嘘も方便ってね! | ナノ


 白い線を通じて耳から脳内へと流れるサウンドは、ディランも好きなバンドの新曲だった。日が少し暮れてきたストリートをウォークマン片手に歩く自分の姿は、きっと騒々しいこの町によくいる人間の一部として溶け込んでいるのだろうか。なんて頭の片隅で考えながらも勝手に動き続ける体と裏腹に、気分はどうにも優れなかった。

 一体いつもと何が違うんだろうか。そう首を傾げながら、隣に居る親友にモヤモヤを解消させたくて尋ねれば――あぁ成る程、この不思議な違和感の原因は彼の不在のせいだったのだと気付く。"今日はカズヤに用事があるから先に帰ってて!"なんて、練習終わりに声かけた瞬間に言われた時はきっと酷い表情をしていたんだろうな。どうやって返事したのかも、ちゃんと笑えていたのかすらもわからないんだから。想像以上に子供な(というか女々しい)自分の思考に、思わず苦笑いを溢した。


「…つまんない」


 暦的には春目前だと言うのに、最後の足掻きの様に吹く冷たい風に身を震わせ、首に巻いたマフラーに鼻先まで埋めて呟く。一人という気を紛らわす為に流していた音楽も、考えてみればディランと一緒に"あぁでもない""こうでもない"と下らない会話をしなくては何の意味もない雑音だ。一人で歩く道のりは、時間が遅く流れている気がした。

 イヤホンを外して電源を切ったウォークマンの代わりに最新式のタッチパネルの携帯を取り出せば、冷たい指先でいつ来ていたかわからない未読メールを開いた。…思えばこの携帯も機械音痴で流行りもわからない俺の為にディランが使い方講座を開いてくれたものだ。今では一人でメールの作成や確認、電話機能を使えるようにまでなったが、それ以外はディランが居ないとわからない(我ながら少し情けないが)


「あ、ディランからだ」
『マーク今どこ?もう家についたかな:)』
「…後数ブロックで着く。ディランは用事終わったのか、っと」


 トントンと指先で叩きながら返信をすれば、1分もしない内に返事が来た。…なら早く帰ってね、って、どういう事だ。俺がした質問に対する答えは無いのかとメールを見返すも、残りは只の空白だけしかない。お前には関係無いって事なのか…?なんて、訳もわからず痛む胸と熱くなる瞳を知らんぷりして返事を打った。


『言われなくても帰る、カズヤと楽しんで来い』
『…マーク勘違いしてない?』
『どういう意味だ』
『んーとね、取り敢えず家に着いたらわかるよ』
『気になるから教えてくれ。ヒントもくれないほどディランは冷たい奴じゃないだろ?』
『…ならヒントを教えるね、今日は何の日だった?』


 その一言に1ヶ月前死ぬほど恥ずかしい思いをして気持ちを伝えた自分を思い出した俺は、ディランの家の隣にある自分の家への帰路を駆け出した。後少し、と、最後の曲がり角を曲がれば見慣れた屋根の色が見えて、それと一緒に目に飛び込んできたのは最も見慣れたアイガードをした親友…もとい恋人だった。


「っは、ディラン!」
「あ、おかえりマーク!」
「ただいま、ってそうじゃない!ディラン、カズヤとの用事は?今日一緒に帰れないって…」
「あぁその事なんだけど…嘘なんだよ。マークは一人だと歩くのゆっくりだから時間を稼ぎたくってさ!嘘ついてごめんね?」
「時間って、なんでそんな事」
「これを用意してたんだ…はい。これからも宜しくって言いたくてね」


 そういってディランが手渡してくれたのは可愛らしくラッピングされた小さな箱で、中身は俺と同様にカズヤから聞いたジャパンで言うホワイトデーのお返しだろう。1ヶ月前に親友から恋人へとランクアップした俺たちの、大切な日の思いがけないサプライズに俺はディランに抱き付いて、ありったけの気持ちを込めて呟いた。




 嘘も方便ってね!
(I love you…Thank you)
(ふふっ、You are welcome!)


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