七話(長義side)


「お守りぃ? ああ、持ってる……にゃ」
「主の手製のやつだねー。持っているさぁ」

 長義の少し前に顕現した二人に問えば、お前も貰ったんだにゃ、と言いながら古なじみもまた懐からお守りを取り出す。黒地に金糸の紋の刺繍、赤い紐と金にも見える黄色の石がついたお守りと、緑がかった海のように青からグラデーションのかかった生地に金糸の紋の刺繍、白い紐と薄青の石がついたお守り。やはり石の色は瞳の色かとなんとなく納得しながら、長義はその二つを眺めて呟く。
「やはりすごい霊力のようだね。主は本当に器用だ」
「そうだけどな……まさかこいつを政府に報告しようなんてこと考えてないよにゃあ?」
「ふん、当たり前だろう、こんな技術があると知られたら主にとって不利にしかならないからね。まぁ、これほど霊力の特徴が出ていては俺たちのいる本丸に顕現した男士にしか効果はなさそうかな」
「ふぅん」

 それきり興味を失ったのか茶菓子に手を伸ばし頬張る南泉は確か主に「南泉」と呼ばれていたし、海のような色の男士は「千代金」と呼ばれているのだったか。そんなことを考えた長義は慌ててその思考を振り払う。呼び方がどうだというのだ、と思うが、頭によぎるのは「伽羅」と柔らかく愛称を呼ばれていた男のことだ。……あの時、明らかに長義は大倶利伽羅に牽制されていた。もしかしたら、恋仲なのかもしれないと思うと胸がざわめく。主と仲がいいと言えば写しの山姥切国広もそうなのだが、あれは審神者をそういった目で見ている様子はなかった。むしろ守るべき主としてのその忠誠心がぶっ飛んでいるような、兄か父かと言わんばかりの様子だ。逆にやや幼い見た目ながら薬研の方がよほど好敵手っぽい……とそこまで考えて、長義はやや乱暴な所作で口にマフィンと呼ばれる焼き菓子を突っ込み、味わって食えと古馴染みに怒られる。
「何一人で百面相してんだ……にゃ。化け物切りもそう表情が変わるもんなんだにゃあ?」
「うるさいな、俺をなんだと思ってるのかな猫殺しくん。少し考え事をしていただけだよ」
「ははは、ゆっくり考えるといいさー。なんくるないさー」
 のんびり語る男はわかっているのだろうか。主の刀としてふさわしく在るべく、これ以上この思いを育てるわけにはいかないと理性ではわかっている。この二年半と少し揺るぎなかったという初めの三振りを越える信頼を得るのは容易ではない筈で、あの後執務室の隣にある本棚で見た恋愛漫画に出てくる嫉妬の感情による行動は、長義の目にはろくなものではないように映った。嫉妬という感情を最早否定することはできないのに、そんなものに取り憑かれ苦しんだ自分がどうなるのか、予想もつかないのだ。特に山姥切国広が主に頼りにされている場面を見た時、自分の胸の内が焼けるように熱くなったのはつい昨日のことだ。この感情は殺さねばならない。……はぁ、とため息を吐き出した長義は、ぐいと茶を飲み干した。

 わかっていた、筈なのだ。だというのに会いにいくのは止められない時点でおかしいのだけど。


「山姥切さんは、湯呑みは用意しないんですか?」
 それは何気ない質問だったのだと思う。
 今日執務室に遊びに来ていたのは、秋田藤四郎と五虎退の二振りだ。たまたま内番も遠征も出陣も休みだった彼らは大人しく図鑑を見て過ごし、お茶の時間になると楽しそうに準備してくれたのだが、長義が自分専用の湯呑みを持ち込んでいないと知ると不思議そうに問うてきたのである。それは、みんなが皆用意している為か、長義が出入りしている回数が多いせいか、その両方か。なんにせよその質問を前に、長義はそうだね、と答えながら首を捻る。
「用意したほうがいいのかな。お給料という形で資金もいただいたけれど、まだ使っていなくてね」
「あれ、長義最初に用意した家具だけで足りてるの?」
 主まで興味を示したのか会話に加わり、長義はわずかに早くなる鼓動から意識を逸らそうと立ち上がると、普段使う丸いテーブルよりも大きいものを隣の部屋から持ちだして設置しながら、言葉を探す。
「……そう、だね。困ったら通販を使わせてもらおうと思ってたんだけれど」

 この本丸では、新刀が来るとまず二日から一週間ほど人の身とここでの生活に慣れる為に指導役の刀がつき、その間あれこれ覚えつつ指導用に整えられた部屋で寝起きし、終わったところで希望の部屋をあてがわれることになる。
 元より政府の刀剣男士として働いていた長義は、主の刀として契約する際に一度顕現を解かれ霊力の注ぎ直しという過程がありつつも人の身自体には慣れており、三日目には一人部屋を貰って過ごしていた。ちなみに指導役としてついたのは長義より前に顕現していた南泉一文字であり、古馴染みの気安さはあったが少し騒がしく過ごしてしまった気はする。
 一人部屋をあてがわれている男士はわりと多いらしいが、この本丸は部屋が余っている為問題は感じていないらしい。本丸は防衛の意味と一種の神域ということもあって基本的にはあまり他者の滞在を許可せず、増築の際もある程度の資金と霊力の補填で行われる。わかりやすく言えばお金と霊力を払ってこんのすけを通し間取りを本丸見取り図に追加する形で一瞬で増築するのだが、かなり霊力を持っていかれる為ぽんぽんと増築できる審神者は実は少ない。各本丸の見取り図自体は極秘資料である為閲覧できるものではないが、普通は増築のために霊力を貯める道具に少しずつ霊力を移しつつ貯めて行うもので、外見からして立派な離れや部屋が余っている巨大な本丸を見て初めは驚いたし、人の身に慣れることより本丸内の通路を覚えるほうが苦労しそうだと感じたものである。
 とにかくそんな本丸の為はじめに与えられる部屋にもある程度家具を揃えてくれていて、長義の部屋にも基本的なものは用意されていた。歯ブラシやタオルなど生活に必要な細々したものもまだ支給されたものが残っており、特に必要を感じず半月ほど前にもらった給料には手をつけていない。仕事に夢中で使う暇がなかったとも言える。が、確かにこの部屋に湯呑みを置いていいのなら、少し興味はあるか。

「なら万屋に行くといいですよ! お外はワクワクしますし、手にとってみた方が楽しいと思います!」
「えっと、僕も、そう思います……おでかけは、楽しいです」
「そうかな、なら、俺も今度湯呑みを探しに万屋に出かけてみようかな?」
 確か申請すれば許可を貰えるはずだと主を見れば、欲しいものが見つかるかもしれないし早めに行っておいでと微笑まれる。
 万屋は本丸からゲートで繋がる複合商業施設で、多くの審神者の希望から作られ今も改築が進んでいる、政府のあらゆる技術と努力の結晶だ。戦の要たる審神者や刀剣男士が集まるとあって結界はやり過ぎなくらい頑丈で複雑かつ多重であり、販売スタッフもまた厳しい調査を終えた職員もしくは協力してくれる骨董などの付喪神、取り扱う品物も間違っても呪具などないよう検査を終えたものばかりと、本丸に閉じ込められているとも言える審神者や刀剣男士が安心して買い物できるよう注力したものだ。ちなみに似たような施設が隣接しており、そちらは花街となっている。長義は必要としていないし行く予定もないが、主に勤めているのは櫛や装飾品の付喪神である。そちらはさらに厳しい調査の上で運営されているのだそうだ。
 ここまで苦心してそういった施設を用意しているのは、なければそれはそれで問題が起きるからだ。滅多に現世帰還が許されない審神者の中には通販だけでは発狂し心が保てなくなった者も少なくなかったそうだし、花街がなければ戦で昂ったものを発散できず苦労したのは男士だけではないと聞く。
 だが、本丸に未顕現の刀剣男士として政府に所属し秘匿された部署にいた長義はこれまで機会がなかったせいかあまり買い物への興味もなく、少しの間悩んでいると、あ、と小さな声が聞こえた。

「なら、これから行こうか。今日はあと遠征を待つだけだし。秋田、五虎退、一緒に行く? 私少し欲しいものがあるの」
「わぁーい! 買い物ですか? お供します!」
「行きたいです。でも、なぜかお店にいると、僕まで売れそうになるんです」
「えっ。それはダメだな、私の刀なのに。五虎退は私と手を繋いでいようか。長義、どうする? 時間あるかな?」
「え、あ、俺についてきてほしいのかな」
「うん、一緒に湯呑みも探してみよう」
 咄嗟の発言の雰囲気が肯定するようなものになってしまったが、やったーと目の前の三人が喜んでしまえば今更否定もできない。主と、出かける。予想外のことにばくばくと心臓が音を立て、長義は咄嗟に胸を抑えて息を止めた。そんなつもりはないが、もし花びらなんて舞ったら居心地が悪い。さっそく準備しようと急ぐ短刀に紛れて茶を飲み干して心を落ち着け、俺はいつでも構わないよと平静を装って茶器の片付けを引き受ける。仕事のつもりで執務室にいた長義はいつもと変わらぬ装束だった為上に羽織るだけだが、短刀たちは内番服だったのだ。霊力で一瞬で戦装束を纏えるが、無駄に消費する必要もない。ぱたぱたと着替えの為に二振りが出ていくと、入れ違いでそこに人影が現れる。その姿に一瞬、主が「ついてきて」と頼む未来が見えて思わず視線が揺らぐ。が、主の口から伝えられたのは別の言葉だった。

「あ、国広。ちょっと万屋に行ってくるね。夕飯までには帰るよ」
「……本歌も行くのか?」
「それがどうかした、偽物くん」
「いや。主には必ず面をつけさせてくれ。必ずだぞ。布でも狐面でも食事する予定なら顔半分でもいいからな」
「は?」
 何を言われるかと思えば予想もしていなかった内容であり、長義は僅かに混乱してそれが声音に伝わった。面? 必ず?
「絡まれるんだ。若い女審神者というのは大変なんだ。男審神者はまだそこの刀剣男士がいるからマシだが、政府の職員は面倒だろう」
「は?? どこの……待て、職員もだと?」
「ああ」
「大袈裟だよ、平気なのに」
「だめだ。この件に関してあんたの平気は聞かないぞ」

 過保護か。いや自分も大差ないか。
 納得して口から出そうになった言葉をなんとか飲み込むと、そうしてくれや、と後ろからさらに現れた薬研藤四郎まで肯定し、主が渋々といった様子で狐面を手にとった。どうやら秋田たちから話を聞いてきたらしく、薬研に上着を差し出された審神者が大人しくそれに袖を通している。その表情は残念ながら隠れてしまったが、まぁ確かに、絡まれるよりはいいか。納得して歩き出そうとすると、写しと、目が合った。
「主を頼む」
「……当然だ。言われなくとも」
 ふいと顔を背けて部屋を出れば、ぱたぱたと楽しそうな主の足音が続いた。

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