DOGs 5


朝の光に目が覚めたら目は腫れてるわいつの間にかベッドで寝てるわで気分は最悪だった。
泣きつかれて眠るなんて子どもだってあまりしない。昨日の記憶もどことなく曖昧で精細さに欠ける。何より恥ずかしくて、耐えきれずに頭を抱えて呻いた。

「うああぁ…」
「いつまで眠ってる気だい?」
「うわっ!?」

聞こえた突然の声に心臓が止まりそうになる。知らない間に扉の前に立っていたアルフレッドはワイシャツの袖をまくりあげ呆れた顔をした。
ただその顔が昨日より少し緩んでるような気がして、信じられずに目をこする。

「早く起きるんだぞ。朝ごはんはできてるから」
「…あ、うん」
「ちなみに君、コーンフレークでいいだろ?」
「作ってくれんなら別にいい。――アルフレッド」
「なに?」
「あー、その……おはよう」

言ってから妙な違和感がして、内心首をかしげる。ありふれた言葉で毎朝使っているはずなのに。
でも、そういえばアルにおはようと言うのは初めてかもしれない。話しかけにくかったし、こうやって起こしに来ることもなかったから。

布団の中からアルフレッドを見上げる。その目はアーサーの言葉に丸くなり、それからふと、柔らかくなった。微笑さえ浮かべそうな雰囲気に息を飲むと、自分でも気づいたのか少し険しい顔をして後ろへ振り向く。


「…おはよう」


けれど挨拶はきちんと返ってきた。それどころか。

「…お前、耳真っ赤」
「〜〜〜っ、うるさいよ!」

今度こそ本当に足音高く行ってしまったアルフレッドを目で追いかけて、それからふつふつと身体の内から沸き上がる何かがあることに気づく。俺はこの気持ちを知っている。

(嬉しいんだ)

DVD作戦はまるきり失敗ではなかったらしい。耳を真っ赤にして照れたアルフレッドを思い出して、嬉し笑いを噛み殺した。








車のデジタル時計が4時50分と表示しているのを確認してから黒いシートに全身を預ける。実を言うと少し緊張していた。白い校舎は昔と変わらない。

(俺が保護者側か…)

アーサーの親は幼い頃他界してしまって、こういう懇談などは大体二者面談だった。だからこうして誰かのために懇談に来ること自体変な感じで、少しむずむずする。
ゆったり身体を起こしてドアを開け、黒い手袋をはめる。寒さに身体を丸くしないよう気を付けながら校舎へ向かうと、グラウンドには部活をやっている子どもが溢れていて、ついアルフレッドを探してしまった。いるはずないことは分かっているのに。

「カークランド」

しかし、ぼんやりグラウンドを眺めていると後ろから誰も知り合いのいない筈なのに声がかかる。そして驚いて振り向くと、そこにはアルフレッドが寒さに顔を赤くしながら校門の裏に座りこんでいた。フライトジャケットを着ているがむき出しの指は痛々しいほど赤い。
思わず声がでなかった。

「、な、にやってんだ!こんな寒い日に外で待つバカがいるか!」
「何だよ。クラス知らないだろうから待ってあげてたってのにさ」
「んなのちゃんと聞いたに決まってんだろ!」
「え?あ、…なんだ」

ゆったりアルフレッドが腰をあげ、パンパンと尻についた砂を払う。その拍子抜けしたような声にすこし罪悪感が沸いた。せっかく待っていてくれたのにあの言い方は失敗だったかもしれない。
だけど謝るタイミングは失ってしまって、アーサーは内心舌打ちしながら黒手袋を脱ぐ。

「ほら、これ着けろ」
「は?別にいいよ」
「少し大きめだからお前にも合うだろ。合うなら黙って着けとけ」

アルフレッドは困った顔をしたが、それでも無言で見つめ続けるとしぶしぶ手袋をはめたので満足した。
アルフレッドはまじまじ自分の両の手のひらを見つめる。アーサーには少し大きな手袋もアルフレッドにはぴったりのようで、ほんの少し悔しい。

「―――さ、行こうぜ。今からが正念場だ」

けれどそれは今気にすることではない。顔を上げたアルフレッドと目を合わせて、自信をもって笑う。

「…戦闘準備ばっちりってわけかい」
「お前のためにな」
「はっ、どの口が言ってんだか」

そう言い捨てたアルフレッドはまた悲しそうな、けれど少し嬉しそうな複雑な表情をする。何故かは分からなくて見つめると、突然視界は黒い何かに遮られた。

「わっ」
「行くんだろう。うちの担任ねちねち鬱陶しいけど、暴力沙汰は勘弁だからな」
「んなことするか、ばか!」

アルフレッドの小さな笑い声が聞こえる。けれど視界は遮られたままで、それはただ素直に惜しいと思った。






「しかし、『あの』カークランドが保護者代行でくるとはねぇ…?月日がたつのは早いよ、ほんと」
「ええ、でも先生はお変わりないようで。それで、今回はどうしてアルフレッドを呼び出されたんですか?」
「経験者の君なら知ってるだろう?問題児で何度も何度も呼び出された君なら」
「さあ、この子は俺と違って優秀ですから」
「ハッ、どの口が…」
「本当のことですよ。ただ、あまり勉強する環境に恵まれていないだけです」

驚いたことにアルフレッドの担任はアーサーの元担任であり、昔二者面談したときアーサーが怒り狂って危うく学校を辞めそうになるくらい大嫌いな教師だった。薄い髪を撫で付けて下品な笑みを浮かべる、生理的に無理なタイプ。けれどアーサーもそれなりに経験を積んで、昔のように皮肉や嘲りにすぐに怒ったりはしないし感情をまるまる表に出すこともしない。
浮かべた営業スマイルも慇懃な口調も崩さず見つめると、調子が狂うのだろう、目の前のアーサーの元担任が悔しそうに唇を噛む。隣でアルフレッドがにやにやしているのが分かった。

「…話にならんな」
「ええ、それでは続きを」

にこりと笑うと目の前で男が苦い顔をして、それから口をへの字に曲げて白い紙をを取り上げる。するとすぐに、口角が底意地悪く上がった。ああ、不快な男だ。

「…ジョーンズの問題行動についてだ。まずサボりすぎで授業日数が足りない。校外でのケンカに校内の風紀を乱す言動の数々。今のままなら留年は免れない。いや、このままだと退学だな」
「これから真面目になれば留年はないですよね?」
「真面目にすれば、な。どうせ無理だろう」

バカにしたように目の前でアルフレッドを嘲笑われて、ぴくりとアーサーの片眉が上がる。けれど目の前の教師はそれに気付かない。

(…怒るんじゃないぞ)

雰囲気の変わったアーサーに気づいて、教師には聞こえないようアルフレッドが囁く。けれどアーサーは何の反応も返さなかった。教師がアルフレッドをバカにするたび、笑みは剥がれ額の青筋が濃くなっていく。
それに気付かない教師は、愚かにもターゲットをアルフレッドに変えた。

「全くジョーンズ、お前は何で気づかないかな?みんなお前に迷惑かけられてるんだぞ」
「…それ以上は言わない方がいいんじゃないかい?」
「なんだその言い方は!本当にお前はダメだな。そんなだから落ちこぼれるんだ」

どんどん顔をこわばらせていくアーサーに気付かない教師は現状も知らないで、最後に決定的な何かを突きつけるよう高々と言い放った。


「まあジョーンズの学力ならろくな大学も行けないだろうし、この際辞めたらどうだ?」


ぶっちん。
アルフレッドが小さく「あ」と漏らしたのと、アーサーがギラリと射殺しそうな目で教師を睨んだのは同時で、間髪入れず教師はヒッと喉をひきつらせた。












091216