プツリと音を立ててビデオが終わる。アーサーは泣きそうな顔で息を切らしてドアに手をついた。
「何故、知ろうとする」
悲痛な声だ。目の前のアーサーは人間にしか見えない。年を取らないなんて冗談だろう。
「どうやって来たの?飛行機じゃないだろう」
「アルフレッド!」
「答えてくれなきゃ何も答えない」
極めつけにそう言うと、アーサーは躊躇うように視線をさ迷わせた。
「…ジェット、持ってるから」
ついに言ったその答えに脱力する。普通の人間はジェットなんて持てない。思えば23歳の若者が政治に深く関わるなんてあり得ないのだ。
アーサーはただの人間じゃない。
「俺は君の隠し事を知ったぞ」
「…っ!」
「何故隠そうとしたの。…イギリス」
本当らしい名を呼ぶとビクリと身体が震え、本当に泣き出しそうに顔を歪める。パキ、とアーサーが床に溢れる何かを踏んだ音がした。
「…お前は、アメリカを何も知らねえから、そんなことを言える」
「アメリカはこんなの望んだのかい」
「あいつは人間になりたがってた!」
荒げた声はアメリカに向けられている。アーサーは―――イギリスは、消えてしまってもアメリカのものらしい。
「人にしてやれるなら、してやりたい」
小さな声と一緒にへたりこんだ彼に近づいて、膝をつく。下がった肩に力はない。
「だって、愛してるんだ」
そうして涙が落ちる前に強くその身体を抱きしめた。
反論しようとしたその唇を塞ぐ。アーサーは固まって、それから身体の力を抜いた。
アーサーを抱きしめることに馴染んだ体はアメリカの頃の記憶だろう。
「ア…ル、やめ、」
「俺は、国でいい。人じゃない存在でいい」
「…っ」
「いずれ老いて君を失うより、ずっといい」
食らうようにキスをする。アーサーの躊躇していた手は、すぐにアルフレッドの背に回った。
「イギリス、好きだ」
「…ちがう」
「え、」
「アーサーで、いい」
懇願するようにアーサーが囁く。
「…うん、アーサー。愛してるよ」
抱きしめる手に力がこもる。俺もだよと小さな声が呟いた。
隣で眠るアーサーは信じられなかった光景だ。だって彼は遠い存在だったから。
白い頬を撫でる。早く自分のものにしなければならない。アーサーもイギリスも、新しい『アメリカ』のものにしなければ。
消えてしまった自分がパーフェクトな存在だったのは理解しているし、そうでなければならないとも思う。
それでも越えられないはずない。何と言っても自分はヒーローなのだ。
「あ」
アルフレッドはベッドから抜け出てパソコンの脇にあったビデオカメラを取り出した。充電はしっぱなしだったようだ。問題ない。ピ、と軽い電子音を立てて付いたそれを録画モードにする。
新しい始まりにふさわしく、昔の幸せな記憶を書き換えようじゃないか。
むき出しの白い肩。多分撮っていると気づいたら怒るだろう。想像するだけで楽しい。穏やかな寝顔がただ愛しく思う。
『ていうか撮るなよ、ばかぁ』
「…え?」
その声に思わず声を漏らした。
アーサーはまだ眠っている。違う、これは目の前のアーサーじゃない。
『いいじゃないか。記念になるぞ!』
『こんなの記念でも何でもねえよ』
『何でだい?』
これは、
『…だってお前、映ってないじゃねえか…』
これは。
起きても隣にアルフレッドはいなかった。少し寂しいが、まあ仕方ない。また何か思い付いたのだろう。
『いずれ老いて君を失うより、ずっといい』
頬が熱くなる。アルフレッドが、アメリカが、そう言ってくれた。
アメリカがいなくなってから思い出すのは苦しんでいたアメリカばかりだったから、嬉しくて仕方なかった。
『いつか人間になろうね』
『無理だ。俺たちは滅びない』
『君ってロマンがないよ!』
『うるさい。…人間と思い込めたら、また何か変わるかもしれないけどな』
その結果アメリカは人間になれるかもしれないチャンスを手に入れた。けれどそれを手放したのもアメリカだ。もうあんな顔はさせたくないけれど、望むことを邪魔したくない。
これからだ。何もかもを忘れたアメリカに持てるすべてを教えてやろう。
ブブブ、と携帯のバイブが鳴る。日本からだった。
「Good morning.日本か?」
『おはようございますイギリスさん、じゃなくてアメリカさんが!』
「あ?ああそうだ、アメリカはアメリカとして生きる覚悟を…」
『そうじゃなくって!…とにかく一刻も早くアメリカさん家に来てください。今すぐ!』
珍しく興奮しているらしい日本はそう言うなり電話を切った。何かあったのだろうか。思えば思うほど焦って急いでシャツを羽織り着替える。
タクシーを呼んでジェット置きまで急ぐ。アメリカに何かあったのだろうか。もう日本の携帯には繋がらない。
何も起こっていないことだけ祈った。
全速力でアメリカの家まで来て脱力した。パーティーの準備は無事終わったらしい。
各国が集まって話している中、イギリスを見つけた日本が笑って言う。
「日本、何であんな…」
「主役がお待ちですよ」
主役、とはアメリカのことだろう。記憶をなくしても派手好きは変わらないらしい。家の中に向かう。
「アルフレッド?」
外とは違い中はがらんとしていた。いつもと違う装いに少し不思議に思う。
ソファーに座っていた正装したアルフレッドはイギリスを見つけて立ち上がり、にこりと笑った。
「君は実にバカだ」
突然の揶揄にムッとして眉を寄せる。急いでここまで来たのになんたる言いぐさ。
「なんだよそれ」
「俺は、『人間になろうね』って言ったはずだぞ」
「…え?」
何故それをアルフレッドが知ってる。
「限りある命も君と同じじゃないなら意味がない。君だけが人間でも俺だけが人間でも、意味ないんだ」
まるでアルフレッドじゃないようだ。だってこんな難しいことをあいつは言わない。
「君は本当に昔から早とちりでずれてて」
そうだ、違う。アルフレッドじゃない。アルフレッドはこんな風に自分をバカにしない。
「記憶無くしてる暇なんかないんだぞ!」
こうやってバカにするのは。
「…アメ、リカ…?」
呆然と言うと、アメリカは何も言わずに腕を広げた。
「半年振りだな、イギリス!」
――泣いてやるものかと思っていた。お前のことで泣くもんかと。
それでも涙は止まらなくて、イギリスは愛する人の帰還に何も言わずにただ抱きついた。
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≫カナさん
はじめまして&リクエストありがとうございました!
「米英で、自分が国なことを忘れてしまい(ケガか原因不明での記憶喪失)大学生してるアメリカ(アルフレッド・F・ジョーンズという名前で。)と、一般人装ってアメリカに度々会いにいくイギリス(アメリカに名乗る名はアーサー。社会人設定。)」ということでしたが、色々改変してしまってすいません><好きにさせていただきました…書き直し承ります!
それではあと少しがんばってください!
100217