三話


「国広、と呼ぶんだね」

 問われた意味を一瞬はかりかねたが、彼が問う意味はただひとつか、と思いだし、すぐに言葉を返すために口を開く。
「え? ああ、山姥切国広のことですね。そうですね、堀川を国広と呼ぶ刀は山姥切国広を切国と呼ぶし、私もそのどちらかです」

 午前の出陣の報告書をまとめつつ政府の発した年末年始の行事予定に目を通していた私は、ついにきたかという気持ちで質問の意図を探る。
 山姥切長義が来て三週間。もともと政府所属の刀剣男士として顕現していた彼は、練度こそ一からのスタートとなったが室内の仕事では即戦力となり、自主的に手伝ってくれることも多く執務室で顔を合わせることも増えてきた。が、この話題を振られるのは初めてだ。号のことは当人同士で折り合いをつけた方がいいとあえて口には出さなかったのだが、聞かれては答えないわけにはいかない。
「そう。……それはなぜかな」
「なぜ、か……写しだと本人が言うので、なら本歌を山姥切と呼ぶことになるだろうかと自然に、でしょうか」
「主は俺をなんと呼んでいたかな?」
「山姥切長義ですね。短縮する場合愛称のようなものですし、仲良くなれれば本人に確認とってから呼ぶ方がいいかなと」
「……ここの刀たちは俺を山姥切と呼ぶ刀もいるけれど、山姥切を指すのが俺であるのならばどちらでもいいよ、主」
「悩ましいですね」
「なぜ」
「人の感覚で言うと、山姥切が苗字で長義が名前みたいじゃないですか。鶴丸や三日月みたいにそちらで呼んでいる人が多いとそれが名前と言われても違和感がないんですが、あなたは長義くん、と光忠さんが呼ぶ印象が強くなっちゃって」
「……人は苗字より名前で呼ぶ方が親しく思えるのだったかな。つまり主は、俺を親しい関係のように呼びたいと、そういうことかな? では、長義と呼んでくれて構わないよ」
 ふふ、となんだか機嫌良さそうに言われて、その内容に気恥ずかしくなる。そういうつもりではなかったと思うのだが、まぁ確かにそういうことか。もとより私は人の世への潜入が多く人に近い感覚ではあるのだ。あえて説明しないで欲しい。
「……なんだか理由を説明されるとはずかしいような……ですがありがとうございます、長義さん」
 顔を上げると、その深い海の色と視線が絡む。
「長義で構わないよ」
「え? では、長義と」
「……ああ、なにかな、主」
「呼んだだけですよ」

 笑う仕草すら上品な、しかし楽しげな長義に笑みを返す。彼のおかげで書類仕事はずいぶん楽になった。少し時間が空き、凝った体をほぐす。これから夜戦部隊の出陣が控えているからそろそろ準備もしなければ。と、そこに、少し席を外していた近侍の大倶利伽羅が戻ってきた。

「主」
「ん? なぁに、伽羅」
「ちょっといいか」

 大倶利伽羅に呼ばれて立ち上がる。何か言いたいことがあるのだろうかと近付けば、室内に視線を向けていた伽羅が私の腕を掴み歩き出す。向かう先は恐らく離れで、十分離れたところで国広と薬研はどうしたと聞かれ、首を傾げる。
「国広は内番だからまだ畑かな。薬研はさっき五虎退に呼ばれて」
「あれは政府の刀だった。今はあんたの刀だろうが、必ず誰かをそばにおけ。……それと離れの通信機が鳴っていた」
 あら、と止めかけた足を動かす。
 離れの通信機、それは私の本来の仕事仲間からの連絡に他ならない。慌てて戻りリビングに置いた通信機のパスワードと仕掛けを解くと、展開されたウインドウにこの世界では使われない文字が並ぶ。後ろにいる伽羅は読めず、なんだ、と、小さく呟いた。

「……大丈夫です。外にいる家族からの吉報でしたから」
「……そうか、なら、いい」
 内容は、漸くある程度動きやすい地位を得ることができたというもの。紛れもない吉報で、私たちの敵の出現予想ではないことにほっとする。
「ごめんね、家族についてはまだ、情報開示許可出てないから詳しくは言えないんだけど」
「気にしていない」
 ふっと顔を背けられるが、その声に嘘はないように感じてゆるゆると息を吐く。
 私も十分戦果を出しているし、彼がそれなりの地位を得た今、やれることは増えてきたと言っていい。

 そろそろ本格的に動かなければ。

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