十六話



「部隊長、太郎太刀。山姥切長義、堀川国広、後藤藤四郎、小夜左文字、五虎退……揃ってるね、では今日もよろしくお願いします」

 演練出陣予定の刀がずらりと一列に並ぶ様を確認し声をかければ、それぞれから了承の言葉が返ってくる。私の横には護衛の国広がいて、てきぱきと装備の確認などの指示が入る。

「――最後に、主から頂いたお守りは各自不備なく所持しているか? 飾り玉が外れた、紛失したなどあればすぐ教えてくれ。これは主の命だからな、必ず申告して欲しい」
「あります。私は問題ありませんよ」
「はいはーい、僕もちゃんとありますよ!」
 太郎太刀を筆頭に皆がお守りを出して見せながら確認する様子に少し驚いた長義が倣ってお守りを出すのを見守りながら、そういえばこの確認は基本的に演練の時に行うことが多かったな、と思い出す。
 ……このお守りはただのお守りではない。私という立場の者が、武器でもある彼らを守る為の大切な道具だ。そろそろ毎度確認した方がいいかもしれないと考え、横にいる国広を見あげる。
「……ん、どうした?」
「国広、今の確認、毎回お願い。全員に通達」
「ああ、わかった」
「大将は心配性だなぁ」
「ふふ、そうなの。だから毎回きちんと確認してね」
 深くは語らずさらりと流したつもりだが、今のやり取りで何かを感じたのだろう長義がじっと自分に渡されたお守りを見ているのに苦笑しつつ、さて、と歩き出そうとしたところで。

「待ってくれ主! 面はどうしたのかな!」
「あ」
「おいあんた忘れてたのか。ほら」
「あはは、うっかり」
 長義に指摘されて思わず頬を押さえると、すかさず国広から布が差し出された。布といっても極める前の国広のあの布ではなく、面の役割を果たす顔を覆う面布だ。国広が用意したのは演練用に用意したもので、白地の布の淵に銀糸で蔦と花が刺繍され、隅に小さくまじない文字を綴ったものである。まじないはこの面布が視界を邪魔しない、装着主である私(とその霊力を持つ刀剣男士)以外が勝手に外せない、軽度の認識阻害(刀剣男士を除く他者相手に声や体格などを覚えられないようにする)といったものが施されているのであるが、まぁ演練が久しぶり過ぎてすっかり忘れていた。
 そのまま顔に当てたはいいが、そういえば今日の髪は長義が結わえてくれたのだったか、と思い出して崩してしまわぬよう慎重になると、それに気づいたらしい長義が後ろに回って丁寧に紐を結んでくれる。ありがとう、と声をかけたところで、後藤がにやにやと笑うのが見えて目を瞬くと、後藤、と長義が咎めるような声を出す。ああそういえば、仲がいいのだったか。なんだかじゃれ合っているような二人を見るのが面白くてつい笑ってしまうと、主、と長義の矛先がこちらに向いてしまうが、その耳が赤いのを見て頬が緩めてしまう。面布をしていてよかった。

 なんとも平和な出発となったが、演練は久しぶりだ。会場に足を踏み入れれば懐かしさもあるが、やはりぴりりと肌に緊張が走る。ここは様々な感情が入り乱れていて、それを感じ取ってしまうのは能力が落ちた今も健在だ。心を覗き見るのは好きではない為そのようなスキル習得に精を出した経験はないものの、私の魂の本質では人間の感情変化など感じたくなくともある程度は察してしまう。刀剣男士相手ではそのような弊害はない為、こうした疲労を感じるのは久しぶりだ。
「主、大丈夫か」
 付き合いの長い国広が察して屈み、声を潜めて心配してくれる。それに大丈夫だと答えながら、長義を呼んで他の刀には端で待つように伝え、護衛の国広と演練参加が初の長義を連れて受付に向かう。エントリーのやり方を説明し、パネルで登録を終えれば、すぐさま今日の会場の番号、開始時間が表示される。
「第五会場午後第二部か。主、一試合目は二十五分後だ」
「そっか。じゃあ会場まで長義に案内しながら行こうか」
「ありがとう。……それと、主」
「うん?」
 珍しくも言い淀む様子にどうしたのかと首を傾げれば、その視線はそろりと下がり、小さいがはっきりとした声で長義が「すまない」と口にしたことで驚く。……何が?
「なんだ本科、これだけはっきり主張しておいて今更怖気づいたのか」
「怖気づ……なわけないだろう! だがさすがに、主には申し訳ないと思ってるんだ。……色を、変えてしまったから」
「ああ」
 長義が謝っているのは私の髪色のことかと気が付いて、苦笑する。私と長義の霊力の相性が良すぎただけで、長義のせいではないのだが、……周りはさすがにざわついていた。配属されたばかりの長義と、もう『そういうこと』をしたのかと思われても仕方ない変化があるのだから当然か。
 私の髪は一部が見事に銀色に変わっているし、他にも銀髪の刀剣男士はいるが、今この場に連れているのが長義となれば予想される男士は当然まず長義になるだろう。
 審神者と言えど人の子。当然と言うべきか悪意ある言葉がちらほらと聞こえてきた辺りで、はたと気づく。人の子は出会ってすぐということもあると聞いていたし演練に出ることはあまり気にしていなかったが、これもしかして結構恥ずかしい感じか? いや、実際そういうことをしたのだとバレているのならば恥ずかしいが、現実はただ霊力の相性が良すぎたという根本的な理由があるのでどうにも私の中でその意識が薄い。人の子に化けるのはかくも難しいということか、それとも私の根本が何人も伴侶を囲うのが当然という立場にあるせいで性に奔放すぎたのか……いや私処女なんだけど。
「……ごめん?」
「主が謝ることじゃないだろう」
「あ、でも私長義が悪く言われるのはちょっと許容できないな。本丸内では同じこと心配してたのに忘れるなんて、見通しが甘かったか」
「いや、気にすべきは俺じゃなくて」
 これは早まったなと考えたところで、ふと、少し大きな、耳に届く声に顔を上げる。

「違うんじゃないかな。彼女の霊力はとても澄んで清らかだし、強く神気を取り込んだ様子もない。恐らく何らかの要因で霊力が減った際にたまたま霊力の相性がいい刀とのちょっとした接触だけで神気ごと霊力を引っ張り込んでしまっただけだと思うよ」
「あーそういや、んな事例の報告あったなぁ。そんで審神者でありながら下世話な想像するとか、知識がないってひけらかしてるみたいで恥っずいな」

 どこか煽るような言葉に、周囲にいた審神者たちがさっと顔色を変え、刀剣男士たちに庇われるようこの場を立ち去っていく。今の声の主は石切丸と、恐らくその隣にいる主であろう審神者か。少し驚きつつも、今の会話で待機していた私の他の刀たちも傍に集まり、その間に他本丸の石切丸とその主は奥の方へと歩き出してしまった。
 その全員を促して、ひとまず受付前にいるのも目立つだけだと第五会場のある奥の方へと進みだす。少しして、廊下の先に先ほどの石切丸とその主を見つけて、ほんの少し歩みを速めた。

「先ほどはありがとうございました」
「いーえ、勝手にお節介を焼いたのはこちらですからお気になさらず。うちの石切丸が、貴方が俺らの本丸の恩人だろうと言うもので。むしろお礼を言いたいのはこちらなんです」
 飄々とした様子を崩さず、それでもそう言い切った審神者は深く頭を下げる。それに驚いて顔を上げるように伝えてみたが、目元を面で隠すその審神者の顔に見覚えもなければ、霊力も印象にはなかった。まぁさすがに出会った人全員の霊力なんて覚えていないので仕方ないか。
「失礼ですが、どこかでお会いしていましたでしょうか」
「いえ。直接面識はないですよ。ただ、俺の本丸に穢れた呪具が持ち込まれて俺が気を失った後、呪具の発見と浄化をしたのがあなただと石切丸が言うもので」
 その言葉に瞬きし、石切丸に視線を送る。確かに呪具の浄化やなんやという任務はこれまでに何度か受けたが、直接本丸に乗り込み発見と浄化というのはそこまで多くはない。国広が大反対するので。
 それで本丸の主と会っていない、となると……
「……なるほど。ああ、香炉の」
「覚えておいででしたか。その節は本当にありがとうございます」
 にこり、と目元しか隠していない仮面の下で、審神者である男の口元が笑みの形に緩む。確かあの本丸は見習いに持ち込まれた香炉により刀剣男士たちの動きが鈍り、自我を消失させられる手前とひどく危険な状況にあった本丸だった筈。その主もまた穢れにあてられ先に病院に搬送されていたので、確かに顔を合わせてはいなかった。石切丸はいたかもしれないが、どうやら面をつけた私でもわかるほどその霊力の印象は彼にとって強いものであったらしい。私からもと石切丸に礼を言われて、こちらの刀剣男士も先ほどの礼を言ってとお礼合戦になり、やがてふっと空気が緩んで苦笑する。
「今日はどの会場で? ちなみに俺たちは第七会場です」
「うちは第五ですね、残念です」
「それは残念だ。……ところで。最近演練会場で、山姥切長義を連れた審神者に絡む馬鹿な輩が出没しているそうです。あの任務は任意と聞いて辞退した本丸が、後になって騒いでいるようですね。どうぞご注意を」
 その言葉に、私のすぐ横にいた長義と国広が不愉快そうに僅かに空気を変えたことに気付く。特に長義は、そんな理由で山姥切長義が配属した本丸に絡む審神者がいるなど面白い話ではないだろう。
「……そうでしたか。情報、感謝します」
「いつか会えるかもと思ってこうして演練に通っていましたが、お会いできてよかったです。今日は残念ながら会場は違うようですが、またお会いできる時にはぜひお手合わせを。よろしければお見知りおきください」
「その際はお手柔らかにお願いしますね」
 穏やかに会話をして時間だと急ぐ審神者に手渡された紙を受け取り、その背を見送る。手元の紙を確認すれば、どうやら連絡用IDらしい英数字と審神者名が並んでいる。これは審神者専用の連絡手段に使うもので、これがなければ本丸間での連絡はできず、その管理も厳重だ。万が一にも落とせないな、と判断して素早く端末のロックを解除し、審神者本人でなければ入れないシステムを通過して連絡先を登録する。残った紙は焼却だと傍に在った無人の喫煙室に足を踏み入れ、火をつけて灰皿に落とす。
「主、終わったか」
「うん、大丈夫」
「連絡するのか?」
「ううん、お見知りおきを、って言われただけだし、まぁ必要があればいつかね」
 そうか、と淡々と返す国広を引き連れて、喫煙所の外で待っていた刀たちと合流する。

「お待たせしました。さ、行こっか」



 演練は順調に勝ち進んだ。堀川、後藤、五虎退、小夜は極めてから長く、練度も高い。長義も太郎も士気が高く、危なげなく四試合が終了した。だが最後の五試合目は随分と練度の高い極短刀六振り編制にまず太郎が落とされ、続いて長義、そして堀川を戦線崩壊に追い込まれる。後藤、五虎退、小夜も最後まで食らいついたが、結果は敗北。戻った全振りがそれぞれ落ち込むのではなく次に繋ぐための反省点と意見を言い合う中に混じり話し合った後、無事に全予定を終了した第五会場午後第二部の審神者と護衛刀剣で集まって挨拶を交わす。二番目に戦った本丸の審神者がサニワ名様をお見かけするのは久しぶりですね、と言うのに思わず苦笑し、しばらく参加しなかった理由はさらりと流す。
「ところで、サニワ名様はご結婚なされたのでしょうか」
「いいえ。この髪のことをおっしゃっているのでしたら、誤解ですね。実はどうやら新しく仲間になった山姥切長義ととても霊力の波長があうようで、手入れで霊力を消費しすぎた際にそばにいた彼との軽い接触で大量の霊力が流れ込みまして。その際少しばかり神気も取り込んでしまったようで」
「そうでしたか。そういえばそんな事例を前に報告書か何かで読んだなぁ」
「確かその事例では、一気に審神者の神気侵蝕度が跳ねあがってこんのすけから政府に通報されたんでしたか。実際はただ霊力の相性がよかっただけとあって定着せず抜けたらしいですが、肝が冷える話でした」
「そのようなお話、この場ではお控えを」
 私の説明で盛り上がる他の審神者の会話を、護衛もいるのだからと他の審神者が止める。そうでしたな、と苦笑して話題を変える審神者たちは悪気なく、恐らく神隠しを強く警戒するタイプなのだろうなと考える。非常に稀な例ではあるが、ごくごく僅かに発生しているようだから、それも仕方ないことなのだろう。……私とは無縁の話題なので、ボロを出さぬようさらりと流すしかない。
 しばし話した後、解散となって己の刀剣男士の元に戻ると、長義がそわそわとこちらを見ていることに気付く。恐らく髪のことで私が何か言われはいないだろうかと心配していたのだろうが、にこりを笑みを向ければほっとしたように強張っていた表情に笑みが浮かんだ。……可愛い。
 さぁ帰ろう。そう言って第五会場を出たところで、私は肌を撫でるような『澱み』に気づいて足を止めて振り返った。
「主さん?」
「大将、どうした?」
 すぐそばにいた堀川と後藤が不思議そうにしたものの、すぐその表情が強張った。その時には既に、国広と長義が私の両脇から前に移動し、そして私の視線の先に気づいた太郎が私を背後に隠そうとするのを、やんわりと腕を掴んで止める。

「ねえそこのあなた」

 そこには、女審神者が一人で立っていた。護衛もなく一人で出歩くことは、例え演練会場と言えどあまり推奨されていないことだ。

「どうして山姥切国広を護衛としながら、その刀の色に染まっているの」

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