それじゃあね。お日様の当たる部屋に手を振って別れを告げる。戸を閉めれば周囲は橙から白の空間に戻ってて。ほぅ、と一息を吐いたところで、隣室から聞き覚えのある声が耳についた。

「大丈夫だよ。京介は心配性だなぁ」
「心配もするよ。兄さんの足は治るとは決まったけど、まだ治療を受けたわけじゃないんだから。安静にしといた方が良い」
「でもなぁ…」
「剣城、くん?」

開いていた扉から中を覗くと、見慣れた同級生と彼によく似た人物が一人。会話の内容から察するに横の人は剣城くんのお兄さん、か。ぎょっとした顔で振り向く剣城くんを見る限り声を掛けたのは失敗だったような気もするけど、まぁ気付かないフリでずかずかと病室に上がり込んだ。剣城くんのお兄さんだと思われる人の良さそうな青年は、そんな俺を咎めることなくにこりとわらいかけてくれた。

「こんにちは。京介のお友達かい?」
「はい。サッカー部の狩屋マサキと言います。剣城くんとは同級生で…」
「何の用だ、狩屋」

睨む剣城くんの視線に思わず背筋がぴんと張ったけど、お兄さんの方はまぁまぁとなんとも暢気な口調で場を和ませてくれた。あまりにも柔らかな雰囲気に本当に剣城くんと兄弟なのか一瞬疑問に思ったけど、顔立ちがまぁ確かによく似ているんだなこれが。さすがにこれは疑いようがない。

「それより京介、そろそろ面会時間が終わるんじゃないかい?」
「そうそう!俺もそれ伝えに来たとこだったんだよ」
「嘘つけ」

剣城くん酷い!容赦ない!俺がきゃんきゃん喚くのに剣城くんはしかし全く動じず、それじゃあ兄さん、なんて、びっくりするくらい柔らかい笑顔でお兄さんにわらってて。ぱちぱちと瞬きを繰り返してる間に剣城くんに引きずられ病室を後にしていたことに気付いたのは、病院を出てからしばらくした頃だった。なに、あれ。なんだよ、あれ。

「……剣城くんって、あんな、」
「あ?」
「あんな、優しい顔、出来たんだね」

つい口から零れてしまった言葉だったが、剣城くんはさっきのように俺を睨んだりはしなかった。それどころか、少々硬直した後、わざとらしいくらいに俺から目を顔を背けてずんずんと先に進んで行って。ちょっと置いてくなよ、俺がまた声を掛ければ振り返った剣城くんの顔は、夕日の色を差し引いてもまだ残る程赤く染まっていた。今度は俺が硬直してしまう。

「………それ、他には言うなよ」

極めつけにこの一言。
俺は完全に面食らってしまった。俺の知っている、俺の見てきた剣城くんとあまりに掛け離れている。クールで強くて眼光鋭い、近寄り難い空気を放つ剣城くん。俺の中にあった深海色の剣城くんの姿は、見事に暖色に塗り替えられてしまった。
なんだか不思議で、───でも、前と比べてちっとも嫌じゃない。
先々を歩いていく剣城くんを俺は追い掛けて距離を縮める。そうだ、今度は一緒に病院に行こう?剣城くんがいたらきっと、俺の相手も喜ぶからさ。



【少年の密かな愉悦】

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あづもんちゃんからのリクエスト、「剣城+狩屋で優一さんの看病をする剣城を目撃しちゃう狩屋」でした!
私の趣味でほんのり雨マサぽいものも入ってます篠宮ふざけんな()
ああああうすみませんでもめっちゃ楽しかった…!リクありがとうございました!^^*