※米に女性表現あり





透徹の蒼に溺れる夢を見る。
恐ろしいほど美しく澄んだその中で酸素が気泡になってアーサーから去っていくので死ぬかもしれないのに、何故か幸せで仕方ない。このまま死ぬなら本望とすら思える。
瞳は閉じない。意識がなくなるまでその色を見ていたかった。それがアーサーのものになることは、今までもこれからもないから。







小鳥が鳴いて快く目を覚ますなんてことは都会で望めるはずもなく、アーサーはのしかかるような蒸し暑さで目を覚ました。薄いTシャツが汗で張り付いている。

「…またあの夢か」

何度目か分からない不思議な夢。自分はあの蒼を知っている。
夢の余韻を引きずりながら、習慣で枕元に置いてあった携帯を取って新着メールを開く。

【明日19時から合コンだぞ!たまには参加したらどうだい?】

いつもの文面に嫌気がさして、イラつきながら携帯を閉じた。


溺れる夢は心がSOSを出しているらしい。溺れるのに苦しくない夢は悩みの答えが分かっているのに抜け出せない状態だそうだ。

(ああ、当たってる)

胸をかきむしる。身体の芯が気持ち悪くてたまらない。

(誘わないでくれ、お願いだから)

それが嫉妬だってことくらい、嫌になるほど知っていた。






「ばかアーサー、返信くらいしろよな!」
「…朝からうっせえよ、アルフレッド」

二度寝する気にもならなかったので真面目に一限から出てぼんやりしていると、隣にでかいスポーツバックが勢いよく置かれて、それが誰か分かるので顔は見なかった。またあの夢が蘇りそうだ。

「今日は隣の女子大の子達だよ。君なんか呼びたくないけど、人数合わせにしかたなくね!」
「余計なお世話っていつも言ってるじゃねえか。…ったく、もうあんなメール送ってくんな」
「朝からネガティブはやめるんだぞ」
「うっさい。…よく寝れねぇんだよ」

頬杖を付いて自然と目線を下にさげる。横顔にビシバシと視線を感じるが気にしない。あの夢を見始めてから目の前の男とのうまい距離の取り方が掴めないでいる。
けれど太い指で目の下をツイと撫でられたときには、たまらず反射的に派手な音を立てて椅子ごと後ろにずれた。

「なっ、何すんだ!」
「ん?ちょっと赤くなってるし、さっきから俺の目見ないから」

何でもない風にアルフレッドが笑う。蒼が柔らかく細められて顔が赤くなりそうになって、慌てて平気な振りをした。

「あーまた逸らした!」
「じゅ、授業始まるぞ。集中しろ」

教授が入ってくる。タイミングのいいそれに内心安堵の息を吐いて、ひとまず落ち着こうとシャーペンをくるりと回した。






俺はアルフレッドが好きだ。気付けば目で追うようになって、自覚すると驚く程どんどん好きになった。

ただ彼は女が好きでこの気持ちが報われることはない。女好きの最たるところはその合コンの参加率。
アーサーはアルフレッドを好きになってから参加したことがないので分からないが、聞いた話によると金の短髪でセンター分けの緑色の目をした女の子とよく帰るらしい。

だから今アルフレッドは遊んでいるが、実は本命がいるのではとひそかに噂になっている。

(だからもともと何したって叶わない)

あの夢を見る理由はわかっている。けれどこの恋が続く限り夢が途切れることがないのも分かっている。
でもこれが妥協点だ。友達のままでいるくらい、側で見ているくらいいいだろう。
彼のとなりに誰かが収まるのを笑って祝うことは、流石にできないだろうけど。








「本当にいいのかい?」
「しつこい。どうせ行かないから誘うなって」
「やだね。君、顔だけはいいからさ」
「…」

アルフレッドは飛び級してきたからアーサーより年下だ。甘やかしてしまいそうになるのはその所為もある。

「それとも理由でもあるのかい?例えば好きな子がいる…とか」

今日は二限から休みなので早々にこの場から離れることにした。
鞄に荷物を仕舞っていた手を止める。どこか探る目付きでこちらを見るアルフレッドの目を見ないように、口だけで笑った。

「教えねえよ」
「……誰」
「だから教えねえって」

アルフレッドの隣は大体居心地良いが居心地悪い時もある。例えばあの夢を見た日にこんなことを聞かれたら、目なんて見れるはずがなかった。

「それに、言ったらお前傷つくし」
「…どういう意味だい」
「まぁ気にすんな」

友人にそういう目で見られていると知って気分がよくなるはずがない。もしかしたら傷つくかもしれない。それは嫌だ。
アルフレッド側の机の上に置いてあったチュッパチャップスを頂いて帰り支度は完了だ。けれど珍しくなにも言わずに、代わりとばかりにアルフレッドがアーサーの手を掴んだ。

「君は、俺の気持ち知ってるの?」

ああ、この目だ。俺の欲しい色。アルフレッドの色。
今ですらアーサーのものじゃない、誰かを映すための瞳。

「――さあ、さっぱりだ」

手を自分側に引くとわりと簡単に離してくれた。そのまま鞄を掴んで講義室を出る。

本当は分かってる。お前が好きなのは俺の知らない女の子で、俺はお前を追いかけるばかりだ。
するとじんわり目頭が熱くなって、なにも考えずに理性を放って小さく呟いた。

「好きだ」

(あ、泣きそう)

アルフレッドに関しては泣かないでおこうと決めてたのに。
ぽろりと一粒落ちたけれど、それ以上はないように手で拭う。

泣いても仕方がない。ただ惨めになるばかりで、アルフレッドがアーサーを好きになる訳じゃない。ただ傷を深くするばかりだから。
ただ、アルフレッドを好きだった記憶の爪痕を残すばかりだから。












090104
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