空港に降り立つ。記憶を失ってから海外に行くのは初めてだ。物珍しさにキョロキョロ辺りを見回していると携帯が鳴った。

「はい」
『キョロキョロしてないで後ろ見ろって』

バッと振り向くとフランシスがにやにや笑っていた。恥ずかしくて渋面をつくる。

「よお、よく来たな。7時間のフライトは疲れたろ」
「早く教えて」
「あーもうお前って本当せっかち!分かった分かった、連れてってやるよ」
「どこへ?」

出口に向かうフランシスの後を追う。その先には似合いの可愛いポルシェがあった。

「秘密の詰まったアーサーん家」

いたずらに笑ったフランシスが運転席に乗り込む。アルフレッドもそれに倣い助手席に乗った。

「お前は知ってるかな。国には化身があること」
「どういう意味だい」
「ずっと姿が変わらない半永久的に不老不死の、国と運命を共にする存在がいる。まあ国の擬人化とでも思えばいい」
「俺はそれなの?」
「少なくともアーサーと俺は、そうだよ」

フランスとイギリスは腐れ縁なんだ。
歌うように言った男は狂っているとしか思えない。だってアーサーは人と何ら変わりない。国の擬人化?そんなこと、あるはずない。

キ、と音を立ててポルシェが一軒の家の前で止まる。見事な薔薇園の、貴族でも住んでいそうな家だ。

「お前、たくさん鍵ついてる輪っかみたいなの持ってるよな?」
「何で知って…」
「それにここの合鍵がある」

行っておいで。フランシスが柔らかく微笑んだ。
確かに自分のメッセンジャーバッグの中には用途不明の鍵がいくつも付いた輪っかがある。それを知っているのは記憶をなくす前に親交があったからだろうか。

ポルシェから出て鍵を探す。門は押すと開いた。噎せかえるような薔薇の匂いが纏う。
扉の前に立つ。一番年代物に見える鍵を鍵穴に差し込むと、吸い込まれるようにカチリと音が鳴った。

これが、アーサーの家。

胸が鳴る。恐る恐る入った。
アーサーの家はアルフレッドの家とは違って美しいアンティークがたくさんある。導かれるように階段を上った。身体が勝手に動く。突き当たりからひとつ手前の部屋のドアノブをゆっくり回した。


目に入るのは物だけだ。アンティークなんかではない、テレビにコンポにデスクトップに大量のマンガ。これは知ってる。これは、

「おれの部屋だ」

壁にでかでかと貼られているアメリカ国旗。アーサーはこんな真似しない。
足を踏み出して、床に転がる大量のものを避けながらPCに向かう。シールだらけのそれの電源ボタンは初めて見たのにすぐに分かった。

ブン。

重い起動音と共にすぐに画面に文字が現れる。

【 Input the password_ 】

反射的にアーサーと打とうとして思い止まる。
もし本当にフランシスの言う通りアルフレッドが『アメリカ』でアーサーが『イギリス』なら、きっと自分は彼をアーサーと呼んでいなかった。

指が震える。

【 England_ 】

エンターキーを押すと軽快な音と共に画面が切り替わる。嘘だろ、と無意識に呟いていた。



立ち上がったデスクトップはアメリカの国旗だ。ごり押しだな、と思いながら色々クリックしてみる。
アイコンは画面を埋め尽くす勢いだ。インターネットのお気に入りはアルフレッドと似たり寄ったりで、ただ時々国防庁やらFBIやらのホームページがあったりした。

ひとしきり調べたあとデスクトップに戻る。そして、覚悟を決めてマイピクチャをクリックした。

中には20ほどの画像があった。日付はバラバラで、25年前のものから1年前まで様々だ。
取りあえず一番近くの画像をクリックする。10年前のものだった。

「……ジーザス……」

初老の男とアルフレッドが握手しながら写っている。初老の男には見覚えがあった。今よりずいぶん若々しいが確かに現アメリカ合衆国大統領だ。

しかし、驚くべきはアルフレッドだろう。10年前なのだから、本当ならアルフレッドがは10歳程のはずだ。なのに今と容姿が何ら変わりない。日付間違いでないのは大統領の若々しさからいって間違いない。

画面を消して、次は25年前の最古のものを選ぶ。

「…っ!」

間違いない。アルフレッドは、ただの人間でない。

写っている若い男は昨日会った州知事が20代の頃だろう。かなり古い。
その彼と肩を組むアルフレッドは今と全く変わっていない。初めて見るスーツ姿だが、それは毎朝鏡で見るアルフレッドだ。

カチカチと画像を変える。様々な政治家たちと年を取らないアルフレッドが笑顔で写っている。

『ずっと姿が変わらない半永久的に不老不死の、国と運命を共にする存在がいる』

フランシスの声が脳内再生された。そのフランシスもまた、18年前に撮られた写真にも関わらず変わりない姿でアルフレッドと握手している。
アーサーはいないのだろうか。アーサー。いない。放心状態のままピクチャを閉じる。


アーサー、君は、おれは、人じゃないのかい。


デスクトップのアイコンをぼうっと眺める。その時ふと、画面左端のビデオのマークが目に入った。そして何の気なしにクリックする。

そのビデオは立ち上がった画面に映像が出るより先にクスクス笑いから始まった。次の瞬間裸の肩をむき出しにして眠るアーサーが写って、思わず目を見開く。ひそめられた笑い声はまだ止まない。

『はは、間抜けな顔』

アルフレッドの声だ。下手くそなカメラマンはゆっくりアーサーに近づいていき、その頬を指で突ついた。

『んむ』
『起きなよイギリス。今日は遊びにいくんだろ』
『…昨日お前が無茶するからだろ、ばかぁ』

アルフレッドがイギリスと呼んでもアーサーは撤回するでなく受け入れている。それよりも、よく見ればアーサーの首筋にはキスマークがある。
これじゃまるで、アーサーの忘れられない、消えてしまった恋人って。


『おはよう、アメリカ』


寝ぼけたままのアーサーはふやけたとびきり幸せそうな笑顔を浮かべて、聞いたこともないような甘やかな声でアルフレッドをアメリカと呼んだ。


「…ッ、アルフレッド!」


それは決して、こんな凛とした声ではない。










100216
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