これはきっと愛ではない | ナノ


 ヒロトの様子が可笑しいと感じたのは、私達への態度が以前と変わった時だった。数年前に比べて身体は成長期を迎えていたけれど、中身はまだまだ子供な私達は、誰よりも父さんの寵愛を受けるヒロトが嫉ましくて仕方なかった。例えどんなに上手く絵を描いても、テストで良い点数をとっても、一番誉められるのはヒロトだったから。それは元々彼が持つ才能に含めて、一重に彼の隠していた努力の結果なのだろうけれど、幼い私達はそんな才能も待遇も全て許せなくて、彼との間に一線を引いていたのだった。

 一線なんて言えば聞こえは良いけれど、簡単に言えばそれは只の苛めの様なものだ。小さな頃は分け隔てなく遊んでいたというのに、心に芽生えた小さな嫉妬の存在を知ってからというもの、彼が近付いてきたら皆が避けたり、話し掛ける事も減り、話し掛けられた時の応対すら冷たくなった。そんな私達の変化にヒロトは最初辛そうに顔を歪めていたけれど、徐々に自ら関わろうとする事を止めた。そしてそれがまた面白くない私達はある日、大人たちから立ち聞きした噂話をヒロトに伝えたのだった。


「んだよ、あいつ急に走り出しやがって…泣いてたか?」
「いいや、泣くならまだ可愛げがあるだろうに」
「…だが、なんだか様子がおかしかったぞ」
「何言ってんだよ風介。俺等は事実を教えてやったんだぜ」
「でも言い過ぎなんじゃ…」
「煩いリュウジ、黙れ」
「す、すみません…」
「玲奈、言い方がキツい」


 吉良ヒロトという存在を知った私達は、基山ヒロトという人間が、いかに可哀想な人間かという事を知った。愛されたのは身代わり人形としてで、周りからは冷たくされる日々。偽物には偽物しか与えられない事を知った時は実に愉快で、胸がスッとした様に満足感に満ちていた。思い返せばそれは当時の私達の心の貧しさを表していたのだが、何よりも気になったのは書斎へ向かったヒロトのその後だ。普段は余裕綽々な彼が少しだけ驚いた顔をして走り去ったのだ、本物のヒロトを見た時はどんな表情をするのだろうか…好奇心は、私の足を彼と同じ方向に動かした。

 しかし私が書斎で見たのは、泣いているわけでも怒っているわけでもないヒロトの姿。吉良ヒロトが写ってるであろう写真立てを手にして、同じ顔した彼に向かって微笑んでいるのだ。私はそれに、心底深い恐怖に似た感情を感じたのを今でも覚えている。まるで慈しむ様に穏やかな表情を浮かべた彼は、その日から急速に何かが変化していった。


「やぁ晴矢、今日も風介といがみあっているのかい?所詮同じ程度のレベルだって気付いたらどうかな」
「玲奈、君はどうしてそんなにキツく人を咎めるの?…あぁ、自分より下を見てないと不安で仕方ない人間だったんだっけ」
「緑川って本当弱いよね。技術云々もだけど、君にはもっと大切なものが無いらしい。ほら、プライドとかさ」
「ねぇ風介、君もそう思わないかい?まぁ君が一番利己的で甘えたなのは知ってるけどさ、見せかけだけなら君が一番知性があるだろうし」


 その顔に優しい微笑みを浮かべながらも、確実に人の心をズタズタにする言葉の羅列を発する彼は、更に孤立をしていく様に見えた。皆彼を気味悪く思ったり怒りを抱いたり、様々な態度を示しながら彼から離れた。私もこんな風に言われて腸が煮え繰り返る気分になったが…私と周りの者との違いは、それでも彼が気に掛かったと言う事だった。こんな奴は酷い扱いを受けて、罪人の様に裁かれたら良いと思う傍らで、稀に見せる昔の彼の表情や優しい声が頭に過って、理由のわからない胸の痛みに苛まれるのである。気が付かない内に追い掛けている自分の瞳も、下らない思い出を忘れられない脳みそも、いっその事取り出せば楽になるのだろうか…なんて、我ながら馬鹿らしい事を思い浮かべては小さく嘲笑った。



 これはきっと愛ではない
(視線の先に居るのはお前か、彼か)


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