放課後遁走曲 | ナノ
// Expiation et la réponse par le carbonate


バックに入りきらなかった三冊の本を抱えて、坂道を下る。
夜の空気はとても静かで、いつもと同じように穏やかだった。ありふれた街灯はただ帰路を照らしている。
しかし心は、億劫だ。
一定間隔に設置された街灯の明かり達がが代わる代わる私の身を包んでは、くるくると心を洗浄しようとしていたけれど、底知れぬ痛みが、私から元気の二文字を吸い取っていく。一歩進む毎に1ダメージ受けるアールピージーゲームの毒状態の様に。
学校からそのまま行きつけのカフェに直行し、いつもより長い時間、久しぶりにじっくり本を読んでいたにも関わらず、いくら本を読んでも活字だけが頭を通り過ぎていく。まるで脳内に入って来なかった。
これが後悔というものだと思い知るには十分過ぎた。足取りが重い。私は今己を激しく嫌悪していた。
私の彼に対する気持ちは「好き」ではなく「憧れ」だったんだと気が付いて、だから進展なんて望まなかったのに、鉢屋にあの時あの返答をしなければ、もしくはもっと早くに気づいていれば、逃げ出したり不破くんを傷付けた(かは分からないけれど、もし)りしなかったのに。
少し、泣きたくなった。
しかし泣いてもしようのない事だったから、私はそれを諦めた。HPゲージはそろそろ半分を切りそうだった。
だいたい、逃げる必要なんて無かったじゃないか、理論的に。私が逃げ出した意味はいったい何だろうと考えてみると、これといった正当な理由なんてまるでなくて、そこには碌でなしのエゴイズムしか残らない。不破くんは私にさぞ落胆したことだろう。


「ああもう」


また、溜め息。
先に立たないから後悔なのだと誰かは言ったけれど、まさにその通りだ。そして後悔からは、何も生まれないのも事実。
まず不破くんに謝らなければならない。きっとそれくらいなら、出来る、筈。


「……て」


噂をすれば、なんとやら。
酒屋さんの自販機前で何やら悩んでるのは、不破くんじゃなかろうか。今回は何をどの位の間悩んでいたのかは分からないけれど、制服姿だった。


「こんばんわ、」
「わ、鍛冶邸さん!こんばんわ」
「あの、な、何悩んでたの?」
「え、ああ、うん、どれにしようかな、と思って」
「……それじゃあ、最初に買おうと思ったものは?」
「ファンタのグレープ……だっけ?」
「そっか」


私は自販機にコインを押し込んで、ファンタを購入。不破くんに差し出した。


「昨日の、お詫びです。貰って下さい。それから、すみませんでした」
「え……あれなら僕が謝るべきだと」
「私は逃げたから」
「気にしてないよ」


不破くんはふんわりと笑った。あまりに優しいから、私はどうしても罪悪感を捨てきれない。自分のエゴイズムを恥ずかしく感じて、しかし不破くんは言葉を続けた。


「でも、僕諦めないから」
「え」


思わず、聞き返す。不破くんは、言った。


「この前のは罰ゲームでも何でもなくて、僕の本懐だから」


そんな不破くんは暗闇でもわかるほどの赤面、それでも私の目を見て言った。思えば、昨日も私から目をそらしたりしなかったじゃないか。まさか二日連続で告白されるとは思わなんだ。


「だから、告白の返事は今じゃなくていいから、その……良かったら、メールアドレス教えて下さい」
「……う、うん」


きっと私の顔の血液が沸騰してるんじゃないかと思うくらい、カッカする頬。
震える指先で、赤外線送信ボタンを押した。






(『今度の日曜、暇ですか?』って)
(なんて返信したらいいのだろう…)
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