紅 | ナノ



それではこれから作法委員会を開く。今日やることは先日斜道先生に習った首実検の化粧をおさらいだ。きっとそんなに時間はかからないだろうから、余った時間は別のことに充てる。
何だ?藤内。……別のことは別のことだ。


さあ一人一台フィギュアを取りに来い。一年の二人は私と紅凪とそれぞれペアを組んで二人で一つだ。喜八郎はどこに行った?……紅凪、連れてこい。
よし、伝七は紅凪が戻ったら二人で組め、それまでは一人で出来るだろう。
さてと、それでは始めようか。……と、道具を配ってなかったな。白粉、刷毛、紅、墨……それぞれ必要なものを持って行け。その他各自必要なものがあればそこの棚に入っている。
ああ、紅は紅凪が買い足しているから安心しろ。私の所に取りにおいで。
喜八郎、紅凪、戻ったか。……蛸壺を掘るより委員会が優先だと何度いったらわかる。
……遅くなってしまったな。始めよう。



■ ■ ■



「伝七、準備を任せてしまってすまなかったな」
「いいえ!綾部先輩を探しに行っていらしたんですから仕方ないですよ」
「そうか、ありがとう。少し白粉が足りないかな、そこの眉もと」
「はい」
「眉墨を引こう」
「はい」


墨筆を手にとってから、黒門は声を小さくして言った。


「……先輩」
「何だ?」
「これが終わったら逃げた方がいいかもしれません」
「……?」
「別のことに時間を充てると立花先輩は仰ってましたが」
「それに私の不利益が関連するのか?」


おそらく、とどこか気まずそうに黒門は頷く。紅槻はますます分からなくなってきた。


「もうすぐ、春の予算会議ですし」
「もうそんな時期か」
「そうです。だから先輩は逃げた方が上策……」
「そこ、私語が多いぞ」
「「すみません」」


黒門との会話はそれまでになってしまい、化粧もそろそろ終盤を迎える。どこか焦った様な浦風が紅槻の袖を軽く引いて、こちらもどこか気まずそうに口を開いた。


「あの、先輩…」
「どうした浦風」
「ええと……この紅、どれくらいが良いんでしたっけ」
「それ位で良いんじゃないか」
「そうですか?ありがとうございます……それから、先輩」
「?」
「この後は逃げた方がいいです、絶対」
「…お前もか」


ますます分からない、と紅槻が眉をひそめる。綾部の頭で死角になっていたせいで、彼女は立花がそれはそれは機嫌が良さそうに笑っていたのに気付くことが出来なかった。


「それでは各々完成したな?」
「「「「はい」」」」
「次の余った時間は……生身の人間に化粧を施そう」
「は?」
「……」
「もうすぐ予算会議が近い。あの潮江を色でもってたぶらかし、弱みを握るのだ」
「なるほど……で、誰がその実験台に」


嫌な予感は的中しそうだと思いながら、やっぱり逃げておくべきだったと後悔しながら紅槻は訊いた。その顔は若干青ざめている上に、出口に向けて後ずさりし始めていた。
立花は(おそらくそこらの町娘が見たら黄色い声をあげるであろう)極上の笑顔を以て紅槻にずいっと顔を寄せた。


「何をしらばっくれている?お前以外に適任者はいないだろう」
「先輩の方が適任では」
「女装した竹谷をたぶらかしたそうじゃないか」
「……。待って下さい、他の委員会はもう終了の時か……っ!」


掴まれた腕を内から捻って外しながらひらりと身を返しては、脱兎の如く駆け出し背後の襖を叩きつける勢いで開こうと手をかけるものの、何の仕組みでか開かない。蹴破ろうとした時に立花が言った。


「捕えろ!」
「はい」
「黒門!浦風!」


内心裏切り者!と叫びながら両サイドからほぼ同じタイミングで飛びついてきた二人から同じように飛び退くと、畳が沈んで網が紅槻の体を覆った。


「……」
「掛かりましたね先輩」
「兵太夫……私を甘く見るな」
「破られるぞ、次の策だ」
「壱之姫!」


……かくして作法委員会に内乱が生じたのである。






(へ、兵助!勘右ヱ門!丁度良いところに)
(ごめんおれたちいそいでるから)
(うんごめん)
(裏切り者!)







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