八話(長義side)


「わあ、美味しそうな匂いがします……!」
「あ、移動販売のキャラメルポップコーンだって。帰りに買って帰ろうか」
「わぁい、あ、でも全員分持って帰れるかな……?」
「ふふ、全員分は無理そうだから、粟田口の分とかでどうかな? 皆へのお土産は私が箱入りのを何か買うから」

 楽しそうな会話を聞きながら周囲を見回していた長義は、極短刀の二振りも油断なく周囲を警戒していることに気付いてさすがだなと僅かに息を吐き出した。思った以上に人手が多い為、どうみても打刀より短刀の領域だ。油断するつもりもなどないしいざとなれば素手だろうが応戦するつもりはあるが、出掛けに不穏な話を聞いてしまった以上過保護と言われても厳重なくらいでちょうどいい。
「まずは湯飲みですね! どちらに行きましょうか。案内図だと……」
「あっ、あの、僕、いち兄と買いに来た時に見たお店がいいと思います。たくさん、あったので」
「お、興味あるなぁ、それじゃそこ行ってみようか。長義、気になるものがあったら教えてね」
「ああ、ありがとう」
 店の多さに圧倒されたことに気づかれたのか、主に二振りに率先して案内されて主の斜め後ろに続いて歩く。周りを見れば他本丸の審神者らしき姿も多く、そしてかなりの数の刀剣男士たちで賑わっていた。万屋を盛り上げる店員でもある他付喪神たちや人間のスタッフの利用もあるようで、本丸で見慣れた姿ばかりではないせいか政府にいた頃を少しだけ思い出す。
 休憩の為なのか店だけではなく飲食店も多いそうで、少し奥の通りでは居酒屋が立ち並ぶ場所もあるようだ。一番目立つショッピングモールがメインなのだが、その周辺には屋根のない空が覗き、一昔前の商店街を模した通りが続いている。これは最早街だなと長義が空を見上げると、分厚い結界の片鱗が少しだけちらついていた。本丸以上の念の入れようだ。まぁ、本丸は座標すら隠しているのでこことはまた扱いが違うのだが。
 しばらく歩いていると、ここに出ている審神者は半数以上が顔を隠しているな、という印象を持つ。案外目立つものではないなと己の主がしっかり面をつけていることを確認し周囲を見渡したその時、長い黒髪を背に垂らした女性と、その本丸の大倶利伽羅だろう刀剣男士が並んで歩いているのを見かけて心臓が強く脈打った。ただ並んで歩いているのなら動揺などするはずもないが、その互いの指先が、絡んでいるのである。握られているのではない。絡んでいる。それが妙に艶めかしく感じるのは、長義の心に何か理解しがたいものが住みついているせいか。慌てて目を逸らしたが、そうして逸らした先にはなんと祖と腕を組む女審神者がいた。しっかりエスコートしながら甘やかな笑みを見せる祖なんて、知らなかった。さすが長船派の祖……じゃなくて、あちらもあちらで目のやり場に困る。さっと逸らして、愕然とした。……なぜ今まで気づかなかったのだろうというほどに、甘い雰囲気の二人組というのはあちらこちらにあるではないか。
「長義?」
 なんで今後ろを振り向いた。
 思わず八つ当たり……なんてするわけもなく、長義はにこりと瞬時に笑みを張り付けて「何かな」と主に顔を向ける。だが、きょとんとした様子の主は騙されてはくれなかったようで、少しの間視線を外し、ああ、と納得した声をあげる。
「この辺りはデートスポットってやつみたいだね」
「え」
「驚いたんでしょう? 政府じゃ見ない光景か。でも政府は明言しないだけで割と推奨してるみたいだけどね」
「……噂では聞いたことがあるかな。童でもあるまいしそのようなことで驚いたりしない」
 
 そういえば少し前に刀剣男士と審神者の間に子ができて強い霊力を持っていたことから、あらゆる意味で騒ぎになったのだったか。半神半人の子だ、それだけでも稀有だというのに、その母たる人間も審神者になるだけの霊力があり、日々の任務で意識せずとも鍛えられる状況なのである。そんな中生まれた子は霊力も高ければ刀剣男士に似た側面もあり、それはもういい意味でも悪い意味でも騒ぎになったのだと聞いている。いい意味であればそれはそれでいいのだ。だが悪い意味……特に大問題となった『意図的に子を増やそうとした』政府のある派閥の行動はひどく政府所属の刀剣男士たちにも衝撃を与えたようだが、長義には話が聞こえる前に終息した話だった。どうやらそういった両者望まぬ場合子は宿らぬとどこぞの神を怒らせたそうで、緘口令もあってすぐその試みは頓挫したらしい。愛し合う者どうしでも神の子が人の胎に宿るのは稀だ。
 そういう事情もあって、『政府は明言していないが割と推奨』という情報を主が得ていたのだろうと長義も納得する。納得したが飲み込めるかどうかは別だ。
 主はどう思っているんだろう。
 しかしそれを訪ねてどうするのだと口を閉ざすと、こっちです、と秋田藤四郎が叫ぶのが聞こえて長義は一度ふるりと頭を振った。
 政府が推奨していようがなんだろうが、刀剣男士とそういった関係を持つということはその人間は高確率で輪廻転生の輪から外れ、人でないものになってしまう可能性が非常に高い。……だからこそ政府は推奨しているのかもしれないが、それは決して褒められたことではないものだ。手を繋ぐ彼らの間では了承されていることだとしても、それは想い合っているからこそ。こうして今斜め前を歩く己の主は少なくともそういった素振りはなく……知らぬだけで長義ではない誰かに既に隣を許しているのかもしれないのだ。
 自分ではない、誰か?
 その瞬間ぞわりと肌が粟立って、長義はぐっと一度唇を引き結ぶ。脳裏に蘇る、他の刀を愛称で、柔らかい声音で呼ぶその時の主の表情が思い出せない。あそこにいる審神者のように、とろりと蕩けてしまいそうな笑みで呼んだのだろうか。頬を染め、恥じらいながら呼んでいたのだろうか。わからない、と考えて、長義は首を振る。馬鹿らしい。他の刀と主の関係がなんだというのだ。

 五虎退が兄刀と来たことがあるのだという店は、モールではなく商店街にある湯飲みや茶器ばかりを取り扱った店であった。暖簾をくぐれば様々な茶器が出迎え、専門店にしては思った以上に広い印象を受ける。鶯丸が数振り、平野藤四郎もちらほらと姿を見かけ、隣にそういえば茶葉の店も併設されていたなと思惑のわかりやすい立地に苦笑した。これは確かに茶葉を買って帰りたくなるだろう。
「湯飲みは、あっちです」
「いっぱいあります!」
 粟田口の二人に案内され、その二振りと両手を繋ぐ主に続いて湯飲みの置かれた一角へと足を進める。大きさから質感、色、柄、様々ある湯飲みはかなり高い場所までずらりと棚に並べられており、一点ものばかりなのか似たようなものでも微妙に味わいが違う。これは拘るといくら時間があっても足りないな、と判断した長義は、さっと視線を走らせて目につくものから選ぶことにする。大きすぎず小さすぎず、質は悪くなく、できれば涼やかな色のものがいい。そうしてしばらく視線を巡らせていると、月白のような色合いでいて下部に向かうと瑠璃紺色が鮮やかなものを見つけて手を伸ばそうとした瞬間、それをほっそりとした指先が掴んだことに気が付く。掴んだ本人も途中こちらを振り返っていて、あ、と目を丸くする。

「長義っぽいなと思ったんだけど、これ取ろうとしてた?」
「ああ、よくわかったね」
 自分に見せようとしたらしいと気づいて遠慮なく再度手を伸ばせば、しっとりと手に馴染む重みが伝わる。陶器でできたそれを掴んでみれば、大きさもやはり好ましい。
「これにしようかな」
「わぁ、とってもきれいだと思います! 僕はここにくると、いつも悩んじゃって」
「主君と山姥切さんの見立ては、趣味がいいですね! 僕も欲しくなってきちゃいました」
 でも今使っている分もお気に入りなので大事にします、と嬉しそうに主に伝える二振りと手を繋ぎなおした主に促され、配属されてから初めての買い物を済ませる。割れないよう丁寧に包装されたそれを受け取ると、あまり興味がなかった筈がなんだかじんわりと胸の奥に何かが宿る。
『主君と山姥切さんの見立て』
 先ほど言われた言葉を無意識に思い返していた長義は、僅かに笑みを浮かべてそれを大切そうに腕に抱えたのだった。

「あるじさまは何を買いに来たんですか?」
「ん、レジンをちょっとね」
「れ、じん……?」
 予想通り隣で茶葉を購入し終え、主にも用事があった筈だと五虎退がそれを問えば、返された内容は長義を含め三振りにはわからないものであった。どんなものだろう、と悩む粟田口二振りに答え返すことができず長義も眉を寄せると、ふふ、と笑った主は迷う様子なくこっちだよと二振りの手を引いた。長義がついてきていることを確認しながら主が向かった先は、手芸店の一角だ。
 主が見ている品をまじまじと確認すると、確かにレジンと記載されている。ぐるりと見回せば、どうやら樹脂を固めて何か作品として作れるらしい。見本として飾られている楕円の箸置きは、淡い薄紫に染まりながら透き通っており、中に見事な桜の絵や美しい石が閉じ込められている。
「わぁ、すごいです」
「最近ちょっとこれにはまってて。うまくできたらみんなに渡そうかなって」
「わぁ、本当ですか? 楽しみにしています!」
「あ、僕も、欲しいです。楽しみです」
「これはすごいね、かなりの数になると思うけれど、俺も貰えるのかな?」
「もちろん。ふふ、私の霊力と相性悪くないんだよね」
 後半呟かれたそれに、三振り同時に視線を見合わせる。思い出すのは、手製のお守りだ。
「……あるじさま、むりしちゃ、駄目ですよ?」
「ふふ、大丈夫大丈夫」
 しぃ、と人差し指を口の前に立てる主を見て、長義ははぁと息を吐いた。まったく、落ち着かない主である。
 その後いくつか欲しかったものを購入できたらしい主が嬉しそうに荷物を抱えるので、それをそっと受け取った長義は少し驚いた様子ながらも嬉しそうに「ありがとう」と言われて、まぁいいかと思ってしまったことに気づかぬふりをした。


「これはこれは、サニワ名殿ではありませんか。お買い物ですかな?」
 少し広い通り、人との距離があり安心し歩いていた筈が近づいてくる何者かの気配に、三振りの注意が向いて数分後。本丸に戻る為のゲートまであと少しといったところでとうとう声をかけられ振り返った長義は、そこにいるのが審神者でもなく刀剣男士でもない、ただの人間であったことに警戒を濃くした。主の審神者名を知っていて、付喪神の気配でもない。仕立てのいいスーツだが恰幅のいい男を一瞥した長義は、政府の人間だな、とあたりをつける。
「あの、あるじさま」
「ちょっと待っててね。お久しぶりでございます、海棠様」
「うんうん、まったく君ときたら、最近じゃ演練も滅多に顔を出さないようだからねぇ。買い物かな? 他の浮ついた者たちとは違い、きみは優秀だから随分と余裕があるのだろう」
 ぴくり、と長義の指先が反応する。
 何をしたいのかわからない程、主にも審神者という存在にも嫌味を言っているのだ。五虎退と秋田はきゅっと主の手を握りながらも、どこかに慣れがある。……恐らくこういったことは珍しくないのだと察して、長義は努めて表情を崩さぬよう意識せねばならなかった。そうだ、確かに長義はあの本丸に配属されてから、演練というものにでたことがなかった。出陣回数が多い為そちらを優先しているのかとも思ったが、こういった輩がいるせいなのではないか?
「まさか。ですが戦時であろうと休息が必要だからこそ、お忙しい海棠様もこちらにいらしているのでしょう?」
「そうですなぁ、はっはっは! いえね、こちらに雰囲気の良い店があると聞いて少し視察してみようと思ったのですよ」
 お、と内心長義は驚いていた。ふわりとした笑みを浮かべているだろう雰囲気は伝わってくるが、主は今間違いなく嫌味の応酬をしている。男はあまり気づいていないようだが。少し意外に思うが、ここで言い負けずにいるのは好ましい。この輩は野放しにしないほうがいいタイプだろう。何より、気にかかることがある。なぜ、この男は――

「それにしても、よく私だとお分かりになりましたね」

 そう、そこなのだ。主は今狐面で顔を隠しており、衣服もどこの女審神者も持っているだろう巫女装束、若い審神者が好んでいる丈の短いものではない、なんの変哲もないものだ。特段珍しい髪色をしているわけでもなし、この男はどこで彼女を判断したというのか。長義が警戒を僅かに強めた時、男はいえいえとにやりとした笑みを浮かべて首を振る。
「あなた様の美しさはその気味の悪い面一つではまったく隠せるものではないでしょう? ですがまぁ、そうして隠すのは悪いことではないでしょうな。お分かりでしょう? ここは相変わらずわかっていない者が多い。審神者ともあろう者が、刀共とうつつを抜かして遊んでばかり。刀も刀です、物の分際で人間と恋愛の真似事などと、なんとおぞましい。主人の株を下げるというものだ」
 今、なんと。一瞬長義が驚きに顔を上げると、得意げに話す男の下卑た笑みが視界に映りこむ。
 政府は一枚岩ではない。刀剣男士との恋を応援する派閥もあれば、逆の派閥もある。わかっていたことだが、おぞましい、主人の株を下げるという言葉が胸に刺さる。
「あなた様は大丈夫でしょうな? いくら美しい見目をしていても本質は刀ですからねぇ、そうして普段から顔を隠し本丸の主としてあれば、身の程を知れる分まだマシでしょう。まぁ今日はあの空気を読めない無粋な刀共を供に連れていないようですから少し驚きましたが、……そうですか、山姥切長義を新たな供に? はは、漸くあの刀が為にならぬとお分かりになりましたか。その刀を選ぶ辺りよぉくわかっていらっしゃる。いい仕置きになるでしょうなぁ!」

 写しのことだ、と理解した長義は、全身がぐらりと煮立つような感覚を味わった。
 よりにもよってこの本歌を、写しの仕置きの為に傍に置いていると、この人間はそう言ったのか。
 山姥切はそのような安い刀ではない。この山姥切長義の写しでありながら山姥切の名で名を売る刀に思うところはあれど、あれもまた卑劣な手段を選ぶようなものではないと長義は理解している。それを、よりにもよって主があれを苦しめる為に俺を選んだと、そう言ったのか!

「お言葉ですが」

 長義の腕があと少しで刀に伸びる、そこでふと聞き手に熱が触れ、長義がはっと息を止めると、凛とした声が届く。下を見下ろせば主の指先が長義の手の甲に僅かに触れており、ただそれだけで自分は我を忘れかけた行動を律することとなったのだと理解して、ぐっと拳を握り締める。続く会話で精神を揺さぶられ、最後の言葉を切っ掛けに冷静さを欠いたのだと己を情けなく思いながら、なんとか持ち直すのを感じた。
「仕置きとはなんのことやら、我が本丸の子たちは皆とても素晴らしい刀たちですから。いつもの、とおっしゃるその無粋な者が誰のことを言っているのかよくわかりませんが、どなたかと混同なさってしまったのでしょうか。政府の部下は無粋な者ばかりだとおっしゃっていましたものね? 海棠様はお忙しい方ですもの、お疲れなのでしょう」
「え? ええ、あ、まぁ……」
「まぁ大変! 早くお休みになられたほうがいいですよ、もう時間も遅いですから」
「あ、ああ、そうでした。ああそういえば、ちょうど視察に来た店にこれから食事に行こうと思うのです。どうですかな、ご一緒に。政府が保証する店です、供は必要ありません。帰りは私たちが送るので安心して……」
 ピピピピピ、と遮るように響き渡る電子音に、男の言葉が止まる。ちっ、と小さく舌打ちした男は、しかし端末を取り出そうとはせず再び下心を隠せていない笑みで主に何事か話しかけようとした。この男は政府の者だ、あの写しの言っていた『面倒』という意味をこれでもかと理解した長義は、ここで刀を抜くわけにもいかず舌先で追い返すしかないと覚悟を決めて一歩踏み出す。言葉も過ぎれば刃、しくじれば主に咎があると理解し、先ほどから殺気を押し隠しながらも主を守ろうと必死な短刀の二振りが何かするよりも先に長義が動かねばならないだろうと判断する。この男は恐らく短刀の話を聞きはしない。……そもそも刀の話を聞かないだろうが。

 だが、長義が口を挟む機会は訪れなかった。

「あら、ご確認くださいな海棠様。何か大切なご用事かもしれませんもの」
 ふと、主の言葉にどこか、含むものがあるような気がして長義が気を取られたその一瞬。す、とこちらに距離を詰めて、一振りの刀が現れる。

「海棠殿だな。ちょーっとご同行願おうか」
「は? な、なんだお前は」
「政府所属の和泉守兼定だぜ? 部署は秘匿されている、がこれだ。……悠長にしていたところを見ると、仲間からの連絡は入ってねえんだな」
「は……? な、まさか!」

 和泉守が袖に隠して男に何かを見せる。と、さっと男の顔色が変わり、慌ただしく端末を取り出したかと思うとその画面を確認して男の顔色はさらに悪く、土気色になって慌て始めた。もつれる足を動かして逃げ出そうとすると、和泉守が刀に手をかけ進路を塞ぎ、逃げ出そうとするならいっちょやってやろうか? とにやりとした笑みを見せる。……察するには十分だった。男は、政府に何かを悟られたのだ。
「ひ、ひぃ」
 男はそれでも逃げ出そうと慌てて方向を変え、主には目もくれずとうとう走り出す。加勢すればいいのかと和泉守に目を向けると、ゆるりと首を振られた。

「国広ォ!」
「はいはーい! 邪道だろうが、任務を果たせればいいよね!」

 軽い音を立ててどこかの店舗の屋根上から飛び込んできた堀川国広が鮮やかな手つきで男の首裏に正確に鞘に入ったままの刀を当てた。どたん、と鈍い音を立てて男の身体が崩れ落ち、長義の目の前で長義の目線よりしたにある主の頭がこてんと僅かに横に倒れる。どこか楽しそうな気がして長義がそっと主と呼びかけると、ふふ、と今度こそ隠しもしない小さな笑い声が届き、五虎退と秋田の二振りもまた顔を上げた。
「あるじさま……?」
「ふふふ、ごめんね皆、嫌な思いをさせたでしょう。もう大丈夫」
「えっと、あの人は捕まっちゃったんでしょうか?」
「そうだねぇ。重罪だろうねぇ、躊躇いなく意識を落としにかかるなら、よほどだもの。さ、帰ろうか、えーっと」
 和泉守兼定さん、と政府の刀を呼んだ主は、そのまま帰っていいかとその刀に問うと、後で連絡を入れるかもしれないがと言われながらも少しだけ潜めた声で何かを話し、時間にして数十秒足らずであっさりと戻ってくる。
「え、いいのかな、主」
「戻って構わないって。さ、ポップコーン買って帰ろうか。ちょっと荷物多くなっちゃうけどゲートはすぐそこだし、全員分買っちゃえ」
「いいんですか? やったぁ!」

 ぱぁっと笑みを浮かべた二振りを前に主も笑みを返し、注文してくるように頼むと二振りが目の前のポップコーン屋へと駆けだした。そのままくるりと振り返った主は、行こう、と長義に手を伸ばす。思わず手を出した長義の手のひらはあっさりと捉えられ、そのまま軽く引かれて数歩の距離を歩き出す。

「キャラメルポップコーンは食べたことある?」
「え、いや、ないかな」
「甘いものは嫌いじゃないよね? 今度またカップケーキ作ろうかな。本丸でポップコーン大会もいいね」
「大会って、何をするつもりなのかな?」
「皆で作ってどれが美味しいかとか?」
「……ふふ、それは楽しそうだ」

 笑うと、面をしていても微笑まれたのだとわかる。まだぞわぞわと体の中を落ち着かない感情が這いまわっているような違和感はあるが、手から伝わる熱が叫び出してしまいたいような不快感を祓うようだった。
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