帰宅した家ではガタン、と大きな音が響き渡っていた。何事かと慌てて靴を脱ぎ室内へ駆け込めば瞳子の周りにいた幼い子供達が揃いも揃って泣きそうな顔で、助けを請うような表情で自分を見つめている。どうやら音は台所からしたらしい、大丈夫だよと他の子にわらいかけてヒロトはその場へと急いだ。
台所の入り口には倒れたバスケット、そして玉葱が散乱していた。どうやら先程の音はこれから生じたらしく、さらに視点を奥へと移すと、寒色系統の頭がふたつ、互いを睨み合い硬直していた。どうしたの、声を掛けようとしたヒロトより先んじて沈黙は破られる。

「……リュウジさんのわからず屋」

口を開いたのはマサキだった。言われた相手は眉間に皺を増やし、お前なぁと怒鳴ったが、言葉が続く前にマサキはもう良いと踵を返しヒロトの元へと歩み寄った。通りすがりにご飯いらないからと一言、何が起こったか把握する前に事態は終わってしまったのだ。



残された緑川に何があったのと溜め息混じりに尋ねても苦い顔をして教えてはくれなかった。
あれは自分に非を感じているという彼なりの証拠で、それならばと向かった先はマサキの寝室。毛布を被って狸寝入りしている傍に寄り掛かるとひょっこり顔だけ出して重いと呟かれた。それには苦笑したものの、彼の瞼がじんわりと腫れていることに目を留める。これは相当きつく叱られたのだろう。

「どうしたの、マサキ」
「……………」
「俺、帰ってきてびっくりしたよ。みんなは怖がってるし、台所はあんなだし、緑川とマサキは喧嘩してるし。でも大丈夫、緑川ももうそんな怒ってないだろうから、一緒にご飯食べに行こう?今日はカレーらしいし、ね?」

優しい口調で語り掛けたがマサキは布団からぴくりとも動かず、はて不思議にヒロトは首を傾げる。存外食の好みが子供らしいマサキにカレーをちらつかせれば顔ぐらい上げても良いものだが、反応すら返さないのはどうしたことだろう。マサキ、と小さく再度呼び掛ければ、顔を上げる代わりに逆に頭ごと毛布の中に潜り込ませ沈んでいく。慌てて毛布に手を掛けようとしたが中からごめんなさい、と小さな声が聞こえて手が止まった。

「…ご飯、ほんとにいらないんです。食べてきたから」

申し訳なさそうにマサキは告白した。成程、だからかとヒロトはそこでやっと、不可思議に思っていたものがパズルのピースのように繋がっていき納得する。緑川の怒っていた原因のひとつはおそらくこれだろう。穴の空いているピースを埋めるかのようにマサキは言葉を続ける。

「サッカー部の奴等と、ラーメン食べに行って…だからお腹は空いてないんです、本当に。でもそしたら緑川さんが怒って、帰りは遅いし外で勝手に飯食うなって。俺だって、小遣いから金出して食ってんのに、なんでそんな、言われなきゃなんないんだって…腹立って、それで」

段々と震えていく声を、毛布越しに緩やかに撫でてやる。そうすればぽろぽろと零れる本音を、ひとつひとつ丁寧に掬って、少しずつ漏れていく言葉に相槌を落として。

「わかってる。リュウジさんが俺のこと心配してくれて、ご飯作ってくれてるってことぐらい、わかってます」
「うん、」
「でも、俺、あんなのはじめてで……みんなで集まって寄り道して、飯食ってくだんねーこと喋って帰って……そんなの、したことなかったから、だから、」
「楽しかった?」

顔を上げたマサキは、目の縁いっぱいに涙を溜めて力いっぱい頷く。
そっか、とヒロトはわらいながら、何故だか瞼の奥がじんわりと温まるのを感じた。温かくて、無性に泣きたくなるような衝動が身体をじわじわと浸食していく。安心と喜び、我が子の成長を見守る親のような、そんな感覚。
ヒロトはマサキの頭を柔らかく撫で、わらった。緑川には申し訳ないが、今回はマサキの味方をするとしよう。

「そうだね、緑川には後で俺から言っておくよ。でもマサキも、緑川が心配してるってわかってるなら、連絡のひとつぐらい入れてあげた方が良いんじゃないかな?そうしたら緑川も安心するし、あんまり帰るのが遅くなったら迎えに行くことだって出来るからね」
「………それはやだ」

子供みたいじゃん、と唇を尖らせるマサキにヒロトは思わず吹き出してしまう。子供でしょ、そう言ってわらえば枕を投げて反撃される。物を投げてはいけないといつも叱っているのに、困ったものである。
リビングで半泣き状態の緑川の元へ謝罪に向かうのは、もう少し先のことである。



【甘口じゃなきゃやぁよ】

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海音ちゃんのリクエスト、「喧嘩しつつも仲良しなお日様園」でした!とは言っても基緑しかいないあれれ((
でもなんだかんだで基緑狩屋の組み合わせが書きやすいなぁとしみじみ。あああガゼバン二人を期待してたとしたらごめんなさいごめんなさい…!土下座
リクありがとうございました!海音ちゃんのみ持ち帰り自由ですっ