DOGs 1


今日も仕事が終わる。

「よぉアーサー。俺ら飲み行くけど、お前どーする?」

フランス訛りの甘ったるい声が部屋に響く。ロッカーからコートを取りだして、ネクタイを勤務中よりほんの少し緩ませた。

人の模範となるべき公僕である間に緩みを見せるのはプロ意識に反するので、一度たりともその自戒を破ったことはない。まして自分は誤った人を正の道に正す存在だ。

「パス」
「まーたかよ、付き合いわりーの」
「うっせ。もっと大事な用があんだよ」
「おや、アーサーさんにお酒よりも大事なものがあるなんて、意外ですね。それって何なんです?」

まるで自分がアル中みたいな言い方だ。
東洋育ちの形式張った英語に苦笑しながらカバンを持つ。サラリーマンのような格好は堅苦しいと言われるが、この格好が一番落ち着くのだから仕方ない。


「反抗期のデカい子犬が一匹、待ってんだ」


不思議そうな顔をしたふたりに別れを告げた。もう9時は過ぎた、あまり遅いと機嫌を損ねてしまう。









いつものように大きな家に向かう。コンコンと玄関扉を叩くとすぐに、今預かっている子供によく似た顔の青年が出てきた。

「よおマシュー、アルがいつも世話になって悪い」
「今さらの話ですよ。こんばんは、アーサーさん」

情けない顔で笑ってマシューはアーサーを中に迎え入れた。ずりおちそうな眼鏡はそのまま、ひょろりと細い青年を見る。

「いつものところだな?」
「はい。紅茶は?」
「いや、いい」
「分かりました。それじゃ、よろしくお願いします」

ホールから続く広い螺旋階段を上る。マシューの家は広い。けれど二階で明かりが漏れているのは最奥の部屋ひとつきりだった。

赤い絨毯に革靴の音を吸われる。品の良い調度品と古書の匂いに満ちた部屋に入ると大きなソファーから少女の肩ほどまでが背もたれの上にはみ出ていた。
ああいつもどおり。開いている扉にもたれて片手の甲でもたれた扉を叩く。

振り向いた少女と目が合う。彼女はなんだか可笑しそうに笑って、姿勢を低くした。


「アルフレッド、やっと来たわよ。あなたのナイト様…」


クスクス笑う少女の声が部屋に満ちる。そうしてソファーからむっくり起き上がって次に背もたれの上に顔を出したのは、昔から見てきた面影をほとんど残していない青年だった。

「帰るぞ」

もたれたまま不遜に言うと、のそりとアルフレッドが立ち上がった。少し唇を尖らせながら目の前に立って見下ろされる。4・5年会わない間に背はいつのまにか抜かれてしまっていた。

「…遅いよ」
「社会人なめんなばか」
「うっさい。待ちくたびれたんだぞ」

ごちんと額と額がぶつかる。痛みに顔をしかめるとそのまま腕を掴まれて引かれた。

「今日の夕飯は君以外の手料理がいいな」
「作ってもらうなら黙って食え!」

ぼすりと背中を叩く。返事は返ってこないところからみて、最近の高校生は反抗期らしい。

でかくなった近所のガキ―――アルフレッドを預かってから3日が過ぎようとしていた。











091212
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