十五話(長義side)



「演練?」
「うん。連隊戦も終わって報酬も全部もらえたし、うちではある程度戦場で強くなってから連れていくことが多かったんだけど、ここ最近顔を出してなかったから」
 長義はまだだったからね、という主は部隊長に太郎太刀の名を記した編成表を長義の前に差し出した。名を記されているのは、長義、堀川国広、後藤藤四郎、小夜左文字、五虎退。半数が極めた短刀で、あとは脇差と打刀、そして極めたばかりの大太刀の編成だ。護衛は、山姥切国広。
 次は豊前も連れて行こう、と話しているところを見ると、避けていた演練に本格的に取り組むつもりらしいと長義は察して編成表を手に取る。
 主が演練を避けていた理由は周囲からある程度聞いている。今はもう捕まった、万屋でも主に絡んでいたあの政府役人の男が演練会場での仕事を主に担当していたのだと言う。
 刀剣男士が殺気立つ程主にしつこく接触を繰り返し、他の審神者の目から見てもハラスメント行為を心配する声があがったことで、担当が理由をつけて演練の一時免除を提案したらしい。あの男にある程度地位があり、決定的証拠を押さえられなかったことで主が耐える選択肢となったらしいが、あれももう捕まった。今思い出してもぶった斬ってやればよかったと腹立たしい話だが、審神者に不当な接触や要求をするのは重罪だ。今頃さぞや、とその先を考えてなんとか溜飲を下げ、話を聞いた時は丁度他の刀と飲んでいたからと酒で誤魔化した感情がじわりと胸の奥で燻る。
 初期刀は主が出る時必ず面か面布で顔を隠せと言っていたことを思い出し、ちらりと長義は書類を纏める主を見つめる。その一房変わってしまった髪色が余計な蟲を遠ざけるか呼び込むかはわからないが、守らねば。……護衛刀は別にいるけれど。そう考えながら編成表を机に戻した長義はさっそく今日の午後行くのだというその予定に了承を返し、腰を上げると丁度立ち上がろうとしていた主の頬に手を滑らせた。今はまだ着替えて簡単に身支度を終えたばかりだろう主はどこか無防備で、ここにいるのが己でよかったと長義は喉を鳴らす。大晦日に主の私室がある離れに越してきてから、共寝したのはたったの二度。元旦の夜と、昨日だけだ。連隊戦の間は忙しすぎて隣室でありながらそれぞれ別に眠ったのだが、夜この腕に温もりを抱き、朝日と共に初めに視界に入れるのが愛しい者であるというのはなんとも心に充足感を与える。残念ながらまだ直接熱を交わせる程霊力が馴染んではいない為ある意味で生殺しを味わっているわけでもあるが、長義が頬に触れるだけでじわじわと赤く染まる頬と揺らぐ瞳を見ていると、まぁ今はこれでも構わない、と知らず笑みが浮かぶ。
 主と共に眠った寝室の隣にある主の私室に入ることを許可されているのは己だけだ。その空間で仕事の話というのはなんとも主らしいが、それが主で、そして今の反応は悪くない。

「今日は面をするのだろう」
「え? ああ、うん。そうだね」
「あの元旦に作っていた桜の髪飾りがあっただろう。あれを使って俺が髪を結わえてもいいかな?」
「えっ、長義がやってくれるの?」

 ぱっと顔を上げた主はそのままいそいそと髪飾りを収めた箱から一つを手にとると、長義の方へとおずおずと差し出す。この本丸の主は己の霊力と馴染みがいいという理由でレジンを使った小物をよく作っており、呪符と似たまじないを仕込んではため込んで戦に備えているのだが、今手に取った桜の髪飾りは元日の夜、興味を持った長義と共に作ったものだった。右から左かけて並ぶ桜の色が薄紅から淡い青へと変わるレジンで作った桜は中に封入した小粒の石やさりげないラメのせいか派手過ぎず落ち着いた美しさに仕上がっており、そこにたっぷりと長義の加護の気が閉じ込められている。細い銀のチェーンが垂れ、横で青いチャームが揺れる桜のバレッタは、ほぼ主が細部の調整をしたとはいえ初めて作ったにしては非常に満足のいく出来で長義も気に入りの品だ。
 主が身に着けるのならばそれなりのものでなければとも思うが、普段から刀剣男士のお守りまで手製していた主はさすがに慣れていて売り物と遜色ない出来である。指先で撫でながら後ろを向く主を待っていた長義は、主さんを可愛くしてあげてね、と乱藤四郎に教えられたヘアアレンジの中からできそうなものを頭の中で選んで指通りが良く柔らかい髪に櫛を通す。乱に教えられたこと自体は覚えているが、実際己では扱ったことのないヘアスプレーなどを主に尋ねつつ、難易度が高くない筈の雑誌の写真を思い出してねじった髪をハーフアップで纏め、慎重に整えながら結わえた個所にバレッタを宛がう。うん、いいだろう。細いチェーンが絡まぬよう指で整えてそっと髪の間に差し込みぱちりと止めた長義は、くるくると見回して満足気な笑みを浮かべる。鏡で確認した主が嬉しそうにありがとうと笑うとつい、またやってあげようと口にしてしまう。持てるものこそ与えなくては。この技術は中々に面白い、乱にまた尋ねてみるのもいいだろう。
 
 主が立ち上がるのに合わせて立ち上がった長義も自身の装束を確認し、先に扉を開けて外を確認し主を促す。この離れに曲者が入り込むことはないだろうが、これは執務室での仕事を手伝うようになってから自然と癖になってしまった行動だ。それを受け入れた主は、部屋を出ると同時に空気が変わる。ふわりふわりと笑みを浮かべていることが多い主だが、私室ではやはり気を抜いているのか、僅かでもその差を感じることができるこの瞬間が長義は好きだった。


「本日午後より演練に参加する。出陣組も含めて編制は各自当番表確認してくれ」
 食事の前に総隊長の国広が口にすると、ほんの一瞬広間に集まった刀たちがざわめいたが、それはすぐ普段の喧騒と変わらないものとなる。
 朝食は希望者も多いことから和食になることが多いのだが、今日も白米に味噌汁、漬物、焼き鮭、和え物と並ぶ膳を手に適当に空いている席に長義が座ると、その隣にいそいそと腰かけたのは乱だった。

「ね、山姥切さん。主さんのあのバレッタ作ったの、山姥切さんでしょ? 可愛い!」
「ああ、といってもほとんど手を加えたのは主だけれど」
「器用だからねぇ主さん。でも加護を感じるし、何か色が山姥切さんって感じ! あれ、色を選んだのは山姥切さん?」
「え……」
 きょとりと目を瞬いた長義はバレッタの色を思い出し、はっとする。薄紅から青へのグラデーションが自然にかかっていた為夜桜のような印象を受けていたが、青も、そういえば全体的に己の纏う色と似ているのではなかったか。桜を彩る僅かな金に、銀のチェーンと青い石。ひとつひとつを思い出した長義が頬に熱が昇るのを誤魔化そうと唇を引き結ぶが、ひらり、と僅かに桜が舞って勝手に想いを伝えてしまう。もしかして、と目を瞬いた乱は「主さんなの?」と楽しそうな笑みを浮かべる。
「そうなる……かな」
「へぇー、あの主さんが……ふふ、ごちそうさま!」
「これから食べ始めるところじゃないか」
「あ、そうだった、いただきます!」
 いただきます、そう続けた長義も箸を手にとり、ちらりと部屋の奥、上座に座る主に視線を向ける。恋仲とはいえ長期遠征以外の全員が揃う朝食の席では長義は主の隣に座ることは少なかった。今は何を話しているのか太鼓鐘の隣で照れたような笑みを浮かべる主は楽しそうで、長義はそれに以前のように燻る想いを抱えることなく美味しい料理に舌鼓をうつ。ヘアアレンジも上手くできてる、という乱にまた教えて欲しいと言えば、雑誌をいくつか持っているのだという乱は加州や次郎にも声をかけておくと張り切った。この本丸で基本的に普段の主の装いの相談に乗っていたのはその三振りだそうで、燭台切さんと歌仙さんは止まんなくなっちゃうから前日からとかじゃないと駄目なんだと時折長義がまだ知らない話を挟みながら話していた乱は、食べ終えると今日は食器を洗う当番なのだと言って長義に手を振り去っていく。長義も後に続こうと腰を上げると、あの、と声をかけてきたのは五虎退だった。五虎退と言えば、こうして一対一で話すのはあの万屋に出かけた日以来である。

「どうしたのかな?」
「今日、演練で一緒だと、国広さんに聞いたんです。えっと、注意しなきゃいけないことをお伝えしようと思って」
「注意……?」
 確かに長義は演練に参加することは初めてだが、何か難しい手続きでもあるのだろうか。演練会場では受けた傷はすぐ回復するだとか基本的なことは知っているのだけどと疑問に思うも、ここを離れようとする五虎退を不思議に思い促されるがままについていくと、ちょうど五虎退の大きな虎が身を寄せていた庭の一角にある大きな石の傍で五虎退は足を止める。

「えっと、主様からじゃなくて、僕たちが気を付けてること、なんですけど」
「へぇ、……主の身を守ることに関することかな?」
 五虎退の切り出し方で納得がいったと推測を言えばぱっと笑みを浮かべて頷いた五虎退が、指折りいくつか注意事項を上げていく。
「そうなんです! えぇっと……演練会場ではいっぱい他の審神者さんたちがいるんですけど、主様はとっても声をかけられやすいので、お店とかもいっぱいあるんですけど、基本的に僕たちはあまり離れないようにしてるんです」
「……声をかけられやすい? それは、面をしていても、ということかな」
「はい……その、主様は、審神者の練度? が高いので、少し目立っちゃうなって言ってました。演練会場では、一日に二度登録ができて、登録のたびに対戦相手が五組、端末に表示されるんですが、対戦相手の審神者名が見れるので」
「そうか、覚えられている、ということか」
 つまりある程度知名度がある審神者がどのような人物か、いろいろな思惑での接触がある、ということだろう。相手もまた刀剣男士を連れた審神者なのだから滅多なことはないだろうが、中にはブラック本丸を作り上げる者もいる。警戒するに越したことはないかと長義が頷くと、五虎退はさらに具体的に、暗黙の了解とも言える彼らの具体的な動きを説明してくれた。曰く、基本的に極短刀が一振り以上護衛もしくは演練メンバーとして選ばれることが多い為、極短刀一振り、そしてそれ以外の刀も必ず一振り主の傍に控えるらしい。演練中は護衛の刀剣一振りになるが、とにかく主を一人にしないことを徹底しているのだ、と。またどのような友好的な審神者や政府職員が相手でも主は演練会場では絶対に飲食物を口にしない為、自分たちも勧めることはしないのだと聞いて、少しだけ眉が寄る。
「それは過去に何かあったということかな?」
「えっと、その……コーヒーを、かけられたことがあって。それがひどく、穢れていたんです。肌に触れたのは少し、だったけど、穢れを受けた主様はとっても苦しそうにしていて、あ、その時飲んだわけじゃなかったんですが、それ以来皆気を付けるようになっていて」
「なっ、穢れ!? なんでそんな」
 その、と五虎退が泣きそうな顔で言い淀む。この様子ではその場に五虎退はいたのかもしれない、と長義がそのコーヒーをかけた相手とやらに煮えたぎるような怒りを感じながら考えていると、さくりと草を踏みしめる音が耳に届く。今度は気配を絶つことはなかったようで、近づいて来たことを把握できた長義はゆっくりと後ろを振り向いた。
「まだ霊力の扱いに慣れていなかった主が呪具で操られていた刀剣男士を無意識に浄化し解放してしまって、それに焦った元審神者見習いが喧嘩を吹っかけて来たんだ。取り乱して手に持っていたコーヒーに溢れた穢れが移るほどに既に堕ちていたんだろうな、それを怒りに任せて投げつけられたんだ」
「……へぇ? つまり偽物くんはその場にいて主を守れなかったのか」
「……そうだ。あの日俺は護衛として演練会場にいながら、主を守り切れなかった。二度とあんな真似をするつもりはない、が、」
「でも! 総隊長はあの時主様を守ってそのコーヒーをいっぱい浴びちゃって、大変だったんです! 水滴が全部は防げなくて、その」
「……そう。その見習いとやらは当然捕まったんだろうね?」
「ああ、すぐに確保されている。今はもう主も穢れに対し対策をとっているが、やはり飲食物は避けている。出店も多いが、演練会場は万屋より苛立った者も多いからな、俺たちはあまり利用しない」
「わかったよ。他には何かあるのかな?」
 五虎退に視線を向ければ、ええと、と考える様子を見せた五虎退は、ふるりと首を振った。どうやら新刃にはこうして誰かが伝えることで警戒を促していたらしい。それで、と長義が視線を上げると、伝えてくれて助かったと労った国広に「はい!」と返して元気よく去っていく五虎退を見つめていた国広の表情が変わる。
「本歌に、桔梗殿からだ」
「は? 文……? 俺に?」
「そうだ。あの離れに文を連絡手段とした桔梗殿とのやり取り専用の特殊な転移装置があるんだが、そこにさっき届いていた。他の書類に紛れていたんだが、主に見せず読んだら燃やせと」
「ふぅん、見せず、ね。燃やせとはまた、随分な警戒のしようだね」
 まだ封の開けられていないそれを開封した長義は、さっと目を通して眉を寄せるとそれを握りつぶす。
「燃やすなら厨より執務室にある専用の皿を使うといい。火事にならない。主も今ならまだ伽羅と刀装作りに行っている筈だ」
「……ああ、あれね」
 わかったよ、と長義が歩き出すが、国広はそのまま後には続かず別の方角へと足を踏み出した。それに気づいた長義は一度振り返り、声をかける。

「内容は気にならないのかな」
「あの男が主に言うなと連絡を寄越すタイミングは大抵主が無茶をする可能性がある時だ。主を守れるならそれでいい」
「今日の護衛刀はお前だったと思うが」
「そうだな。なんだ、演練のことか。必要なら、本歌が言うと思ったんだ」
「お前ね……はぁ、当然だろう。忠告は俺に欲のある目を向ける審神者に気をつけろ、だそうだ。演練で山姥切長義を連れた審神者に絡む審神者が稀に出没しているらしい」
「……ああ、そうか。把握した」
 それだけ伝えると、長義はすぐさま歩き出す。わざわざ桔梗が伝えて来たということは己の色を纏ったあの一房の髪はどうやら余計な蟲を呼ぶ可能性が高そうだと判断し、長義はくそ、と小さく吐き出して、主が戻る前にと執務室への道を急いだ。

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