好きだと言えば、好きだと応えてくれる。触れたいと願った唇が遠いことに文句を言えば、抱き締めてぐっと距離を縮めてくれた。それが幼子をあやす母親のようで、俺いつか絶対追い抜きますから、って悔し紛れに言ったっけ。ねぇ、覚えてんの。きっと覚えてないでしょうけど、俺はちゃんと南沢さんとのこと、ぜんぶぜんぶ覚えているってのに、なんで、なんでなんでなんで。

「なんで、置いていくんです、か」

急いで駆けていったせいか呼吸は荒く息が苦しい。見慣れぬ街まで電車で乗り継いで、聞いたことのない駅で降りて、その辺を歩く学生をしらみ潰しに見回してやっと見付けた愛しい人。暗い色の髪に地味な制服だったけど俺には遠目からでもすぐわかった。腕を伸ばさないと届かない肩に手を置いて俺は問いかける。

「なんで、……誰にも何も、言わないで。なに勝手なこと、してるんですか。だって俺、まだ何も」
「倉間」

南沢さんは最初こそ少し驚いたようだったけれど、俺の言葉に段々と顔を歪ませていった。眉間に皺を寄せて歯を食い縛るのがわかる。
そして次にはぱしん、と俺の腕を振り払い、静かに沈んだ声を上げた。

「いい加減にしろ。俺が俺のやりたいようにやって何が悪い。俺はもう、……うんざりしてるんだよ。サッカーにも、雷門にも、お前にもな」
「!」

最後の一言に、絶望のどん底に突き落とされた気分に陥った。南沢さんの目が見れなくなって、反射的に下を向く。零れそうな何かを堪えようとして、また呼吸が荒くなった。震える拳はあてもなく胸を押さえようとして、ふいに強い力で捕まれる。誰か、なんてもう、考える必要もなかった。


「……俺のことは、もう忘れろ」


顔を上げた瞬間に視界を唇を塞がれて、離れた時にはっきりと見えてしまった。今にも泣き出しそうな南沢さんの瞳には、同じように泣き出しそうな俺が映って揺れていた。
じゃあな、と告げて南沢さんは去っていく。違う、違う。さよならを言いに来たんじゃない。言いたいのに、叫びたいのに、喉に何かがつっかえて言葉が出て来なくて。



冷ややかな態度や冷めた瞳の内にある熱を見出だすことが俺は好きだった。見出だしていた、つもりだった。でも今、あの人は、好きだと告げた唇も、抱き締められた腕の温もりも、すべて嘘にしてしまった。酷い人、ずるい人。
なのに。


「……無理に決まってんだろ、馬鹿………っ!」


簡単に忘れるなんて、出来る筈ない。
だって俺の世界にはもうずっと、
あんたと俺しかいなかったんだから。



【偽りだらけになった世界】

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蒼音さまのリクエスト、「シリアスで泣ける南倉」でした
泣け、ます、かね…?いやそれ以前に南倉初めてまともに書いたのでいろいろ見にくくて恥ずかしいです
でも南倉大好きですのでリク嬉しかったです、ありがとうございました!
蒼音さまのみ持ち帰り可です