誘われるまま入ったのは寂れたホテルだった。家にはいかないのかと少し拍子抜けする。照明は薄暗く、壁は少し汚れている。
「シャワー浴びておいでよ」
「ああ」
アルフレッドとは目が合わない。多分合わせない方がいいだろう。あまりに侮蔑に満ちた目だったらショックで勃たない可能性もある。
簡易シャワーで汗を流す。ベタついた肌に熱い湯が心地よい。じめつく外の暑さも、効きすぎたホテルのクーラーも気持ち悪くて仕方なかった。
本当に、数時間前までは予想もしなかったことが起きている。なのに胸に沸くのは喜びではない。
(これで終わりなのか)
気安い友人関係は今日で終わる。身体の関係を持ってもまだ友人なんて、アーサーには到底言えない。
唯一の救いは後悔がないことだろうか。寂しくても切なくても、彼の記憶に自分との関係が残せるならそれでいい。
それにアーサーはこの一度きりの記憶を抱えていれるなら、それだけで生きていける気がした。
備え付けのバスローブに身を包んでアルフレッドの元に戻る。ガシガシと拭いただけだからまだ髪は湿っている。
「出たぞ」
「…うん」
目線を逸らして告げると思ったより小さな声で返事が返ってきた。その顔は少し赤い。
「アルフレッド?」
「あー…うん。…俺、風呂入らなくてもいいかな」
言うやいなや腰に腕が絡みついて一気に顔が熱くなった。そんなに欲情するものなのか、顔が似てるだけで。
「ばか!シャワーはマナーだろ!」
「…マナーか。セックスも経験豊富みたいだね、アーサーは」
「な、ば、一般教養だ!」
早く行け!とぺしんと頭を叩くと不服そうに唇を尖らせて、それから少し瞳を翳らせた。その暗さに少し驚く。
「分かったよ。寝るんじゃないぞ」
でもそれ以上は何も言わず、仕方ないと言いたげにアルフレッドは立ち上がりシャワー室に消えていった。それを見送ってからベッドに座って、そのまま倒れ込む。
(ここでするんだな)
遠くでシャワーの音がする。今から自分は、あのアルフレッドとセックスする。
男に身体を明け渡すのはこの一度きりだ。今日で殺してしまう、叶わなかった淡い思い。
ぽたりと涙がこぼれる。
呆れた。意思が弱いとはこのことだろうか。もうアルフレッドのことでは泣かないと決めていたのに。
「まあいいや」
無理をするのは体に毒だ。目を閉じて力を抜くと急激に眠気が襲ってきた。涙は止めない。女々しいと思われようと構わない。それがアーサーなのだから。
頬に滴が落ちる。温かな細くて気持ちいいものが頬を辿って、くすぐったい。
「ん…」
くすくすと忍び笑いが聞こえる。顎をくすぐられて、手を伸ばしてなんとか抵抗した。その手が掴まれたところで目を開く。
「あ…?」
「寝ちゃダメって言ったのに」
知らないうちに寝ていたらしい。気づけばアルフレッドにのし掛かられていた。
顔の横に手をついて至近距離で笑われ、その指が顎を撫でる。
「やめ、くすぐったいって」
「ん?うん、そうだね」
聞いてるのか聞いていないのか、多分聞く気がないのだろう、曖昧に笑うだけでアルフレッドは指の動きを止めない。顎から頬へ、頬から首へ、首から下へ。
焦らすみたいだ。あのアルフレッドが、知らない男の顔をしている。
「な、なに、なにする気だ」
「分かんないの?…いや、本当は分かってるんだよね」
下りてきた指に胸の突起を押されて身体が震える。やはり男同士でも女のように扱われるのか。
抵抗するうちにバスローブがはだけて必死で直そうとするが、それを許すアルフレッドではない。
「どうせ脱がすから抵抗はやめるんだぞ」
「う、うぅ」
そのまま勢いよく前を開かれて、穴があったら埋まりたくなる。アルフレッドに触られていると思っただけで、覚醒しきらない頭でも興奮してしまった。もう半勃ちになっているそれにアルフレッドが萎えなければいい。
「…まだなんにもしてないってのに、さ」
覆い被さるアルフレッドが上ずった声を出してずいと詰め寄ってきて、それが立っていた膝頭に当たって感触を疑った。熱く固い何かがある。確かめるために膝を押し付けるように動かすと、近くの顔が苦しそうに歪んだ。
「…足癖悪いやつだなぁ」
「っ!?ぁ、ああ、ひっ」
そう言うやいなや突然アーサーの中心をぎゅうと絶妙の力加減で握って、思わず身体を反らす。電流みたいに何か駆けめぐって頭が真っ白になる。
「あ、アルフレッド、あるふ、」
「はは、なに。そんなに俺が好き?」
「…っ」
好きだって言いたい。でも言えば、戻れなくなるから。
「は、はあっ、ぅ」
「やらしい。そんな簡単に乱れてさ」
「ひぃ、ぃ、あ…っ!」
亀頭を擦られて意識が遠くなる。こんな風に触られるのははじめてなのだから、仕方ない。 言い訳しなきゃやってられない。
目の前で舌なめずりされて、やはりこいつは格好良いと馬鹿みたいに思った。
でも、単純に一泡ふかせてみたい。
「…っ」
「わ、なに」
「ちょっと、黙れ」
力の入らない身体を起こして何とかマウントポジションを取る。そしてアルフレッドのバスローブから、さっきから当たっていた屹立を取り出した。その大きさに息を飲む。
「でか」
「な、なに、まさか」
覚悟を決めて舌を伸ばす。わっ、と情けない声が聞こえた。強烈な印象を残さないと。男にフェラされたなら、そう易々は忘れられないだろう。あと、乱されるばかりは不公平だから。
かぷりと食む。アルフレッドが声にならない悲鳴をあげた。
「…っっ!」
「んむ」
先走りが苦い。けれど、口に入れた瞬間萎えるどころか大きく膨張したそれが愛しくてならない。気持ちいいのなら良いのだ。
「ふぅ、ふっ」
「…はは…っ、おじょうず…」
人の股間に顔を埋めるなんて抵抗あるはずなのに、アルフレッドが感じてると思うだけで嬉しい。頭を撫でられていいことをしているみたいだ。倫理に反した行為も、アルフレッドが喜ぶならアーサーにとって価値あるものになる。
フェラは初めてだけれど結局は自慰と同じだろう。浮き出た血管に舌を這わせ、口から余る部分は緩急を付けて手で擦る。アルフレッドの腹がピクピク揺れて満足した。射精感を必死でやり過ごそうとしているのだろう。
「はは、腰、揺れてるぞ」
「うるひゃい…っ」
快感を求める浅ましい体に服従して、シーツに自身を押し付けて快感を引き出す。ああ、淫らだ。気持ち良い。
「はふ、ぅ、う」
「…アーサー、」
「む、んん、…ん!?」
「もうい、から。限界」
しょうがなく頭を離すと眉を寄せて少し顔を赤くしたアルフレッドがいて、笑う。
「出したいなら出せばいいのに」
「…そうもいかないよ」
低く告げて、アルフレッドがカバンからハンドクリームを取り出して指に塗りたくる。
「じゃ、おいでアーサー」
胸がひとつ高く鳴った。
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