身代わりの初恋 | ナノ


 小さい頃から誰よりも父さんに愛されている自覚はあった。ヒロトと名付けられたその日から、父さんは俺に対して実の息子の様に接してくれていたし、他の子達より沢山名前を呼んでは遊んでくれていた。俺はそんな父さんが大好きで、父さんが望む事は何でも答える様になった。

 それと同時に、俺は二つの事にも気付いていた。父さんが俺をヒロトと呼ぶ度に、今まで何の隔たりもなく過ごしてきた友人達との間に小さな溝が出来る事。小さな溝は月日が過ぎる度に大きく、深いものへと姿を変えていって、溝を越えた先からくるのは"嫉妬"や"憎悪"だとかいった妬みばかりになっていた。最初は理不尽なそれが辛いと感じていたけれど、だからといって父さんの寵愛を無下にする事なんて出来るわけもなく、自ら一線を越える事も他人に越えさせる事も止めた。

 もう一つは、俺を見つめるその目が俺を見ていないと言う事。それは寧ろ俺を通して誰か別の人を見ている様で、只の勘違いだと自分を信じこませた。だって父さんまでもが俺を見ていないのなら、誰を信じれば良いかなんて、わからないもの。チクチクと痛む胸を気付かない振りしていたある日、そんな小さな希望は偶然聞いた話によって儚くも打ち砕かれたのだった。


「知ってるか、父さんはお前の事なんてこれっぽっちも見ていないんだぜ?」
「父さんの書斎で見た写真に、お前そっくりな奴が居たんだ」
「瞳子姉さんの弟で、お父さまの実の息子ですって
「可哀想になぁ、お前はそいつの身代わり人形って事だ」
「…ヒロト、どうした?」


 "吉良 ヒロト"。俺と同じ名前で、父さんの本当の息子が居た。サッカー留学をしに海外へ行き、そこで不慮の事故によって亡くなったという。教えてくれた晴矢や風介や玲奈にはきっと悪気は無かったんだろう、あまりにも衝撃的な事実に俺は一瞬息が止まった。それと同時に胸の痛みやモヤモヤとしたものが無くなって、変わりに塞ぎきれない位の穴が空いた程、ポッカリとしていた。

 けれど、父さんが俺を通して見ていた人物は実の息子だった知った時、俺は怒りとか妬みとか、普段俺が友人達に持たれている様な感情を持つ事は微塵もなかった。何故なら急ぎ足で向かった父さんの書斎で写真に写っていた彼は、悲しい位俺に酷似していたからだ。この場合は寧ろ、俺が彼に似ていると言った方が正しいのかも知れないが。


「…やぁ、吉良くん。俺は基山ヒロト。君と同じ名前だよ。まぁ君によく似た僕に父さんが付けただけだから、同じなのもわかるけどね。ねぇ君は何でそんなに笑顔なの?嬉しいから?ずっと父さんの心を独り占め出来て。でも昔からよく言うよね、死んだら元も子も無いって。…ねぇ吉良くん、僕は生きてるけど君と同じなんだ。あの世がどうなってるか知らないけど、君は多分一人で死んだんでしょ?僕は今一人なんだよ。生まれてからお日さま園に来て、父さんに名付けられて成長した現在まで、ずっと一人。面白いよねぇ…同じ顔と名前のドッペルゲンガーみたいな二人が、片や生きてて、片や死んでて、同じ境遇に居るなんて滅多無いよ。それに何万分、何億分の一のこの確率に加えて、僕はどうやら君を嫌いになれないんだ。可笑しいかな?…ううん、君は可笑しいなんて思わないよね。だって君は僕で、僕は君なんだから、さ。」


 小さな写真立てを手にしながら紡いだ言葉は、紛れもなく吉良ヒロトくんに対してのメッセージ。端から見ればどう映っているかなんて興味は無いけれど、父さんはきっと喜んでくれるよね、だって息子が息子と仲良く話しているんだから。写真の中の動かない彼に負けない位の笑顔を作ってみたけど、彼の顔が歪んで見えるのは、何故だろうか。



 身代わりの初恋
(崩れていく音は誰のものか)


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