十三話


 今年も無事年末を迎え、十二月三十一日の今日、既に新刀も迎え順調な連隊戦を一時中断し、我が本丸は総出で大掃除という仕事と向き合っている最中だ。正確に言えば昨日の午後から出陣回数を減らしており、今日は午前に一度通常の戦場に出陣したのが今年最後となった。
 各自自室の掃除は昨日から取り掛かっており、このタイミングで部屋替えを希望する者もそこそこいる。この一年で同じ刀派や古馴染みと再会したり本丸内で仲良くなったからと近い部屋や同室を希望したりという要望は案外毎年あるものだ。
 早いうちに自室を終えた面々も割り振られた掃除場所を真剣に掃除している。終われば声を掛け合い、普段サボリがちな面々もこの日ばかりは随分と忙しなく動き回っていた。それもその筈、終わらなければ、年越しの宴が始まらない。三ヵ月も前からこの日の為に発注していた寿司やピザ等の出前も夕刻には届く予定だが、厨を取り仕切る者たちは「そればっかりじゃ飽きちゃうし華やかにいかないと」と張り切っているようで、それが全員のやる気に繋がっているのは間違いないだろう。暗黙の了解で自室と厨以外の掃除当番を免除された数振りは昼を過ぎた今既にある意味で戦場と化した厨にいるのだろうな、と考えつつ、私もせっせと執務室の掃除に精を出していた。
 この場にいるのは初期刀の山姥切国広、そしていつも近侍を務めてくれる薬研藤四郎、大倶利伽羅の三振り。去年と同じメンバーが今年使用した紙の書類を丁寧にまとめ、資料室に移動すべくせっせと動き回ってくれている。私もせっせと目が痛くなるような細かい文字ばかりのその書類を選り分けていたのだが、そこに顔を出したのは朝からずっとこの場にはいなかった新たな近侍メンバーに加わった一振り……山姥切長義だった。彼は伽羅に厨で光忠が呼んでいることを告げると入れ替わりで執務室に入り、私の前に膝をつく。

「主、終わったかな?」
「んー、もうちょっと……長義は?」
「あらかた運び終えたかな、荷物はほとんどないからね。鍵を返しておくよ」
「うん、お疲れ様」
「長義の旦那、こっちの書類は移動だ、箱詰め手伝ってくれ」

 受け取った鍵は離れのものだ。そう、彼は部屋の引っ越し組の一振りであり、その移動先は……私の住む、離れの二階の一室である。これまでも近侍を務めていた三振りが離れの一階に出入りし自室といってもいい状況ではあったが、彼らは本丸内にもきちんと自分の部屋を持っていた。完全に移動しそれを明言した形となったのは長義が初で、そしてそれは数振りの仲間の言葉によって実現したものである。曰く、「夫婦なら同じ部屋で寝起きしたほうがいいだろう」という……ある意味、誤解ではあるが訂正できないとある事情によって、まだ想いを通わせ、恋仲となったばかりの長義は私の住む離れの二階へと自室を移すことになったのだ。主の子と遊ぶのが楽しみだという言葉は全力で聞かなかったふりだ。
 そもそも私としては本丸の面々に長義が恋人になったことを公言するつもりなどなかったのだが、想いを交わしたあの日、ただ一度のキスで私と長義は思った以上に霊力が混じり合ってしまい、まるで……その、もっと深い関係だと言わんばかりの変化を定着させてしまったのである。長義は他の刀以上に私の霊力をかなり纏わせているようだし、私からも間違いなく長義の神気を強く感じ取れるらしい。もっと言うなら私の髪が一房銀色に変化して戻らないのだ。これは神嫁となった審神者によく現れる変化で、当然刀剣男士たちも一目見て何があったのか判断し、そして私はそれを否定できずに曖昧に笑ってほぼ肯定する羽目になったというわけだ。真実を知っているのは今この執務室にいる三振りと伽羅のみで、否定するとなると私はまだ開示許可のない自分の正体を刀剣男士たちに説明する他ない。いきなりでごめんなさいと頭を床に擦りつける勢いで長義に引っ越してもらうことになったわけだが、まだ来て間もない長義が他の皆と部屋が離れてしまったことは本当に申し訳なさでいっぱいだ。何も問題はないよと笑ってくれた長義はそれなりに他の男士とも交流を持ってくれているようなのだが、全て彼頼みである。ほんと申し訳ない、ごめんね隠し事多い主で……。

 あの日は霊力の交わりを隠し通せないとわかるやいなや、私が本来ただの人の子ではないと知る三振りが自室の下、離れの一階に恐らく今か今かと待っているだろうことを思い出し、長義と二人頭を抱えることとなった。私のことをどこまで三振りが知っているのか確認した長義も頭を悩ませ、俺が手を出したことにすればいいと手が早すぎるという汚名をひっかぶってまで私を庇ってくれようとした長義に首を振り、私は私の体質について三振りに説明することにしたのだ。
 神であることや使命については説明していたが、実は人の子に擬態した時安定させる為に柱となる者が必要だったこと、そして私が複数名伴侶を持たなければならない立場であることは隠していた。後者については言うつもりはないが、今まで薬研にも「霊力を人の身に定着させるのにどうしても必要なもの」として説明していた薬が、実は柱となる相手がいれば減らすことができること、そしてその為の手段については言わずにいたのだ。だってそんなことを言えば、確実に彼らの中に自分を犠牲にするものが出る。自意識過剰ではなく、それほど彼らに心配をかけた自覚はあった。理由があったとはいえ、気まずいどころの話ではない。
 だがそのせいで実は薬研に桔梗との接触を見られており、とんでもない勘違いをされていたと長義に聞かされた時は悲鳴をあげかけたが、身から出た錆である。
 結局降りた瞬間三振りは固まり、国広から「は、え、もうまぐわったのか」というド直球な質問に全力で「違う!」と叫んだ私は、自身の霊力を安定化させるために柱をしてくれていた桔梗のこと、長義が今は柱であること、霊力の相性が良すぎて、薬で押さえつけていた反動か霊力と神気を取り込み過ぎたらこうなったのだと説明することとなった。表情を変えず「で、本歌とは恋仲になったのか」とやはりド直球な質問を国広が繰り出したが、そちらには「そうだ」と前に出た長義がきっぱりと肯定を返し、私は長義の背の後ろでおめでというという祝いの言葉を聞くことになったのだ。
 その後すぐに二階からピロピロピロピロと通信を知らせる通知音が鳴り、桔梗だと察した長義に送り出され私のいないところで話し合った四振りは、平安刀もいるから問題ないという結論で翌日私と長義が恋仲になったのだと普通に朝食の席で告げ、遅れて部屋に入った私と長義は阿鼻叫喚の只中に突っ込むこととなった。連隊戦前で出陣予定が詰まっており、その場では時間がなかった為に追及されることはなかったが、私が執務室で短刀たちにあれこれ質問されている間に「来たばかりとはいえ弱くちゃ主は守れないからな!」と長義がぶっ続けで手合わせに呼ばれ夜に赤疲労で顔を出したことに驚いたのは余談である。

 あれから連隊戦が始まって忙しく、長義との時間はほとんどとれていない。第一部隊隊長の彼は毎朝顔こそ合わせるが、恋人らしい雰囲気には一度もなっていないのだ。長義は人目があるところでは絶対にそういった様子を見せないし、私も求めていない。今は戦時中、恋をすることが悪であるとは言わないが、うつつを抜かすことは避けねばならない。やるべきことはきっちりやる、その上で長義と向き合っていく。そう決意を新たに担当していた書類の整理を終え息を吐くと、本歌、と国広が長義を呼ぶ声が聞こえた。

「手伝ってくれないか」
「はぁ? お前もうそれ終わるだろ」
「ああ、だがまだ俺と薬研はこの後掃除の進歩状況の確認にいかないといけなくてな。だから離れの掃除に手が回らない。俺たちが使っている一階は掃除は終わっているんだが」
「へぇ、まぁ、かまわない」
「主、資料室はまだだと言っていただろう。離れの資料室に持っていく書類も本歌に頼んでくれ、これだ」
 そういうと、どさどさと段ボールを三つ程積み上げたその音の重さに長義が僅かに口元をひきつらせたが、まぁいい、と軽々とそれを持ち上げた長義をすごいなと見つめたところで、「主、鍵」と国広に言われて慌てて立ち上がる。そうだ、さっき受け取ったんだった。
「行ってくるといい、一時間半後顔を出す」
 そう国広に耳打ちされて、これが彼の気づかいであると察して思わず「えっ」と声を上げる。にやりと笑った薬研にひらひらと手を振られ、国広に背を押された私はわたわたと部屋を飛び出し、先を歩く長義を追いかけたのだった。
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