放課後遁走曲 | ナノ
// Prise de conscience de l'incitation à l'imitation par thème





「昨日、お前、逃げただろ」


今日も昼のうちに本は借りておいて、図書館には寄らずに帰ろうとして、下駄箱ですれ違った際に呟かれた鉢屋三郎の言葉が、じんわりと鈍い衝撃と共に酷く頭に響く。
私を非難するような言い方に、ぷっつんと私の中の何かがキレた。
いつからか私よりもがっしりとした体躯が憎らしく思えた。偉そうな声に腹が立った。彼の肩から下がったバッグを思い切り蹴飛ばす。


「……いい加減タチの悪い嫌がらせはやめて欲しいんだけど」
「何怒ってんだよ、暴力女」
「あんただろ、不破くんけしかけたのは。しかも見てたんだ、悪趣味にも程がある、」


鉢屋三郎は黙って私の言った言葉、すなわち私から彼に対する文句と侮蔑の言葉を受け入れる。珍しく、言い訳はしなかった。自分に非があると認めているのだろうか、明日は雪に違いない。一息に随分長い口上を述べたと思う。
沈黙が流れて、後。


「雷蔵は本気だぞ」


鉢屋三郎は、容認し難い事実を告げて、私の目を見つめ、続けた。


「たしかに、私は雷蔵をけしかけた。雷蔵の気持ちを知っていたからな」
「……、私は進展を望んでないと言った筈なんだけど」
「お前、本当に雷蔵のこと好きなのかよ」
「鉢屋三郎、あんたは勝手だ」
「お前の方が、勝手だ」


私は反論に詰まった。握り締めた手のひらに爪が食い込んで痛い。
そんな私に追い討ちをかけるように、鉢屋三郎は続ける。


「逃げたんだから、フォローくらい入れろよ、最低限」


言うが早い、踵を返して、とっとと私に背を向け行ってしまった。
取り残された私はいったいどうしたらいいのだろう。
「お前、本当に雷蔵のこと好きなのかよ」と、鉢屋三郎の言い放った言葉が、頭の中を執拗にエコーする。
ねぇ、好きって、どんなことを言うの。
いつだか読んだ恋愛小説で、主人公がそう言って、悩んだ。山の様に本を読んできたけれど恋愛の表現は様々で、色々な形の恋愛があって、強いていえばどれも至極面倒そうなものだったことは共通しているだろうか。
片思いから始まって、相思相愛だの三角関係だの、好きだの嫌いだの嫌われただのまだ好きだのもう嫌いだのころころころころ場面が変わって浮かれて笑って怒って泣いて嫉妬して喧嘩して仲直りしたりしなかったり、冷めただの、愛してるだの。
本では、ハッピーエンドが多いけれど。
実際問題、最終的には、別れて険悪になるものじゃないか。
友達だった時の方が仲が良かった、なんてパターンが周りには溢れてる。
だから私は、見てるだけでいい。
そう思って。
つまり、それは、


「……そう、かぁ…」


私は、とてもとてもどうしようも救いようもない程の、莫迦だ。

前言、撤回。



私は、不破くんに、憧れていただけなのです。








(あの時、否定しておけばよかったのに。)

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