DOGs 2 |
『ごめんねぇアーくん。しばらくの間アルフレッドを預かってくれないかしら?』 アーサーはその申し出に目をぱちくりさせた。アルフレッドという子どもはアーサーの記憶の中では小さくいつも笑って自分によく懐いていた、さながら天使のような子どもだった。 はず、なのだが。 目の前の、良い年の取り方をしているご近所さんが「この」と指さした隣に立っている少年―――青年は、多分アーサーより背が大きい。飾り気のない眼鏡の奥の瞳は大きいがひどくつまらなげで、アーサーを見下すように細められている。口はへの字で、昔のような頬の丸さも赤みもない。 確かに最後に会ったのはアーサーが高校生の頃だったから、4・5年前のことだ。ちなみにその間はヤンキー絶頂期だったり大学にいったりで忙しかった。けれどこれは。 うっそりと唇が開く。声は地を這うように低かった。 「料理ヘタだし、本当はこっちから願い下げなんだけどね。そうだろ、Mr.カークランド?」 ひくりと唇がひきつる。天使は知らない間に礼儀知らずの無礼者になってしまったらしかった。 一人暮らしであるがそれなりにいい部屋に住んでいる自覚はある。けれど、男二人には少し狭い。 がちゃりと鍵穴に鍵を差し入れて回す。手探りでスイッチを探して、明かりをつけた。 「ただいま」 「……」 「ほら、アルも言え」 「命令しないでよ、カークランド」 「お前なあ…」 呆れて振り向くとどこかイライラした顔をしたアルフレッドがいた。触れれば傷つきそうなナイフのようだ。 その冷めた目は昔の写真の中の自分とよく似ていて、昔の自分もこんなふうな態度だったのかと思うと複雑だ。 「…まあいい」 「それは『まあいい、こいつが出ていくまでの我慢だ』ってことかい?」 「何でそうつっかかんだよ」 ぷいっとアルフレッドが顔を反らす。本当にやりにくい。この3日ずっとこの調子だ。 アルフレッドはアーサーの名前を呼ばない。何かは知らないけれど、かなり嫌われている。けれど久しぶりに会った最初の晩のこと。 『仕事帰りには毎日マシューの家に寄って。じゃないと何日も帰らないんだからな』 別に帰ってこいなんて頼んでない。というか、預かってくれと頼まれた側なのだ。 けれどそう言ったときのアルフレッドの表情が昔よく見た泣きそうな顔で、つい頷いてしまった。あの顔に弱いのは変わらないらしい。 本当に今のアルフレッドは分からない。名を呼びたがらないほど嫌ってるくせに、泣きそうな顔で迎えに来いと言う。嫌いならそう接してくれれば、反抗期を気づかってそう深く関わろうとしないでもないのに。 じっと顔を見る。反らされたために浮き出た顎骨は、確かに男のものだ。体は大きくなっても心はまだまだ幼いということか。 「…メシは作る。嫌なら食わなくていいからな」 それでもこの態度は頂けないので自然と口調はきつくなる。ずんずんリビングへ続く廊下を進んで、それから乱暴にカバンをソファーに放って背広を勢いよく脱いだ。 ネクタイをスルリと抜いてベルトを外す。静かな部屋には金属が擦れる音だけが響くばかりで、ズボンに手をかけてやっと今は一人じゃないことを思い出した。 (まあでも、男同士に出ていけもないよな) 気にせずズボンと靴下を脱がす。軽い衣擦れと共に、とりあえず気を遣ってすばやくジャージを着てやった。ワイシャツも脱いで黒のスウェットを上から被る。 そうして振り向くと、案の定アルフレッドはそこにいた。しかし。 「…アルフレッド?」 入り口に突っ立ったまま微動だにせず、少し驚いたような、戸惑ったような顔をしている。やはり年頃に着替えはダメだったのだ。 「…あー、悪い。今度から気を付けるわ」 「…なにを」 「え?いや、着替え…」 そこでアルフレッドの顔が異常なほど赤いことに気づく。まるで熱でも出ているようで、その瞳はアーサー一身に注がれている。 「どうした?調子悪いのか」 ハッとアルフレッドの目に光が戻る。そうして突然きびすを返して、言及する間もなくばたんと扉がしまる音がした。与えた部屋だろう。 名を呼ばない、話しかけると返さす素振りもないまま自室に閉じ籠る、あとものすごく生意気。 はあ、と深くため息をついて頭をがしがし掻く。こういう場合は放っておくのが最適だ。分かっている。 嫌がる足を叱咤して扉の前に立つ。ああ、全部分かってるよ。 けれど、許せないことはあるだろう。 「アルフレッド」 息を吸い込む。次の瞬間鈍い木が割れる音が響いた。 反抗期の奴に扉はない方がいいと思うんだ。閉じ籠られてはたまらない。 「お前は俺が預かった」 アルフレッドが目を丸くしてベッドから身体を起こす。 「つまり、お前は俺の保護下にあり、話を聞く義務がある。分かるな?」 笑う。多分、目は笑えていない。 「そして俺の気は長くない。これも分かるよな?アルフレッド」 さっと顔色を変えたアルフレッドがこくこくとすごい勢いで頭を振る。そう、そうでなくては。 「前言撤回だ、メシは絶対一緒に食う。これは、約束だからな」 腕を組んで目の前で見下ろすように仁王立ちすると、アルフレッドの頬がひくりとひきつった。 → 1213 |