DOGs 13 |
次の日起きると体は清められ服は整えられていた。もちろんアルフレッドはいない。手首と腰にひどい違和感があり、なかなか起き上がれなかった。 携帯を探す。薄れゆく意識の中、決めていたことをするのだ。 番号を探す。手は、少し震えた。 「…よ、俺。今暇か?話したいことがあるんだけど、今日会えねぇ?」 自分でも分かるほど歯切れが悪い。それでも、もう、諦めなければ。 『最後だからって、余計な気は回さないでね』 少女が受話器越しに笑った。 いつまでもホテルでいるわけにいかないし、いたくもなかったので早々に帰ってシャワーを浴びることにした。無人のホールを抜けると日はもう高く朝日が目を焼く。思わず手をかざすと手のひらが金色に縁どられた。思い出すものがある。 (アルフレッド) ホテルに置き去りにされた携帯から、これ以上自分に関わってくるなと言われている気がした。 昨日の今日でまだ整理はついていない。あの行為もなぜ及んだのか考えても分からなくて、その度昨日の記憶が蘇って苦しんだ。思い出して興奮するなんてあってはならない。 なぜだろう。アルフレッドに男を抱く趣味はないはずだし、何よりイザベルを好きなはずなのに。 シャワーの温かな湯がアーサーの身体を滑る。無理な体勢で行為に及んだせいで身体の節々が痛み、眉をしかめた。身体中に散らばる赤い鬱血も目に毒だ。 (けど、まるで愛されてるみたいだな) 「…何考えてんだか」 浮かんだ微笑みは自嘲じみていて我ながら情けない。なんて女々しい。 どうせすぐアルフレッドはイザベルと、そうじゃなくてもアーサーじゃない誰かと付き合う。綺麗な顔にたくましい身体に陽気な性格と三拍子揃っているのだ、女が放っておくはずがない。 愛されるなんて、今までもこれからもあり得ないのに。 「じゃあ、あれもいい思い出になるのかもな…」 あの一瞬は確かに自分がアルフレッドを独占していた。身体中で感じて、感じられて、繋がれた。 ひとつになれたような気さえした。 また涙が出そうになって慌てて拭う。あいつを想って泣くのは、昨日一度きりでいい。二人で泣いたあれだけでいい。 じゃないときっと、キリがなかった。 冷えたベンチが尻に痛い。もう会わない、との旨を告げるとイザベルは「遅かったわね」と笑うだけで怒りも泣きもしなくて、少し拍子抜けした。 「もっとすぐ言われるのかと思ってたけど」 「…分かってたのか?」 「私をそういう目で見てないってことは、割りとね。アタックし続ければ振り向いてくれるかなって頑張ったんだけど、やっぱり届かなかったか」 イザベルがちっとも残念じゃなさそうに笑って温かいミルクティーを啜る。冬の公園は子供はおらず、その代わりにとちらほらカップルがいる。自分達もそんな風に見られているだろう。 はぁ、と隣で吐いた息が空に白くたゆたう。 「じゃあアーサーはアルと付き合えるようになったのね?」 「ぶっ!?」 思わず吹き出すと意外そうに目を丸くされた。 「え、だってそうでしょ?この前3人で会ったときの二人、モロ浮気がばれた恋人と怒る恋人って感じだったし」 「んな…ありえねぇよ…」 目線を組んだ指に落とす。自然と声は低くなった。 「…アルとは付き合えない」 「え?何で?」 「アイツ、好きな奴いるんだ。敵わねえよ」 胸に広がる虚しさを感じながら目を閉じて笑う。。 可愛くて優しくてスタイルよくて、何より女の子だ。硬くて骨ばった、ひねくれてお節介で可愛くも何ともない自分では天と地の差だろう。 「…アルフレッド、可哀想」 「なんだよそれ。そりゃ俺は男だけど、好きでいるくらい…」 「違う違う、違うけど…教えない。私、敵に塩送るような真似はしないの」 パキャ、と嫌な音がしてイザベルの手の中でアルミ缶が潰れる。かなり驚いたがそれよりも。 「おいイザベル、今のどういう…」 「グダグタ言わない!」 「お、おう」 「――グッバイアーサー、愛してたわ。いつか私を振ったこと、後悔させたげる」 立つ鳥跡を濁さず。 イザベルは愉快そうに言い切って振り返らず足早に去っていった。背筋がピシリと伸びた、惚れ惚れするような別れ方だ。 ただその目が昨日より少し赤く腫れていたのは、見間違いではないだろう。 「好きになってくれて、ありがとな」 ゆっくりベンチから腰を上げる。自分も腹をくくらなければいけない。 「…よし」 帰りはマーケットに寄って、今日はアルフレッドのためにご飯を作ってやろうか。きっと犬みたいな顔して帰ってくるにちがいない。昨日の行いはさすがに反省するはずだ。 そうしたら少し怒って、それから謝ろう。自分も悪い。もうイザベルは取らないと伝えなければ。 それは少し苦しく、でもしなければならないことだ。 けれどその日も、次の日もその次の日も、アルフレッドが帰ることはなかった。 → 091228 |