いつもなら何も考えず二つ返事で適当に承諾するくせに、今日ははいの一言もなく、代わりに口からはあー、だのう、だの、視線もあちこち彷徨わせてて、これはどうした何かあったのか。

「狩屋?駄目なら駄目って言えよ?」
「う…その、駄目、じゃ、ないんです、けど」

いやその反応は明らかに駄目の部類だろ、鞄を肩にかけた状態でしどろもどろに狩屋は固まってしまっている。でも行きたいし断りづらいんだろうなそりゃ俺さっきケーキあるんだけど、って餌出して誘ったばっかだもんなぁ。餌ちらつかされてるのに断るなんて、こいつには至難の技だろう。
何の話かって、つまるところ俺は今現在狩屋を自宅に来ないかと誘っているのだ。部活が終わった後の数時間、家に招いて少し話をしたり勉強したり菓子を振る舞ったり、あとは健全なお付き合いをしている者としての時間を少々過ごしている。普段ならほいほい付いて来るか、渋っていてもケーキをちらつかせたら猫じゃらし振られた猫みたく食い付いてくるのに、どういうわけか年がら年中暇だと公言している狩屋が今日は異様なまでに靡かない。
予定入ってるんならホント気にしないから断れよ、って言ったらまた同じような反応、それでもないなら何なんだよ本当に……あ、わかった、もしかして。

「…あの、先輩、すみません、その」
「安心しろ狩屋、今日は母さんもいるし、変なことしないから」
「はぁぁ!?や、別にそれは……ってそうじゃなくて!」

え?別にそれは良いのか?なんだ俺はてっきりそういうことをしたくないのかと思った、なんだそうかそうか……あ、いや違った、問題はそこじゃなかった。でもそれはそれで嬉しいから今の発言は心の片隅に仕舞っておこう。
狩屋はなおもしどろもどろと困った表情を浮かべていて、それでも俺は焦らせないようにあの、だのえっと、だの繰り返す狩屋にうんうんと相槌、俺こんな気長く待てる奴だったんだな知らなかったよ。やがて狩屋の方も落ち着いてきたのか、俯いたままだけども、ゆっくりだけども、話し始めた。

「………その、ヒロトさん、が」
「ヒロトさん?あの人がなんか言ってたのか?」
「いや、そうじゃなくて、ヒロトさんが最近帰り遅いの心配してて……心配だけなら前から瞳子さんもしてたし先輩ん家行ってるって言ってたから良いんですけど、こないだリュウジさんにまでバレちゃって、その、」
「怒られた、と」

肩を落として狩屋は肯定する。そうだよなぁ緑川さん、あの人厳しいし狩屋大好きだもんな、以前会った時に散々睨まれたからよく覚えてる。そうじゃなくても、今の発言の中ではあまりでしゃばってなかったヒロトさんや瞳子さんも相当狩屋を心配しているのだろう。
お日様園の人達はみんな狩屋が好きで、狩屋に甘くて、俺に厳しい。狩屋もなんとなくそれを察してて、だから俺に極力彼らの話をしないんだろう。俺は別に、彼らの話をされたところで特に不快にはならないんだけど。

「じゃあ今日は早めに帰るんだな」
「ほんっとすみません、あの人本当に過保護で」
「いや構わないよ。ケーキを買ってくれた母さんは残念がるだろうけど仕方ないさ、狩屋の事情だし」

余談だが母さんは結構狩屋を気に入っている。表面の愛想の良さに騙されてるだけだけど、好きな奴を気に入ってもらえてることはそれだけで割と嬉しいから、狩屋くんって良い子ねぇと言われても俺は否定せずうん良い後輩だよと返している。ケーキ買ったから狩屋くん呼んでらっしゃいって楽しそうに言ってたからそれだけはちょっと心苦しい。
狩屋がいろんな奴から好かれてるのは良いことだ。まして園の人なら尚更で、狩屋と長い間一緒にいて、俺には想像もつかないようなつらい時期も共に過ごして、そんな彼らがそれ相応に狩屋を想うのは当たり前のことだ。だから狩屋も彼らの心配を無下に出来ない。
そこまで狩屋を想ってくれる奴がいることもまた、喜ぶべきことで。
当たり前のこと、仕方のないこと、喜ばしいこと。だから悪くなんて思ってない、けど。

「それじゃ先輩、また今度」
「なぁ狩屋」

けれど、その中でも一番になりたいと思う俺は贅沢なんだろうか。


「今日の埋め合わせに、今度の休み、付き合ってくれないか?」



【有り余る愛を貴方へ】

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「お日様園組にこれでもかと溺愛されるマサキ、それに負けじとこれでもかとマサキに愛を注ぐ霧野」リクでした
どな様のみお持ち帰り可です