「あのさ! それ、俺が審神者になるのは無理なのか」


※本編第一章後前提で(オリキャラの登場等)展開しています。
※残酷描写注意。


「いやぁ、まさかこのようなことになるとは思いませんでした。サニワ名様、申し訳ありません。こちらの不手際です」
「すみませんすみませんすみません、僕のせいです、ヨモツヘグイについての認識が甘く……!」

 困ったような、それでいて笑みを浮かべる桔梗の隣で、部下が顔を真っ青にして額に傷を作らんばかりに土下座し謝罪を叫んでいる、混沌とした空間。しかしそのヨモツヘグイという言葉で前田と平野も事情を察したのだろう、まさか、と目を見開いている。

「そんな筈は。まさか、この本丸にあるものを口にしたのですか!? それを取り込んだ、と!?」
「どうやって、だって彼らが触れることなど……」
「それが、どこぞの神の加護の影響でしょうか。どうやら霊体になって初めて空腹を感じたようでして、その飢餓に『何も知らぬ』部下がつい、私が契約書を確認している間に茶菓子を差し出したようでして。それを、『掴めてしまった』ようなんです」
「なぜ……」

 客間にいるのは幽霊三人と役人だ。何かあったのならばとやってきていた太郎太刀とにっかり青江がありえないと言った様子で目を見開き、次いで太郎の視線が僅かにこちらに流れる。悟られたかもしれない、と思いながらも桔梗を睨みつける。こいつ、絶対わざとやりやがった。

「なんという前例作ってくれたんです! 確かにこの場は長く本丸を運営し一種の神域に近いとは言え疑似神域。あなたがたのように生きた人間であればほぼ問題ないものでも、肉の器をなくしたものにここで食事を与えるなんてこと……しかも霊体が定着したなんて、これがもし広まれば死後も本丸に縛り付けられる霊がどれほど溢れかえることか!」
 事情を把握した宗三の叫びに、桔梗は焦ることなくいえいえとにこやかな笑みを保ったままだ。
「それを望むものが一定数いることは否定しませんが、簡単にあり得ることではありません。これはどこぞの神の些細ないたずら。残された加護が当人たちの想いに答えたものでしょう。彼らは歴史修正主義者との争いを聞き、いたくこの時代、ひいては自分たちの生きた時代を憂いてくれたようですから。何か力になれるのかとその想いに加護が答えた結果がこれですが、このようなことが可能な加護を与えられる神など一握り。霊が本丸のものを口にできるなどまずありえない」
「ありえたからこうなのでしょう!」
「なんにせよもうこの三人はしっかりこの本丸に根付いてしまっているようだよ。これではもう現世に還ることなど不可能だし、本丸が解体されるまでは出ることは不可能なのではないかな」
 続々と刀剣男士が集まる中、石切丸の言葉で周囲がしんと静まった。その中でも『気づいている』四振りの表情はすこんと抜け落ちており、ああ、と頭を抱えたくなる。

 まるで彼らの加護が現世の神から貰い受けたもののように桔梗は語っているが、嘘だ。あれは私の神気である。つまりあれは、私の加護なのだ。
 もちろん私はそんな加護を与えていないが、桔梗は私の眷属である。私が彼らがこの本丸で影響を受けぬよう彼らに張り巡らせた結界に含まれる霊力と、この本丸の飲食物を媒介に、普段押さえつけている私の与えた彼を眷属たらしめる神気を取り込ませたのだとわかる。完っ全に計画的犯行で、その為に彼らは来たのだ。

「あ、あのー。なんか、ものすごいまずいことに、なってたり……?」

 おそるおそるといった様子で、しかししっかり声を上げたのは、萩原さんだった。その瞬間一斉に刀剣男士たちの視線が向けられたようで「ひぇっ」と声を上げた彼は、それでも視線を私に固定すると「もしかしてきみに迷惑がかかるのかな」と申し訳なさそうに口を開く。

「あー、うーん、うー……どうかなぁ……?」
 項垂れながら曖昧に返答をひねり出す。困る。『これがばれたら』困るのだ。私にそんな力があるとわかれば人間がどう利用したがるかわからないが、そうなったら私はここに見切りをつけなければならないだろう。だがやらかしたのは己の眷属である。恐らく意図があるのだろうが、随分私と私の本丸を道連れに危ない橋を渡ってくれたものだ。
 ……だが彼は間違いなく、私の眷属で。こうしてこの本丸に根付いた彼らもまた、正式にではないがかなり近いものとなっている。

「……桔梗」
「はい」
「全力で彼らを守れ、あとうちの本丸に余計な手出ししてくるのは例え政府の上層部でも許さない」
「此度の失態全責任はこの桔梗にございます。必ずや」
 我が主、と声に出さないだけで続いただろう空気を感じ取って、桔梗がそこまで全力で当たることを覚悟してことにあたっているのだと察してため息を吐く。国広、薬研、伽羅、そして長義はこの意味がわかっているのだろうが、他の刀たちはなぜあちらの失態といえど政府役人に己の主が命じているのか、部下の子の止まない「すみません」の中で混乱に流されてるようだが、はぁ、と一つ息を吐いて今のうちに気を落ちつける。

「国広、長義は残って。他の皆一度広間に戻ってて、詳しい話を聞くから」
「大将っ」
「薬研、伽羅、皆をお願い」
「……わかった」
 どこか不満そうな様子を珍しく見せた薬研だが、伽羅の返事を受けてぐっと一度口を引き結ぶと、静かに背を向けて皆を促し歩き出す。それを確認して、私はにこりを笑みを浮かべて桔梗の両肩に手を乗せた。

「説明」
「やだなぁ怖いですよ」
「はやくしなさい。そこの新人くんは顔を上げて。そっちの三人は……今更だしね、お茶を淹れるよ」

 果敢にも声を上げた萩原さん含め場の空気に飲まれていた幽霊三人が、私の言葉で漸く肩の力を抜いたのだった。



「つまりわざとなんだろう」
「はっきり言いますねぇ、山姥切国広様」
「本当なんてことをしてくれたのかな、桔梗殿は……」
「ははは、わかりやすかったでしょうか」
「さぁね、少なくとも俺たちはそう思ったけれど? どこぞの神の加護だなんてふざけたことを言ってくれる」
 長義の指摘に怖い怖いと肩を竦めた桔梗に対し、幽霊……だった、今はもう別の何かである三人はよく事情を呑み込めていないようで、無断だったのか、と困った様子を見せている。なんでも三人は、初めから「輪廻転生の輪から一度抜け、ここで遡行軍と戦う手伝いをする」という契約に同意して茶菓子を口にしたらしい。つまり、桔梗の部下、群雀のあの取り乱しっぷりは演技だったというわけだ。恐縮しきった様子ですみませんと謝罪する今の彼の様子の方が嘘ではないとわかるが、まったく本当に危ない橋を渡ってくれたものである。
 萩原さんたちは本当にこの短時間で私たちの戦いを理解しているのか不安が残るところだったが、なんでも政府特製のVR映像で説明されたのだとかで、その話を振った時は心底疲れ切ったような表情で諾と頷いた。さぞやひどい映像を見せられたに違いない。……例えば、歴史が変わって正史から人が消えるその瞬間、だとか。なまじ霊力があるせいで本来であれば認識できない筈の親しい人間を永遠に失ったのだと気づいてしまった審神者の視点、だとか。変わり果てた近代で、死ぬ筈のなかった知人の未来、そんなものを見せられた可能性も、否定はできない。残酷なようだがあり得る事実を見せられた彼らは、桔梗……いや、政府の思惑通りの道を辿る他なくなったのだろう。知っちゃったらもう知らぬ振りも無視もできないとは彼らの弁で、その瞳は生前きっとその意志で人々をあの犯罪都市から守っていたのだろうとわかる強いものだ。

「珍しくなりふり構わずって感じだね」
「……申し訳ありません。そうでもないと彼らを守る術が見つかりませんでした。この本丸ならば無暗矢鱈と政府の上層部であっても足を踏み入れることはできませんから」
「当然だろうね、後ろ暗い連中にとって浄化特化の主の霊力は毒だ。ちなみにそこの彼らは何に利用されそうだったのかな?」
「……現在確保の為に動いていますが、彼らに加護を与えた現世の神を知りたがる者が。間者の線は薄いかと」
「当然だよ、歴史修正主義者に知られでもしたらことだよ」
「重々承知しております。そのために我らはこの本丸に彼らを隠す必要があったのです。審神者様には事後承諾という形になったことをお詫び申し上げる」
 群雀が頭を下げ、はぁ、と長義もまたため息で言葉を押さえつけたようだ。

「で、どうすればいい? 本丸に部屋を用意してもいいし、もう一つ家を建ててもいいんだけど、彼らに何をさせたいの?」
「それは」
「あのさ! それ、俺が審神者になるのは無理なのか」

 身を乗り出してきたのはこれまで一番言葉が少なかった諸伏さんで、思わずぎょっとしてそちらを見る。映像を見たとは聞いたが、なぜその結論になるのだ。そもそもこの本丸から出られないんだけど、と否定を返そうとしたとき、そのことですが、と桔梗が会話に待ったをかける。

「まず第一に、あなた方はこの神域……この本丸の住人となっている為、己が本丸を持つことはできません」
「……そっか……」
「ですが、この本丸の主であるサニワ名様は類稀なる霊力の持ち主です」
「は? おい待て桔梗殿、あんた何を」
 私がげっと顔を引きつらせ、国広がはっとして待ったをかけたが、遅かった。にこり、と笑みを浮かべた桔梗は、すっぱりあっさりと言葉を放ってしまう。

「あなた方に護衛となる刀剣男士がつくことは賛成です。どうでしょう、この本丸に間借りして、自身の男士を育て上げれば、彼女の負担も減ると思うのですが」
 その言葉に私が何か言うより早く、長義が激高する。
「最っ悪だ、不可だ不可! 主に自分を含め四人分の結界維持と霊力の安定を行えというのか!」
「まさか。そのために彼らにはまず結界を覚えてもらいます。とはいえ彼らはこの本丸のものとして既に認識されている状態。霊力よりもその根幹が彼女に近い。他の審神者だとしても本丸内霊力の安定に関して言えば問題ないのでは?」
 何もかも計算づくじゃないか、と思わず片手で頭を押さえる。本丸とは通常、審神者は一人きりだ。それはその結界内に二人も三人も審神者がいては霊力が混じり合い安定さを欠くという理由があるせいなのだが、あくまでそれは他人同士がいる場合だ。一方が強ければ、一方の霊力が押されてしまい、そこで暮らす刀剣男士に影響が出る。だからこそ一人一つの本丸が与えられることが通常の処置であるのだが、ここでは霊体の彼らは完全に私から縁を繋いだ同陣営となってしまっている。なんなら半眷属なのだから当然だ。
 ごくまれに孫を次代にするため呼び寄せる審神者や、子が生まれ本丸で暮らす親子がいるのは縁が深い為可能なのだ。そうでなければ本丸は他者を異物と判断し、その本丸の主にとっても来客にとっても不都合が生まれる。見習いが二週間という期間を設けられているらしいが、それが限度ということだろう。……今この場では関係ない話になってしまったが。
「もうそれしかないんだろうしわかったよ。たぶん彼らの状態だといいとこ一部隊揃えられるかってところだろうし、先に霊力安定の為の修行からでしょ。ただ私にも任務があるからあんまりついていられないんだけど」
「その件なのですが、今回の出入りでループ前で時空が不安定な為、今回の現世任務に当たるもう一本丸が一月後に潜入後やや期間を開けなければならないだろうと想定されています。あなたには長ければ最大三ヵ月、本丸で待機してもらうことになりますので、その間にせめて一人二振りずつの顕現を可能としてもらえれば」
「私が空けた後本丸にお偉いさんが来たりしないよね?」
「その件については必ずないとお約束しましょう」
 その後もいくつか考えられる懸念を口にするが、桔梗もある程度対策を練っているらしい。はぁ、と息を吐いて、了承を返す。元より彼らを守るのにこれしかなかった、と桔梗が言うのであれば、それは恐らく事実だ。彼はその態度からわかりにくいが、眷属として非常に優秀なのだから。

 こうして彼らは我が本丸に居ついた幽霊となり、そして限定的ではあるが審神者となることが決定したのだった。ループを繰り返す特命現世調査任務は、波乱の幕開けとなったのだ。


▽▽

「なんかさ、驚いたよなぁ」
「驚いた、で済むか。時代が進んで逆に呪術だ神様だなんて言われたかと思ったらその説明がVRだぞ、さすがにまだ頭がついていかねぇ」
「でも、やらなきゃ駄目だろ。……もし過去が……俺の知らない未来が変わったら、皆の努力が無駄になる」
 サニワ名という名の審神者の本丸の一室、客間に残された萩原、松田、諸伏の三人は、手を伸ばせば無理せず互いにも物にも触れられるようになった体に一通り驚いた後、久々の感覚が鋭い肉体を持て余してそれぞれ体を休めていた。
 彼らが審神者なる者がどのような存在で、歴史修正主義者との闘いが何を守るものなのかと見せられた映像は、ひどいものだった。客間の一室が一瞬で外の、自分たちが過ごした時代の都会の風景と変わらぬものになったと思った瞬間、目の前で手を振り駆け寄ってきた同期でもある伊達の姿が掻き消え、そこに見知らぬ人間が現れたかと思うとあたかも知り合いのように話しかけて来たのだ。同期だと、同じ班だったじゃないかと、知らぬ男が語るのだ。伊達はどうした、その言葉に、伊達って誰だと、そう答える男がいる。
 ぞっとした瞬間場面は変わり、次に彼らが立っていたのは狭い観覧車の中であった。といっても萩原と諸伏はそれを霊体のまま見下ろしているだけであり、なぜか松田が爆弾を解体しようとしていて、その状況に覚えがあった松田の手が止まりかけた瞬間、刀を咥えた骨のようなものが観覧車内に突如現れて言うのだ。

「過去を変えたいと思わないか」

 どろりと甘く

「萩■■二の■ななかった世■は存在するのだ」

 不鮮明ながら響くような

「助けたいと思わないか。手を貸そう」

 そんな甘言を、魂に染み込ませるように。

 何を言っているのだと、既に遡行軍がどういったものか聞いていた松田は断ろうとした筈なのだ。だが映像となった己の身体は言うことを聞かず、親友を失ってしまったひどい悲しみと後悔ばかりが走馬灯のように駆け巡り、三人ともそれを見た。体験してしまった。萩原が叫び、松田がやめろと蹲り、諸伏が歯を噛みしめる中、既に映像の一部となった『松田陣平』は、頷いた。頷いてしまった。その瞬間どろりと己の身体が赤黒く痛みを伴う熱に包まれ、そして彼らの周囲の映像が変わる。白い天井、白い床、白い壁。行きかう白衣や白い制服を着た人たちと、病衣に身を包みベッドで身を起こしながらも家族と会話を楽しむ子どもの笑み。一人の子どもがとことこと歩いてくると、転ぶ。思わず諸伏がその子を助け起こしたが、それを見て松田の顔が青ざめた。
 瞬間、周囲が轟音と熱風、炎に包まれる。本来爆発しなかった筈のもう一つの爆弾、米花中央病院の爆弾が爆発したのだと、事情を把握した三人が呆然とする。諸伏の腕の中で、幼い子どもがくたりと身を投げ出した。泣き叫ぶ声、広がる血溜まり、崩れ落ちる天井。そんな中で遡行軍は笑うのだ。これも歴史を変えてしまえばいい。歴史は正さねばならない。まるで呪詛のように吐き続ける言葉で、周囲の景色は巻き戻る。元の病院だ。いや、違う。
 諸伏の腕の中にいた、一度も手を放さなかった筈の子どもが、年齢も性別も別の人間に変わっていたのだ。
「うわぁああああっ」
 何が起きたのか理解した三人が狂ったように叫ぶ。もうわかった、やめてくれ。そう思うのに、映像が次に映し出したのは長い銀の髪。諸伏の喉がひくりと鳴る。彼が銃口を向ける先に、見慣れた金の髪がある。諸伏が守りたかった筈の男の表情が、銀髪の男の手にあるものを見て驚愕に変わる。諸伏にとって見慣れたスマホは、確かに撃ち抜いた筈なのに、最も渡ってはいけない男の手の中にあった。

「どうして!」
「変わったんだ。なんの影響もないわけないだろう?」
「ふざけるな、俺はこんな未来望んでいない!」
「あの二人は助かったんだ、そのツケがこれだぜ? ならこの世界も変えるか? なぁ、スコッチ」

 喋っているのは銀髪の男ではない。二重音声のような声で名を呼ばれ、諸伏は叫んだ。
 だが、そうして巻き戻り早送り進んだ世界で、三人が見たのは荒廃した東都の姿だ。瓦礫に背を預け眠る子どもたち、地面はひび割れ、道路がどこかもわからない。その癖に空を見上げればそこは高いビルに覆いつくされており、随分と煌びやかだ。その建造物が未来を思わせるが、美しいのはそこだけ。若々しいが一定の年齢の大人ばかりがそこに住みついて、好き勝手に暮らしていた。秩序なんぞありはしない、地上は滅亡したと言ってもいい世界で、一部の人間たちだけが高みにおり豪華絢爛な生活をしている、その彼らの背に、遡行軍たちが蠢いていた。
 とんだ出来の悪いストーリーだ。吐き気がする。三人がもうやめてくれと膝をついたとき、周囲は元の客間の一室へと戻った。荒く息をする彼らに、淡々と桔梗と名乗る未来の政府の人間が語るのだ。
 これが、過去を変える罪によって起こりうる未来の姿です。審神者は歴史を守る為に刀剣男士と共に日夜戦いを繰り広げているのです、と。

 あなた方の存在は敵にとっても腐った人間にとっても喉から手が出る程欲しい、非常に美味な果実なんですよ、と。


「ちょっと申し訳なかったな、サニワ名さんの本丸? に迷惑かかるとは思ってなかったからさ」
「本丸にいれば安全だーとか、それが自分じゃなくてあいつの本丸のことだったなんてわざと言わなかったんだろ。あ゛ーそれにしても、これ全部覚えるとかマジかよ……」
「刀剣男士の名前は全員覚えたけど、顔と名前と刀派と刀種と来歴と……」
「はぁ? もう覚えたのかよ、くそ、俺まだ頭の中がすっきりしねぇ」

 だるい体に鞭打って、彼らは渡された資料を読む。友人の未来を壊されない為に。



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