DOGs 7


よく笑うのだ。たくさん笑う。アーサーをバカにすることも多々あるけれど、それも気にならないくらい快活にアルフレッドが笑う。それが嬉しくてならない。

『決めたぞ、アーサー』

授業参観の興奮覚めやらぬ瞳を輝かせて言う。

『俺、エリートになって君のボスになる!』

その言葉が明るくて、嫌われてないんだと思うとどうしようもなく嬉しかった。





「アルフレッド」
「ん?」
「とりあえず、怖いならあんなDVD見るなよ…」
「それは無理な注文だぞ!」

後ろから抱え込むようにすごい力で抱き締められながら涙声が耳を震わす。この前のDVDでアルフレッドに付き合ってもらったから、今日は参観の終了もかねてアルフレッドの見たいものを付き合うことになったのだ。
用意されたのは恐ろしいDVDでアーサーも結構ビビったが、後ろで尋常じゃない叫び方をされれば怖いものも怖くなくなる。

二人で毛布をかぶって抱え込まれるのはいただけないが、それでもその温かさに安心する。アルフレッドのパーソナルスペースは気を許した人間になるとかなり近いらしい。

「うー…今夜は眠れない…」
「このまま寝ちまえばいいだろ」

アルフレッドの胸に頭を預ける。かくいうアーサーも心を許した相手にはパーソナルスペースは近い方だ。
情けない声を出していたアルフレッドもそれでやっと喋らなくなった。

「はは、ドキドキしてら。お前怖がりすぎだよ」
「…、怖さも吹っ飛んだよ」

抱きしめる力が強くなる。翌朝ふたりとも首が痛むのを除けば、なかなかいい打ち解け方だったとアーサーは満足していた。







「うは」
「…気持ち悪いよ。マジで」
「不本意ですが同意見ですね」

どうやら思い出し笑いが漏れていたらしい。失礼なことを言う髭にはとりあえず回し蹴りをしておいたが、これは仕方ないことだろう。預かって7日目、やっと心を通じ合えるようになったのだ。

「別にいいだろ?俺が機嫌よく笑ったって」
「いや、きもちわ…ウソウソ、嘘だから構えるな」
「よっぽどワンちゃんと仲良くなれて嬉しいんですね」

ハンガーからコートを取る。今日は早上がりだからこのままアルフレッドを迎えにいこう。早すぎると文句を言われるのも面白い。

「ああ、嬉しい」

微笑むとなぜかふたりとも顔を赤くしたが、アーサーはそれに気付くことなく更衣室から出た。






歩く速度は自然に早くなる。口が弛みそうなのを抑えて、なるべく険しい顔をつくった。浮かれてる。

『よっぽどワンちゃんと仲良くなれて嬉しいんですね』

先程の本田の声を反芻する。何でこんなに嬉しいのか自分でも分からなかった。

(昔馴染みだからかな)

それだけではない気もするけど。もっと思考に耽ろうとして腕を組んだアーサーの胸に、その瞬間やわらかい何かが勢いよく当たった。

「うわっ?」
「きゃ!」

可愛らしい声と共にどすんと音がして知らない女の子が尻餅をつく。それは間違いなく曲がり角で注意を怠っていた自分の所為だ。

「悪い!大丈夫か?」
「あいた…あ、大丈夫で…」

小綺麗な顔にうすく化粧が乗った年頃の女の子のようだ。トレンチコートの下にはヒラヒラの薄い服を着て、こんなに冷えているのに大丈夫かと思わず心配する。
手を差し出すとそろそろと掴まれる。優しく紳士的に立ち上がらせると、その顔が妙に赤く、熱い視線を自分に送っていることに気づいた。
妙な子だなと思いながら、とりあえず名刺を差し出す。

「もし調子が悪くなれば連絡してくれ。すまなかったな」
「アーサー…カークランド…?」
「ん?あぁ。確かに俺の名前はアーサー・カークランドだけど」

アーサー、彼女が口の中で呟く。その声が妙に甘ったるくて不思議に思っていると、バッと顔をあげ突然飛び付かれた。
思わずたたらを踏むが何とか持ちこたえる。何事だと怒鳴る前に少女は爆弾を投下した。

「私、イザベル・スミス!あなたに一目惚れしちゃったみたい!」

実際の話、一目惚れうんぬんより先にそのラストトネームが気になった。

「スミスって…」
「ええ、私のパパはここの長官をしてるの」

さらっと言われて、頭が痛くなるのを感じた。普通の女の子に告白されるのとはわけが違う。言葉を選んで断らなければいけないじゃないか。

ちなみに、アーサーに付き合うという選択肢はなかった。家には問題児がいて恋人をつくる暇はないし、何よりアルフレッドさえいればいいと割りと本気で考えていた。

「あの…Ms.スミス」
「イザベルって呼んで、アーサー」
「…Ms.イザベル。その、僕はあなたのことをよく知りませんし」
「ならこれから知ればいいじゃない?メールアドレスを教えて!お願い、アーサーが好きなのよ」
「好きって…」

最近のティーンはこんなに押しが強いものなんだろうか、と出掛けた言葉も引っ込んでしまう。断りたい。けれどアーサーが最後に付き合ったのは学生時代のことで、年下のあしらい方を知らない。

上手く断れずに流されるままメールアドレスを交換して、また来るからと手を振ってどこかに行った少女の背を見送る。付き合う気も仲良くなる気もないのに、結局言えなかった。

「面倒なことになったな…」

鼻に残るきつい香水の匂いが煩わしくて、眉をしかめた。








「お前、香水つけたりするのか?」
「ん?まあ人並みには」

匂ってみる?と腕を差し出すので素直に受けとる。鼻を近づけると確かに男物の甘くない匂いがして、少女のものよりは幾分かましだ。

「ちなみにお前、一目惚れしたことは?」
「…何だいさっきから」

投げやりに聞くと、何か感じたのかテレビを切ってアルフレッドがこちらを見る。アーサーはソファの背もたれに腕をのせて首を仰いだ。

「告白されたんだ」

アルフレッドが息をのんだ。

「、…誰に」
「お前と同じくらいのティーンにだ。長官の娘らしい」
「一目惚れって?」
「ああ。Ms.スミスは押しの強い女だった」
「…ちょっと待って、警察官が父親で姓がスミス?まさか、イザベル・スミス?」
「知ってるのか」

驚いて身体を起こすと、アルフレッドは思っていたより苦い顔をしていた。

「くそ、あいつ…!」
(あ、)

ぱっと視界が晴れた気分だった。

(アルは、イザベルが好きなのか)

だからこんなに怒ってるのか。
そう思った瞬間、何か形容しがたいモヤモヤしたものが生まれて首をかしげる。この捉えどころのない嫌な感じは、もしかすると父性なのかもしれない。












091221