例えば中庭のベンチ。食堂の片隅。図書館の本棚と本棚の間。そこでいる数分間から数時間、何も考えられなくなるときがある。
そのまま授業を落とすのは嫌なので授業前は携帯のバイブを鳴らすようにしているが、それ以外はきっかけでもない限り戻ってこない。ただぼんやりする。処理できない大きな思いに頭がついていけなくて、時々休みを取っているんだろう。

「またトリップ中?」

ベンチでぼんやり座っていたアーサーの頬に冷たい何かが当たって反射的に肩をすくませた。恐る恐る振り向くとアルフレッドが悪戯に成功した子供のような顔で笑っていて脱力する。

「汗かいてる。大学の中なら冷房利いてるのに」
「ほっとけ。何の用だ」
「あーあ。いつもながらつまんないなぁ君」
「…ほっとけ」

肌を太陽が焦がす。顎を伝った汗が一粒手の甲で跳ねた。ふう、と息をつくアルフレッドの頬にも汗が流れる。

「またやるんだ、合コン」

誰に言うでもない、独り言のような呟きが隣から聞こえた。

「お前、よく飽きねぇな」
「失礼な。今回は俺は参加しないぞ…ていうかもう、合コン行くのやめようかと思って。効果無さそうだし」

効果?と首を傾げてすぐに合点した。

「あぁ何だ、マジなのか。本命がいるって話」

その瞬間カッと頬を火照らしたアルフレッドを笑ってやる。ぎこちなくなければいい。気づかなければいい。
突き付けられると、さすがにキツかった。

「だ、誰から聞いたの」
「みんな言ってるぞ、プレイボーイ。本腰入れるなら確かにもう女遊びはやめた方が良いだろうな」
「…OK、もう遊ばないよ。それで一応伝えたけど、君も参加しないよね?」

受け取った缶ジュースのプルタブを引く。カシュッという独特の音とともに渇いた喉を潤しに一気にあおる。締め付けるようで、痛みすら覚えた。多分これくらいでちょうど良い。

「行く」
「え?」
「合コン、行く。楽しいかもしれないし」

今しがた失恋したばかりできっと楽しくはない。それでも誰かと繋がりを持つと新しい恋を見つけられるかもしれない。不毛な恋は早く終わらせた方がいいだろう。
けれどそう言うとアルフレッドの顔色がサッと変わった。

「何だよそれ」
「あ?いいじゃねえか、合コンくらい」
「だ、だって君今までは…」
「だから、新しい出会いを探しにだな」
「…いや分かった、わかったよ。新しい出会い、ね。分かった。…やっぱり俺も行くから、合コン」

一人で納得したアルフレッドは、それから悔しげにこちらを睨む。

「俺、君がなに考えてんのか全然分からない」
「俺もだ。お前、本命はいいのか?」
「…知らないよ!」

午後の講義が始まるから行こう、と誘われてアーサーの休憩時間は終わった。時間ギリギリまでぼんやりする予定だったのに。
広い男の背中を鼓動を加速させながら見る。

(何で合コン来るんだろう)

本命一筋になる前に最後に目一杯遊ぼうということなのだろうか。それとも、そこにアーサーがいるから?

「…俺、と遊びたいなら…何も合コンじゃなくてよくないか」
「君と遊びたいのとは少し違うぞ。いや、少しどころか大分」
「…そうか」

どうやら目一杯遊ぶことに重点を置いているらしい。恥ずかしい。

「――悪い虫がつかないように、見張りに行くんだよ」
「悪い虫?誰に?」
「さあ、誰だろうね」

それきりアルフレッドは黙った。目一杯遊ぶためでもないらしいが、それ以上はよく分からなかった。










「アーサー歌うまぁい!もっと聞きたいなっ」
「いや、もう疲れた…」
「そうそう!次は俺が歌うからみんな聞いて!」

盛り上げ役に後は任せてソファーに座り込む。久しぶりの合コンであまり慣れてないが、にもかかわらずアーサーにすりよる女の子がいるわけだから、自分の顔も捨てたものじゃないのかもしれない。
その時、ねめつけるような強い視線を感じてまたかと辟易した。

(おい、睨むなよ)

口パクで伝えるがテーブルを挟んだ向かいにいるアルフレッドはぷいと視線を逸らすだけだ。この合コンが始まってからずっとこの調子で何か言いたげに睨んでくる。そのくせ言う気配はない。何だと言うんだ。
その隣には噂通り金の短髪で前髪がセンター分けの女の子がいる。きっと本命もあんな顔なんだろう。

「アーサーってば!あっちの子が気になるの?」
「へ?あ、いや」

絡みつく柔らかな身体からは少しキツい香水の匂いが漂う。ああそうだ、女の子ってこんな感じ。

「私の方が可愛いでしょ。それとも似てるから?」
「…似てる?」
「アーサーと。ほら、何となく雰囲気似てるじゃない」

言われてみればそうかもしれない。勿論あっちの方が可愛らしいし、女の子だけれど、でも。

(じゃあ俺、アルフレッドの本命に似てるのか?)

浮かんだ考えに答えをくれる人はいない。


「ねぇアーサーぁ。そんなのどうだって良いから、今から二人で抜けよ?」
「え?」
「ねーぇ…」

胸を腕に押し付けられ、耳に唇が触れそうな距離まで近づく。ああ、誘われてるのか。柔らかな髪がくすぐったい。このまま抜けるべきなのか。それもまた、いいのかもしれない。
けれど答えを出す前に突然強い力で引っ張られ、立ち上がらされた。

「きゃっ!」
「う、わ…アル?」
「帰ろう。気分悪い」

顔色の悪いアルフレッドはそう言うなりアーサーの手を引っ張ってボックスから出る。後ろから驚いたような声がいくつも聞こえたがふりきるように早足になった。いつもながら強引だ。

「ちょ、おい。突然どうした?」
「気分悪いのさ。頭がグラグラするんだ、匂いとかで」
「あぁ…」

確かに匂いはきつかったがあんなもんじゃないのか。ひどく不機嫌そうな声だ。
夜道を抜ける。これはアルフレッドの家に向かう道のはず。


「なあ、理由はそれだけか」


動きが止まった背中に投げかける。


「俺、似てんだろ。お前の本命に」


自分は何を言ってるんだろう。
酔ってるのかもしれない。いや、きっと酔っている。こんなことを言う度胸は、素面の自分にない。


「しかもお前の隣にいた子より俺を優先するってことは、本命は男か」
「…それがどうしたの」
「そんな奴がお前以外と仲良くしてて、嫉妬した?」


アルフレッドが振り向く。暗くてよく見えないけれど、きっと軽蔑した顔をしているのだろう。
言葉は口をついて出た。


「試してみようぜ。男とヤって勃つか」


きっと今自分はひどく品のない笑顔を浮かべているのだろう。





「…そうだね。それも、いいかもしれない」

胸が痛むのは勝手だ。心のどこかで本命は君だと言ってくれるのを期待してたのだろうか。


「ぜひお相手頼むよ、アーサー」


気づかれないように、少しだけ唇を噛んだ。













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