今夜は月が綺麗に出ている。そうか、中秋の名月は今日だったか...。だからこの男は最近学園長にべったりだったというわけか、この、花より男子野郎は。
「何?見つめちゃって」
私達は木の枝に腰をかけ、二人して立派に満ちた月を眺めていた。夕暮れから始まった野外実習の真っ最中とは思えない。(気配はきちんと消してはいるが)
「いや、お前が最近学園長にべったりだった謎が解けた」
「あ〜、どうせなら美味しいお団子食べたいでしょ?俺頑張っちゃった」
何をどう頑張って手に入れたのかはあまり聞きたくないので聞かないことにした。
「で、その美味しい団子は手に入ったのか」
「入った入った!街で人気の有名な和菓子屋のお団子だって〜!庄ちゃんと彦四郎には先に渡してあげたんだよね〜。俺は実習だから明日食べるんだけど」
「お月見関係ないじゃないか」
お月様は明日も出るしいいじゃん、と全くもって風情の欠片もない言葉が返ってくる。そういうことじゃないだろう。
あは、と笑いながら勘右衛門は月を見上げた。目を細め、そしてまた口を開く。
「来年も見れるかな、お月様」
「?天気が良ければ見れるだろ」
「鉢屋と」
勘右衛門はこっちを見ない。月を見つめたまま。その眼はいつも自分の心の底を見せようとはしない。読めない。
「お前が落第しなければな」
「ひっどいなぁ、落第しても仲良くしてよ。って、まあ、めでたく順調に卒業できたとして、そしたらもうお前とこうして月を見ることもないじゃん」
卒業すれば皆バラバラの道を進む。一生会わない奴もいるだろう。それならまだ幸せだろう、敵として相対することになる現実は万が一、いや、もっと高い確率で存在する。
「もしさあ、鉢屋。卒業して、いつか俺と敵として再会したら、鉢屋は俺を殺す?」
やっとこちらを向いた勘右衛門の表情は、まるで何でもない質問をするかのようだった。
月がいつまでも光を放ち続けている。そろそろ兵助あたりが気づく頃だろう。私もあまり長居は出来ない。
私は立ち上がり、勘右衛門の左頬に僅かに手を添えた。
「勘右衛門、私はお前には手加減しないと決めているんだ。その時が来たら、私の手でお前の命頂戴しよう」
嘘などひとつもない。全て私の本心であり、きっとその時が来ても間違いなく有言実行されるだろう。
「そういうとこばかり、似ちゃって嫌になるね。俺もその時は鉢屋の命、頂戴させてもらうよ。ふふ、鉢屋、月明かりに照らされて、最高に綺麗だよ。息が止まりそうだ」
「ふ、そんな甘ったるい台詞言ってる暇に逃げとくんだったな。この名札は貰っていくぞ」
「....え、あっ!?ちょっ、俺の名札!!」
「本当に落第しないようにしてくれよ、じゃあな」
勘右衛門のいた場所から素早く去る。今夜はとても明るい。勘右衛門に言ったこと全て嘘偽りはなく、本気でそう思っている。しかし、そんな場面に出来れば遭遇したくないと願う私の情けない顔を照らし続ける満月から逃げるように森の奥へと走り続けた。
I love you.
2013.0920