宴を準備しているのでうちの本丸に泊ってください、明日の朝またこちらに移りましょう」
「主たちの師……と聞いたけれど、サニワ名殿の本丸の場所が近いのかい」
 諸伏さんの歌仙が不思議そうに首を傾ける。初めに説明したのは主になぜ幽霊で審神者となったのか、なぜ三人で一つの本丸なのかという簡単な説明のみの為、まだ鍛刀されたばかりの彼らには説明不足であることが否めない。
「あー、その辺も説明しないといけないよな」
「歩きながら説明したらどうかな。宴に遅れてしまうよ」
 長義の一言で「腹減った」と三人が訴えたこともあり、全員で私の本丸に移動しながら経緯と彼らに与えた本丸の説明をすれば、話の流れから彼らの拠点を二の丸と呼ぶことが決められた。あくまでこの疑似神域は私が主であり、そしてそこに定着した幽霊でもある三人が私を師としている為だ。彼らの拠点もその霊体の定着も私の霊力により賄われており、二の丸となった拠点の周囲だけは彼らの霊力により結界が張り巡らされているが、その上をさらに私の結界が覆う形となっているのだから、彼らを主と仰いだ刀剣男士たちにも特に不満はないらしい。二の丸だろうが三の丸だろうが主は主だからな、というわけだ。歴史上の偉人、彼らの元主たちも、皆が皆天下人を主に仰いだわけではない。この神域の主が私であろうと、二の丸という城の主は彼らである。
 楽しそうに自分の刀剣男士たちと話す三人を見てほっとする。随分特殊な環境とはなったが、滑り出しは順調だ。
 本丸の中は木々に囲まれているのだが、外に出てしまえばうちの本丸は目立つ。随分大きいんだね、と驚かれながら、ちょうど本丸と二の丸の間から二の丸を囲む形で立てた私の腰程までの木柵を示し、許可がないときは出ないように言い含める。これはあなた達の主を守る為、と言えば、不思議そうにしていた彼らの刀たちも真剣だ。

「こっちの柵の外から見てみるといい。二の丸が消えるだろう」
「本当だ……」
「主がまじないを施している。本丸に来客があったとき、あんたたちが気づかれると意味がないからな。あんたたちの主は存在を狙われここに身を潜めていることを忘れないでくれ」
「……わかった」
「まぁ、遊びに来たい時は事前に連絡してくれればいいんじゃないかな? 端末は渡しているだろう。もし緊急性が高いようなら、二の丸にある広間前の鐘を慣らせばいい。こちらの本丸に警鐘として伝わるよ」
 国広と長義の説明に、感謝するよ、と二の丸の六振りがそれぞれの言葉で口にしたところで、主、とこちらを呼びながら手を振る私の刀たちが見えた。

「あ、大和守じゃん」
「そっちにも来たんだ、清光。あ、萩さんのとこか」
「そう、うちの子なんだよろしくねー! 二の丸の、って呼べばわかると思う! こっちは俺の愛染くん!」
「二の丸の愛染国俊だ、よろしくな!」
「今更って感じだけど、二の丸の加州清光。川の下の子、河原の子ってね」
「はは、なんかこの感じの清光久しぶり。今度手合わせしようよ」
「……鏡見て素振りしてろって感じになるんじゃない?」

「へぇ、僕がすこっち殿の初期刀として顕現されたんだね。僕が彼女の歌仙兼定だ。よろしく、二の丸の僕」
「よろしくお願いするよ、ええっと、すこっちというのが主の呼び名なのか」
「あ、俺スコッチって呼ばれてるけど、審神者名緑川になったから!」
「そうなのかい。森に中で聞こえるせせらぎの音はいい、実に風流だ。改めて、二の丸、緑川の初期刀、歌仙兼定だよ」
「ボクは二の丸の主さんの乱藤四郎だよ!」

「……」
「あー、頼むから、世話になってんだしサニワ名の本丸の奴らに迷惑かけんじゃねぇぞ。あと審神者名は杜松になった」
「わかっているよ、主。二の丸の杜松の初期刀、蜂須賀虎徹だ」
「ああ。おれはサニワ名本丸の長曽祢虎徹だ」
「……僕は小夜左文字」
「ああ、うちには君の兄たちも揃っている。二の丸でも顕現されたと聞けば喜ぶだろう。……もちろん、俺も虎徹が初期刀として選ばれたことは嬉しく思う」
「……俺は本物、一緒にしてもらっては困るんだよ」
「蜂須賀! 聞いちゃいたが喧嘩売ってんじゃねーぞこら!」
「悪いな杜松殿。たまたまこの先の酒蔵に行くのに通りかかったんだ。あー、浦島ならもう広間にいるぞ」
「……主の恩人の刀に文句があるわけじゃない。失礼したよ」

 交流を始めた皆を見守りつつ、本丸から騒ぐ声が聞こえてそちらに視線を向ける。料理ができて運び始めたのかもしれない、と全員に声をかけて促せば、そうだ酒、と長曽祢が慌てて走り出した後ろで一歩踏み出し松田さんの蜂須賀が戸惑い、それを見た小夜がおろおろとうちの歌仙に視線を送り、歌仙が微笑んで頷く。

「二の丸のお小夜も蜂須賀も、手伝いなら歓迎するよ。何せうちは刀が多いからね、酒の消費量がすごいんだ」
「じゃあ、僕も行ってくる。二の丸の清光もいく?」
「え、えっと」
「いいよ行っといでー! っていうか俺も行こうかな、じ……杜松も行くっしょ?」
「おー」
「緑川殿たちはこちらに来るといい。今ちょうどあちらの燻製小屋に行くところでね」
「へえ! ああ、自家製の燻製だったのか、美味いよなぁ」

 短刀たちもそれぞれの主について行き、なら俺は酒の方を手伝ってくる、という国広が歩き出した為、残った私と長義は先に本丸へと歩き出す。先に執務室に戻って私が二の丸に行っている間に長谷部がやっておいてくれた筈の報告書を確認して提出して、あとは、と段取りを脳内で確認していると、主、と穏やかな声がかかって顔を上げる。

「大丈夫だ、彼らは本日付けで正式に審神者となった。なんの問題も起きていない。よく、頑張りました」
「……あはは、長義には敵わないなぁ」

 ふふ、優だね、と嬉しそうな笑みを浮かべる長義が頭を撫でるので、人目がないことを確認してその胸に頭を預ける。
 仕事だと、全力で対応してきたつもりだ。それでもこの本丸の特殊性からまだ見習いを受け入れたことがなかった私にとっての初めての弟子、それが彼らである。ただでさえ私は私の本丸の男士にすら言えぬ『秘密』を抱えているのだから、弟子に対する指導の為の勉強だけじゃない、間違っても彼らを私の神気に染めてしまわぬように霊力の調整も、二の丸と呼ばれることになった彼らの居住区を守る為のまじないも、必死になってこの二か月考えたのだ。彼らが彼らの刀を得るまで私が彼らの剣であり盾であらねばと必死だった。弟子というものは、存外可愛いものだったから。ここまで、大変だったのだ。……それを見せぬようにすることが。
 彼らは鋭い。刀剣男士とは違う視点を持っている。こちら側のことに無知である分、無邪気に鋭い質問を飛ばしてくるのだ。彼らに悟られて私自身との結びつきを強くしすぎてしまえば、彼らは完全に輪廻に戻れない魂になってしまう。既に私の半眷属状態なのだから。

「……疲れた」
「明日は彼らの様子を見なければならないんだったかな。明日の夜は少しゆっくりしようか、あと一息だよ」
「うん。ねぇ長義」
「なにかな?」
「今日、一緒に部屋に帰ろう」
「……珍しいね。いいよ、そうしようか」

 いつもであれば長義には長義の付き合いがあるとばらばらに切り上げる宴の席について、初めて我儘を言えば、長義はふわりと目元を優しく細めてそれを許したのだった。

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