四話(長義side)



「あ、山姥切さん」
 その声に足を止めて出所を探れば、畑の方角からとうもろこしを籠いっぱいに入れて運ぶ大和守安定と加州清光が見えた長義は身体を自然とそちらに向け、その重そうな荷物の一部を引き受ける。ありがと、と笑みを浮かべる二人に笑みを返せば、二人は少しだけ距離を詰めるように近づいた。
「もう五日目くらいだっけ? どう、慣れてきた? うちの本丸」
「ああ、とてもいいところだと思うよ。さすが文句なしの優判定だっただけあるかな」
「へえ、文句なしかぁ。主もみんなも頑張ってるもんね」
 なんか嬉しいよねとふわりと笑う大和守は極であり、昨日ともに出陣した時の頼もしさを思い出した長義はわずかに苦笑した。どうやら戦闘時との差が激しいタイプらしいなと納得しつつ、長義はずしりと重いとうもろこしの一本を見つめる。今日は非番だが、来てすぐ割り振られた内番で畑当番が続いていたので少し感慨深い。

「ね、山姥切さんは、ご飯は何が好き?」
「あ、俺も気になる。政府にいた頃も食べてたならいろんな料理知ってそう!」
 とうもろこしをまじまじと見ていたせいだろうか。確かに政府にいた頃も食堂に世話にはなったし好んで食べたものもあった筈だがあまり頓着はしていなかったのか、問われた内容を理解してすぐ浮かんだのは、こちらに来てから食べたものだ。
「……おにぎり、かな」
 そう答えた瞬間、二人の動きがぴたりと止まる。かと思えば同時に「やっぱり」「だよねー」と同意する言葉を繰り出すので何事かと思えば、二人は互いに目を合わせてから長義に視線を移し、にやりと笑みを浮かべて見せた。

「みんなそうだからね。そのおにぎりって顕現してすぐ、最初の日に食べたやつでしょ?」
「ああ、そうだね。主が本丸の説明をしてくれるときに持ってきてくれて」
「それ、うちの恒例。うちの本丸に来たらみんな最初に食べるのは主の作ったおにぎりなんだよ。具は毎回違うけど」
「自然とそうなったんだって」
 へぇ、と聞きながらあの時食べたおにぎりを長義は思い出す。自分が食べたのは三角で海苔の巻かれたほぐした鮭のおにぎりだった。塩加減が良く美味しかったなと思い返してつい、また食べたいなとこぼすと、それがねぇと加州清光が肩を落とす。
「主が作るって言うと皆食べたがるし、今じゃ量もすっごいことになっちゃうじゃん。最初の頃はそれでも厨当番を手伝ってくれてたんだけど、仕事が追いつかなくなっちゃってさ。こっそり夜中に残した仕事片付けようとするから、皆で話し合って今は仕事に集中してもらってるんだよね。たまーに夜食とか自分で作ってるらしいけど、主もともとあまり食事を楽しむ方じゃなかったみたいで、滅多に作ることないんだよねー。食べてくれるだけマシになったかな」
「……少食なのかな」
「あれは少食ってレベルじゃないって。平気な顔して一日中食べなくて、聞けば忘れてたって言うんだよ? 夜食だってそれに気づいた近侍三人の誰かが勧めて食べるようになったらしいから」
「あーもー話してたら心配になってきた! たまに薬飲んでるみたいだしさ、小さい頃病弱だったっていうし、主大丈夫かな。これから行く? あ、でも今爪が土で汚れてるから可愛くしてから!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ加州くん。今からって、主は今も薬を飲んでるのかな! 政府の資料では審神者になってから通院歴はなかったと……」

 話しているうちにヒートアップしてきた加州に長義は慌ててストップをかける。その隣では大和守もどこかそわそわと執務室の方角を気にする素振りを見せており、そういえばこの二人は主の体調不良に敏感な傾向があることが多いと政府で聞いたな、と納得と同時に不安になる。主がその霊力の高さと浄化能力持ちという稀有さから政府に歴史修正主義者との戦ではない別口の依頼を受けることがあるのは知っていたし、この本丸の出陣回数、交戦数、それに伴う遠征回数などは上位本丸のそれであるというのもわかっていた。主が忙しくしているのは百も承知だが、今も薬が必要な程体が弱いというのは聞いていない。加州は一瞬我に返ったようにぴたりと動きを止めると、今がそうってわけじゃないんだけどさ、と言いにくそうに呟く。
「薬はたぶん薬研に貰ってるんじゃない?」
「あーそうかもね、俺が聞いたときは大体ビタミン剤だ鉄剤だサプリだーって言ってたけどさ」
「薬研くんか……」
 多くの本丸で薬研がその名の由来からそういった本丸内で済む怪我や病気の対応に当たっているのはよく聞く話であるし、この本丸でもそうであると聞いている。加州は懐疑的な様子だがサプリだとかそういった類であれば主のような若い女性が飲んでいてもおかしくはない、と納得しかけた長義の耳に、でもさ、と大和守が衝撃的なことを口にする。

「二か月くらい前だっけ、主倒れたの。あの時はすごく苦しそうだったから」
「あー、霊力の使い過ぎって言ってたけど、それってあんなに痛がらないよね。痛いとは一言も言ってくんなかったけど」
「……倒れた? 主が? 霊力不足で……?」
「そ。ま、俺は霊力がどうこうって話より、その前の日よくない呪具の浄化したって聞いてるから穢れ受けたんじゃないかと思ったんだけどね。石切丸とか祈祷はしてくれてたし、あれからそんな様子はないけど」
「……へぇ」

 話しながらゆるゆると歩くのを再開していた為、厨に辿り着くとそこにいた歌仙兼定や燭台切光忠、小夜左文字にとうもろこしを預けた二振りは、結局主のところに行くらしく土汚れを落としたいからと慌ただしく出て行った。別に執務室に顔を出すのは咎められずむしろ主本人がいつでも遊びに来れるようにと隣室を休憩部屋として開放しているのは知っているので厨のメンバーも苦笑して送り出したのだが、何となくタイミングを逃した長義はそのまま自分にも所縁ある長船派の祖、燭台切がこの場にいたこともありぐるりと厨の中を見回す。初めに本丸内で案内されたときに見てはいたが、今はまだ厨当番には当たっていない為あまり縁のなかった場所だ。
「長義くんはまだここを最初に見ただけかな? 冷蔵庫の使い方は聞いた?」
 燭台切に声をかけられ振り返った長義は、冷蔵庫の使い方、と聞いて首を傾げる。使い方も何も政府でも見た家電ではあるが、燭台切が言っているのはただ単にその家電の使い方ではなく違うものに聞こえたのだ。視線を奥に向ければ並べられた冷蔵庫は全部で四種類程、そのうち二台は業務用冷蔵庫で、それより小さなものが一つと、さらに小さいものが一つ。足りなくなると買い足していったのかもしれないな、と思わせるその様子に、もしかしてルールがあるのだろうかと察して長義が聞いていないことを告げると、燭台切は笑って手招きする。
「うちはいっぱい食べる子も多いからね。こっちの業務用の大きい冷蔵庫は全部毎日の献立に使用する予定だから、勝手に使うのはなし。一番小さい冷蔵庫は、ちょっと間食したくなっちゃった子用に全員に出すには足りなくなった常備菜のタッパーとかあまりものとか入ってるんだ。で、その隣の銀の冷蔵庫も大体似たような使い方してるんだけど、名前が書いてあるのは個人で食べたくて買ってあるものだから間違って食べないように」
「使い分けているのか……わかった、気を付けるようにするよ」
 ありがとうと礼を述べて長義が銀色の冷蔵庫を覗いてみると、すぐそばに力強い字で『国広』と書かれた付箋を貼ったプリンを見つけて、僅かに目を細めた長義はそっとその扉を閉じる。
 他にもこの部屋の奥から地下に続く野菜を保管しているスペースがあるらしく、そちらには業務用冷凍庫まで設置しているらしい。随分広いんだね、と長義が驚けば、主の方針なんだよと穏やかな笑みで歌仙が言う。
「どんなトラブルがあるかわからない。万が一本丸から動けず政府の通販も利用できなくなった時の為に、ある程度食料と資材は確保しておくべきだ、という方針なんだ」
「飢饉は、避けたいよね……」
 小夜左文字がそういいながらとうもろこしの皮やひげの処理を始めたので、長義は手を洗いそれを手伝い始める。夕食の準備らしいが、どうやら時間が空いて集合時間より早い時間に集まった三振りらしく、他の当番はまだ来ていないらしい。長義は初めての非番に暇を持て余していたところであり、持てるものこそ与えなくては、と喜んで手伝いに加わる。
 当番といっても、燭台切と歌仙は自分から希望して厨当番を多く担当しているのだそうだ。さすがに出陣が多い日は変わってもらっているらしいが、この二振りが本丸の献立を取り仕切っているといってもいいらしい。最近はおやつに関してはほぼ小豆長光と謙信景光がメインとなって用意しているそうだが、最近じゃ厨番四天王なんて呼ばれてるよねと燭台切が苦笑しつつ話すと、雅じゃない、と歌仙が僅かに口を尖らせた。

 どうやらとうもろこしは茹でて実を削ぎ落し、青のりと混ぜて天ぷらにする予定らしい。そのまま長義が手伝っていると今日の当番だという鯰尾藤四郎、骨喰藤四郎、小狐丸が現れ、皆当番ではない長義が手伝っていることに驚き謝罪するのでそれを止めて再び輪に混じる。やらせてもらっているんだよと長義が言えば皆ありがとうと笑みを見せ、それぞれまだ不慣れな長義に料理のコツを教え始めた。今日のメニューは天ぷらと油揚げの入った味噌汁、漬物、朝の内に仕込んでおいた大根と椎茸、鳥肉の煮物らしい。美味しそうだな、としばし料理に夢中になっていた長義は、そういえばさ、と鯰尾が話し始める声がじゅわじゅわと天ぷらを揚げる音の中でもよく通って聞こえて顔を上げる。

「まーた政府から主に呪具の浄化依頼が来たらしいですよ! なんかどっかの本丸に来た見習いが乗っ取りを企てて持ち込んだものだとか」
「またか」
「なんと、政府の者どもはぬしさまに頼りすぎているのでは」
「まったく、雅じゃないね。主は大丈夫だろうか」
「ええ、ということは今日もまたご飯食べれないのかもしれないね、できれば出来立ての天ぷらを味わってほしかったけど、粥やうどんのほうがいいかな」
「……近侍に、聞いてこようか……?」
 すぐに厨がざわめくが、その様子から彼らもまたこうした政府からの突発の依頼を主が受けること自体に慣れている様子が見える。それならとこの場で唯一本来の厨当番ではない長義が漬物を切る手を止めて俺が行こうかと声をかければ、お願いしていいかな、と燭台切が申し訳なさそうに肩を落とす。

「主ならたぶん三大近侍の誰かと浄化部……っと、ここから執務室に向かって執務室より奥の空き部屋にいると思いますよー。浄化部屋って俺たちは呼んでるんですけど、たぶん三大近侍の誰かが一人表に立ってるんでわかります」
「三大……ああ、偽物くんと薬研くん、大倶利伽羅くんのことかな」
「あはは、そうですそうです。不動の三近侍だとか三大近侍なんて呼んでるんですよ俺たち」
「雅じゃないね、三近侍でわかるだろうに」
「あ、三近侍っていうのはうちの固定近侍のことだよ長義くん。主は最初の三振りである彼らを交代で近侍にしているんだけど、最近じゃ仕事量が多くて他の皆も選ばれたりしているし、主は全員大事にしてくれてるから心配はしないでね」
「本丸によって固定近侍がいることは珍しくないと聞いているから大丈夫だよ、ありがとう、祖」
 近侍を固定されて不満に思う者もいるかもしれないが、本丸内での職務もまた戦を生き抜く上での策の一つであると言っていい。使って欲しければ今は自分で努力するという方法もあるのだしと首を振れば、お願いね、と手を振られて長義は歩き出す。厨当番もそうだが、設備や皆の様子を見ても主は極力刀剣男士たちが過ごしやすくなるよう配慮しているらしいことはわかっている。別に近侍が固定されていても構わないさ、と内心呟きながら、長義は頭にちらつく金の髪を振り払った。


「主がここにいると聞いて来たのだけど、合っているかな?」
「……そうだ」
 執務室より奥へと進み、そこにいる刀がこの本丸の初期刀ではなかったことにほっとしたような複雑な感情を一瞬抱いたものの、そういえば噂には聞いてもこの刀とは話したことがなかったと思い至った長義は、視線だけで「なんのようだ」と言わんばかりの刀を前に鎧を装備するかのように笑みを浮かべる。
「厨を手伝っていたんだけど、当番の皆が随分心配していてね。主は何か食べられそうだろうか」
「……まだ時間がかかる。俺たちの分はいいと言っておけ」
「……それは、近侍三振りと主の分、ということかな」
「そうだ。後で何か作って食わせるから心配するな」
 あまり長くは続きそうにない会話に、少しだけ沈黙した長義は「そう」と答えて踵を返す。燭台切に心配するなと言われたばかりではあるが、近侍は少々過保護なのではないだろうか。殺気だっているのは主が危険な任務中ということもあるのだろうが、見張りが仲間すら近づけない程緊張状態にあるのはどうなのだろう。

「まぁ、それでも構わない」

 最初の三振りが固定近侍と呼ばれていようと、主の役に立てないわけではない。基本的にこの本丸では決められた仕事以外の時間は割と自由であるのだし、と長義は明日からの方針を決める。幸い自分は政府にいたこともあって、顕現したばかりでもなく己の得意なものはよくわかっているのだから。

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