だって、な?可愛い可愛い弟分みたいな奴からの頼み事なんて、断れるわけないだろ?

「晴矢さんケーキの作り方教えて!」
「………はぁ?」

……それがどんな突飛なものだとしても、だ。



聞けば世はバレンタインであり、マサキは意中の人物にカップケーキを作ってやりたいらしい。いや待てマサキお前男だろ、とありきたりな説得を試みてみたが、わかってるけど作りたいんだと押し切られてしまった。料理は得意な方だけど、お菓子は作ったことがないから手伝ってほしい、とのことで。個人的には料理よりもお菓子の方が簡単だと思うのだが、マサキが言うなら断る理由など何処にもなく、休日で良いならと快諾した。のがつい一週間程前のことで。

「…なんでお前がここにいるんだよ」
「君がカレンダーに丸を付けているなんて珍しいからな。どうせこうだろうとはわかっていた」

園内でも一人異質な空気、おい子供明らかにどっか逃げてんだろってぐらいに人ひとりいなかった。ただマサキだけが、俺を見ながら助けろってオーラを出していて、それには疲労感が滲んでいて、ああお前も頑張ったんだな、でも悪い俺もこいつ追い出す自信とかねぇわ。一応頑張ってはみるけど。

「風介お前帰れ」
「ほう。私に言えないようなことをするつもりなのか?そうかそうか、さて緑川の番号はどれだったかな」
「うわぁぁぁ待て待て待て、待て風介!!!お前は俺を殺す気か!!!!」

おもむろに携帯を開いた風介から慌ててそれを奪おうとしたが素早く隠され右手は宙を切った。最初から最終兵器出すとかお前どんだけ卑怯なんだよ!

「安心しろ、こう見えて生クリームを作るのは上手いんだ」

気持ち悪いくらいにっこりと風介は笑った。俺は縋る目をしたマサキを諦めさせるよう悪ぃ、とはっきり告げた。俺はまだ死にたくない。



だが何が最悪って、パウンドケーキを作る行程に勿論生クリームを泡立てる必要なんてなく、そしてそれ以外はこいつには、まるきり出来ないってことだった。卵は割れない、粉を奮ったら周囲を真っ白にする、湯煎をする際にチョコをお湯の中にぶっ込んだもんだから、もうお前は足りなくなったチョコ買う係なって言ってひとまず部屋から追い出した。本人は不服そうだったが、リュウジさんに言ったらケーキあげませんからってマサキが格好良く言ったもんだから大人しく外に出てった。マサキお前強くなったな……。

「にしてもお前、なんでそんなにケーキ作りたかったんだよ」

木箆に引っ付くバターを苦戦しながら練り混ぜるマサキにふと思い出したようにそう尋ねた。マサキはあ、とかう、とか声を漏らし、しばらく首を捻っていたが、やがて口を開き始めた。

「……別に、最初はあげる気なんて、なかったんだ」
「ん」
「でも、先輩は、毎年びっくりするぐらいわんさか貰うって、キャプテンが言ってて…なんか、やんなきゃ、そいつらに負けた気がするじゃん」

かつん。思い切り突き付けた木箆がボールにぶつかって音を立てた。それで我に返ったのか、すみません変なこと言って、なんて慌てて必要もないのに謝る。全然なんも変なことねぇよって俺はわらった。それを聞いて、ほっとしたように胸を撫で下ろすマサキを、俺は可愛いと思った。
マサキは可愛い。今だって、ビターチョコを使って調理してるのは、以前その先輩が甘いものは苦手だって言ってたからに違いないし、机の上にはたくさんの菓子作りの本が読み散らかされたまま置いてあったし、棚を開けた時に買ったばかりのラッピング袋を俺は見てしまって。
あぁ、好きなんだな─────可愛いなぁ、って。その先輩って奴は気に入らねぇけど、悔しいけど、でもやっぱりマサキのことは、応援してやりたいって、思うんだ。
それに分量から見るに、俺や風介の分だけじゃなく、ヒロトや緑川達の分まで作るつもりなんだろうし、まったくお前は可愛いなぁ本当にもう…

「そうだ。ねぇ晴矢さん、卵白泡立てるの風介さんにやらせましょうよ。それぐらいならあの人にも出来るでしょ」
「え?あ、あぁ、そうだな」

危ね、ここで妙なこと口走ってたら俺の扱いも緑川と一緒になる。それだけは断固として避けたい。晴矢さん卵割って、などと可愛く強請ってもらえる今の関係が俺にはベストだ。
それにしてもその先輩とやらに一生懸命なマサキを見ると、なんだか嬉しいような、微笑ましいような、それでいて寂しいような、複雑な気持ちに陥る。娘を持つ父親ってこんな気分なのかもな、っておい俺はいくつの親父だよとか自己突っ込みを入れてたら卵分離すんの失敗した。畜生、風介に卵も買うように連絡入れないと。



【甘美な香りに惑わされる】

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バレンタインといえるのか謎な日付ですねすみません
お日様園+狩屋でバレンタイン、とのことでしたがガゼバンしか…いない…
そんなわけでおまけ