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1773年6月8日火曜日
パリの空は雲ひとつなく輝かしく晴れ渡っていた
18歳の王太子と17歳の王太子妃が初めて首都パリを正式に訪問する日である
若い夫婦を一目見ようとしてノートルダムからテュイルリー宮への沿道をすっかりうずめつくした400万の群衆は期待以上に魅惑的で麗しい
マリー・アントワネットの姿に感激し熱狂して
拍手と歓呼と叫びで首都パリは嵐のようにわきかえった
「みんながあなたを見てぼうっとなってしまっているよ。手を振ってごらん」
「え?」
アントワネットが手を振ると民衆は歓声を上げた
「まぁ!(ちょっと手を振っただけなのに素晴らしいわ・・・!!王太子妃という地位にあるだけでこんなにも多くの人たちの愛情を得られるなんてなんて幸せなことなのかしら・・・!!)
もしも・・・もしもこの日の感激を幸せを民衆の愛情をアントワネットがいつまでも忘れないでさえいたなら・・・
彼女は悲劇の王妃にならずに済んだかもしれなかった───
ワー ワー!!
王太子夫婦への歓声はエリザベートたちの住む館にも聞こえてきていた
「王太子殿下方がお越しになったようだ」
『すごい賑わいよね』
紅茶を持ったエリザベートが微笑みながら答えた
「エリザベート」
『紅茶を持ってきたわ』
「ありがとう。でも、君の紅茶は美味しいから他の紅茶が飲めなくなってしまうよ」
『ふふ、お母様に教えてもらったのよ』
「王妃様に?」
『ええ。お母様が飲む人のことを考えてながら愛情を込めて入れなさいと教えてくださったの』
「それは美味しいに決まっているな」
紅茶を1口のみ置いたハンスは真面目な顔で私を見た
「エリザベート」
『なに?どうかした?』
「無理をしたりはしていないかい?フランスへ来てから顔色が悪い日が多い」
身支度を整えてくれるばあやならまだしもハンスにまでバレているとは思わなかった
『ふふ、大丈夫よハンス』
「だが」
『本当に大丈夫。ただ初めての留学でなれないことが多いだけよ───それにしてもほんと賑やかね』
「あぁ・・・」
『ハンスは興味ないの?』
私の聞きたいことが本当にわからないのかハンスは不思議そうな顔をした
「なににだい?」
『何ってみんなが噂している王太子妃殿下によ』
「興味か・・・1人の女性としてならないかな」
『1人の女性としてでなければあるの?』
「私にはだれにも負けないヨーロッパ一の美姫がいるからね。その親友である王太子妃には昔のエリザベートのことを聞きたいからそういった意味では興味があるかもしれないな」
本当に?あなたはあの子に会ってもそうだと言える?
本当に私への想いは変わらない?
フランスに来てマリーのことを人づてに聞くたびに私は不安になるようになっていた
「そうだろう?私の愛しいエリザベート」
『そうね・・・私にも貴方だけよ───私の愛しいハンス』
「だから気にはならないかな」
優しいハンス・・・私はあなたには隠し事はできないみたい
『・・・マリーはとても可愛らしくて素敵だからいつかあなたも───と思ってしまったの』
「その心配はないよ」
『でも人の気持ちは変わっていくものよ絶対なんてないのよ』
そんな私の言葉にハンスは
「それなら君の気持ちもいつかは私から離れてしまうと?」
『いいえ!私には貴方だけよ!』
「シシィ。エリザベート君には私だけなように私にも君だけさ」
『ハンス』
「私を信じて」
そんなハンスに私は謝ることしかできなかった
こんなにも私を想ってくれているのに私は歴史に囚われてる
私が信じるべきは歴史ではなく貴方なのに───
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