DOGs 8 |
「何やってんの坊っちゃん!いつの間にピチピチギャルとお近づきに…!」 「いや本当、驚きましたよ。まさかあなたと長官の娘さんに接点があったとは」 『愛するアーサーへ あなたのイザベルより xxx』 いつも通り出勤すれば机の上には見慣れない菓子があった。いかにも手作りなクッキー類と共に置かれた丸い文字から連想したのは昨日会ったばかりの、――アルフレッドに想われているらしい少女。 (ああ、俺の父性が) もたげたモヤモヤしたものは昨日の夜から消えていなかった。 アルフレッドと一緒に暮らすうちに情が移ってしまったのだろうか。何となくモヤモヤしていて、それは時間がたつにつれ暗い色を帯びていく。 (アルが誰かを好きになるなんて当たり前なのに) 何でだろう。やっと仲良くなれたから、手に入れたような気になっていたのだろうか。それはあまりに重すぎる。 目の前の透明の袋をピンクのリボンで結んだ可愛らしい包みをぼんやり見る。お世辞にも美味いものを作れないアーサーからしたら羨ましい限りの腕前だ。 ためつすがめつ眺めながら、ソファに身体を沈めた。 イザベルとアルフレッドが付き合ったら、アルフレッドはマシューの家に行かなくなるかもしれない。イザベルばかり気にして、アーサーとの時間なんて下らないと思うようになるかも。 そうしていつかアーサーの家でなくイザベルの家に入り浸るようになって、口うるさいアーサーの所になんか寄りつきたくないと、思うのだろうか。 「やだな」 取られたくない。 「何が嫌なの?」 不思議そうな声が降ってきた。目を隠していた片腕を上げるとアルフレッドがエプロン姿で覗きこんでいる。 マシューの家ではべらしている女の子は気にもならないのに、本気の子がいると思うだけでモヤモヤが増す。娘に恋人ができた父親のような気持ちかもしれない。 反抗されても何やかやでどこか繋がっている気がしてたのに、結局自分じゃ一番になれないのだ。焦りと驚きと、不快感。その不快感はどこから生まれてくるのだろう。アルフレッドは女じゃないし、父親が息子の恋人に不快感を示すなんて、聞いたことないのに。 「もう、何もかも」 アルフレッドを好きなイザベルも、イザベルを好きなアルフレッドも、どうしてか二人を応援できない自分も。 「なに、またお得意のネガ?」 「うっせ。…大人もたまに嫌になんだよ」 二人を祝福できれば、すべて上手く繋がるのに。 投げやりに側に置いていた包みを手に取りリボンを取る。焼き菓子の良い匂いにまたモヤモヤする。 「…それ、誰から?」 アルフレッドの目の色が冷たく変わった。一枚取り出してかじる。甘くおいしい、女の子の味。 俺にはできない。 「イザベルから」 次の瞬間手の中からクッキーが袋ともども消えた。そして間髪入れずザラザラとビニールにクッキーが擦れる音がして、顔を仰ぐ。アルフレッドが頬をいっぱいにして咀嚼していた。 喉が二度大きく上下して、不服げに見下ろされた。 「アーサーとは天と地の差だぞ」 「悪かったな」 「君、イザベルが好きなのかい」 「別に」 「ならこんな、期待持たせるようなことするなよ。アイツ思い込んだら一途なんだから、これからどんどんくるよ」 そのいかにもよく知ってます風な言い方に片眉を上げる。嫌な感じだ。好きだから、よく見ているんだろう。好きだから、他の男に手作りの菓子は面白くないんだ。 ああモヤモヤする。 「いいぜ」 「はぁ?」 「だから、どんどんきたら良いじゃねえか。イザベルは嫌いじゃない」 品悪く笑うとアルフレッドの顔がゆがむ。悔しそうな顔にアーサーの心も歪んだ気がして、思わず胸を押さえた。 「―――バカなこと言ってないで。もうご飯できたよ」 「嘘じゃないさ」 「…あっそう」 くるりと振り向いた背中。気付けば呼んでいた。 「アルフレッド、」 動きが止まる。 喉が渇いて少し震えた。 「もし俺が、俺の料理が美味かったら、」 お前は俺のところに、毎日帰ってくるか。 「…………、…。……いや、…気にすんな」 拳を握りしめて頭を俯ける。意気地がない。その答えがもしNOなら、俺の暫定父性が悲鳴を上げてしまうだろうから。 → 091223 |