「天馬!どうしよう!」

西園の一声はサッカー棟全体に響き渡り、それに一同全員が振り返った。
部内一着替えるのが早いのは浜野だ。放課後の練習を終えると我先にと制服に袖を通し、誰よりも早くロッカールームから飛び出すが、彼は同じ二年である速水や倉間をサロンで待っているので、実際に部室から一番早く飛び出すのは当番にならない限り二番目に着替えの早い西園である。その彼が外に出るなり引き返し、まだブラウスを羽織った状態の松風に抱き着き開口一番に放ったのがその台詞だった。

「どうしたの、信助」
「聞いてよ天馬〜雨!降ってるんだよ!どうしよ〜僕傘持って来てないよ…」

天馬が窓の近くまで寄り、その近隣にいた部員も覗き込むと成程、外が暗いせいか見え辛かったが確かにいくつかの水滴が垂れている。天馬は困った顔で剣城に傘の有無を問うが、残念なことに彼もまた首を振る。再度どうしようどうしようと一人慌ただしく頭を抱え始めた西園の元へ、制服に着替え終わった三国が苦笑いをしながら近付いて来た。

「まぁ落ち着け、信助。こんな時のためにうちにはいくつか置き傘があるんだ」
「え!さっすが三国先輩、ありがとうございます!」
「いや、俺のおかげではないんだがな…」

部内のものだし、と漏らす三国を余所に西園と松風は嬉しそうだ。
三国に連れられサロンでどの傘を取ろうと探す二人の周囲に、段々と着替えを終えた、同じく傘がないのであろう他の部員も群がり始める。思い思いに手に取っている中、一人それに混ざらず鞄を抱えている者が霧野の目に留まった。

「狩屋?傘、取らなくて…」

言い掛けて止めたのは、彼の手にはすでにそれがあったからだった。彼の髪と同色の、こぢんまりとした折り畳み傘。くるりと振り返った狩屋もまた、俺持ってるんで、お疲れ様でしたと一言呟いてサロンを後にする。それがあまりに呆気なく、素っ気ないものだったので、霧野は少し気に掛かった。狩屋のことだ、センパイ持ってないとかだっせぇだの何だの、からかいのひとつやふたつ言ってくると思ったのに。珍しい、そんなに帰りたかったのか。

「霧野?取らないのか?」
「……いや、借りるよ」

思案していたが神童の呼び掛けにはっとして霧野は振り返る。折り畳み傘くらい、誰が持っていてもおかしくないものだ。気に掛かることでも、なんでもない、筈なのに。
結局、その日は狩屋とマネージャーの女子以外誰も、傘など持って来てはいなかった。



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導入部分だけ、サンプル用に改行多めにしてます
こんな感じで雨をテーマにしたお話です、よければどうぞ