紅 | ナノ






「今夜は、星が綺麗だなあ」


紅槻がそう呟けば、鉢屋は意外そうに目を見開いた。


「……珍しい、随分と風情のあることを言ったもんだ」
「月が無いから、なのだろうね。こんなにも沢山の星が見えるのは」
「冬だし、寒さで空気も澄んでるからな」
「きらきらと美しいね」


紅槻が笑えば、鉢屋は目を逸らして、ぐい、と酒を煽る。
同じように、星を眺めて、言った。


「きっと、純粋で、何も知らないんだろ」
「何もって、何だ」
「この世界はこんなにも穢れでいることを」
「知ってる筈さ、この世界を見つめてるんだ」
「いいや、見ているつもりでも、きっと、目に入っていないんだろう」
「どうして」
「自分が輝くのに、必死なんだろ、きっと」


そうでなきゃ、誰かの死んだ夜には、少しは自重するだろう?鉢屋は言った。それでは星の輝ける日などなくなってしまうよ、紅槻はくすくすと笑った。きっと、この世の誰もが死んでも、あのまま光り続けるんだ、と言ったら、そうかもしれないね、と目を細めた。


「必死なのは私たちかて同じさ。でも、私たちはこんなにも泥まみれだというのに、彼奴らは、のうのうと輝いているだろう?」
「うらやましいのか?」
「そういうわけでは、ないけれど」


人形が、彼女に酌をした。紅槻は美味そうに酒を煽った。
ふう、と息をついた。
白い息がすぐに闇に混じって消えた。


「こうしていると、ほんのすこし、幸せな気分になると知ったんだ」


その笑顔には自嘲も含まれていただろうか。


「どうして」
「生きていることが、存外、意味のあることだ、とね、自覚するんだよ」


あまり答えになってない紅槻の言葉に、鉢屋は適当な相槌をうつ。
紅槻が酌をしてくれた、酒を飲み干した。


「確かに、こうしているうちは、幸せなのかも知れないな」


紅槻は声をあげて笑った。
生きていることが、可笑しいのかも知れない。





(辺りにゃ、静かな、音もなく)
(酔っているんだ)
(星の匂いに)






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