一年ぶりに雪が積もった、ある寒い日のこと。
私は先輩の姿を探して、学園中を走り回っていた。
吐く息は白く、外気にさらした肌は氷のように冷たい。
こんな気温の中、七松先輩は二時間以上も部屋に戻っていないというのだ。


「七松先輩ーっ!どこにいるんですかーっ!」


叫んでみるものの、返事は返ってこない。
先輩、一体どこで何やってるんですか。
唇を噛み締め、視線を上へと移した。


そうだ。
屋根の上からなら、探しやすいかもしれない。
軽やかに飛び上がり、辺りを見回した。
見晴らしもいいし、これなら短時間で先輩を見つけられそうだ。


駆け出した私は、雪で滑らないよう細心の注意を払いながら、先輩の姿を探した。
そして、ようやく見つけることが出来たのは、それから10分ほど経ってからだった。


ぽつんと一人、屋根の上で膝を抱えている七松先輩。


「…先輩」


そう声をかけると、先輩の肩がかすかに跳ねた。
ゆっくりこちらを向いた先輩は、今にも泣きそうな顔をしていて。


「…滝…?」


今にも消え入りそうな声で、私の名を呼んだ。


「こんな所で、何やってるの?」
「それはこっちのセリフです!こんな寒い日にそんな薄着で…っ!」


駆け寄り、羽織っていた厚めの上着を先輩の背中にかけた。
ああもう、こんなに冷え切って…。


「朝から先輩の様子か変だって、中在家先輩が心配しておられましたよ」
「…そっか」
「…私も、心配しました」
「うん。…ごめんな」


力無く微笑んだ先輩。
明らかに、おかしい。


「…何か、あったのですか」
「ううん、何もない」
「なら、何で…」


何で、そんな悲しい目をしてるんですか。
眩しいほどの貴方の笑顔は、一体どこに消えたんですか。
そう問いつめたい気持ちを抑え、先輩の隣に腰を下ろした。


「…きれいな銀世界ですね」
「うん」
「今度、体育委員を全員集めて、大雪合戦大会でもしましょうか」
「うん」
「その後、みんなで一緒に風呂に入りましょう。冷えた体もあっという間に温まりますよ」
「…うん」


……先輩の手が、私の手に添えられた。
冷たくなったお互いの指を絡め合う。


「…なぁ、滝」
「何でしょう?」
「この雪が溶けたら、私はここを卒業するんだね」
「…そう、でしたね」

……卒業。
なんて、重い言葉なんだろう。
この冬が終われば、六年生の先輩はみんな卒業して、それぞれが全く違った道に進んで、もしかしたら、もう二度と会えないかもしれない。
もう二度と、先輩に会えないかもしれない。
…そんなの……嫌だ……。


「滝、私ね。今日一日ずっと考えてたんだ。」


先輩は淡々と、そしてどこか泣きそうな声で言う。


「この雪が溶けた頃、私は、私たちは、この学園から旅立って、新しい場所で生きて行かなくちゃいけないんだって。

そこでは、大好きなバレーも出来ないし、安心して背中を預けられる仲間もいない。おばちゃんのおいしいごはんも食べられないし、

それに……」


先輩は俯いた。
俯いて、私の手を握る力を強めて、そして、言った。


「…それに、心がボロボロで折れそうな時に、こうやって隣にいてくれる、滝夜叉丸がいないんだもんな」


…先輩は、泣いていた。
初めて見た愛しい人の涙は、とても透き通っていて。
それは、私にも伝染していた。


「っ…そんな事、言わないでください…!」
「うん…ごめん」
「ま、まだ一か月も先の事じゃないですか…っ!」
「…うん。そうだね。ごめん、滝」


ありがとう。
耳元でそう囁かれて、私の目からは栓が抜けたように涙が溢れ出した。
頬に出来たいくつもの跡を舐めとる先輩の唇が、私の唇と重なる。
優しく、啄むような接吻。
その場に押し倒された私は、先輩の首に手を回し、先輩の香りのする首筋に、額を寄せた。


「滝…さよならなんて、嫌だよ」
「っ…私もです…!」


…ああ、どうか、春よ来ないで。
いっそのこと、このまま時が止まってしまえばいいのに。








さよならのカウントダウン

whitten by nadeshiko

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