寒い冬の夜のことだった。 紅槻は硝煙蔵から戻らない同室の代わりと言わんばかりに部屋に居座っては、これでもかといわんばかりにきつく己を抱き締めては離れる素振りを全く見せない鉢屋に、ひどく眉を寄せては、とうとう耐えきれなくなって口を開いた。 「三郎」 「んー」 背中に顔をうずめて、先ほどから名前を呼んでも生返事が返ってくるばかりである。ひとつ息をついて、紅槻は言った。 「私は火鉢ではないのだが」 「んー」 「聞いてるのか」 「んー」 「鉢屋と呼んでもいいか?」 「……三郎」 「起きてるんじゃないか」 ひどく不機嫌に睨まれたが、そんな視線はひらりとかわして紅槻はくすりと笑う。 「だって紅凪が構ってくれないから」 「兵太夫にたのまれたカラクリをつくってやらないと」 「そんなの、後で良いじゃないか、適当に終わらすとか」 「彼は賢いからね、手抜きはばれてしまうだろうよ」 「どうせ私は絡繰り以下さ、しかも後輩の……」 それっきり鉢屋はまた紅槻の背中に顔をうずめてしまって、結局離れてくれない。 困ったなぁとため息ひとつ、紅槻は絡繰りから手を離した。 「だいたいねぇ、こんな風にお前が抱きついていたら兵助が……」 「私が居るというのに他の男の名前を出すのか」 「あのなぁ、彼は大事な友人なんだから」 「私は?」 「……三郎」 「紅凪は何もわかっちゃいない」 「ごめんね」 鉢屋の頭を撫でれば、ぱしんとはたかれた。 申し訳無さそうな顔をしているのに、鉢屋はそれに気づきながらも見向きはしない。 もう一度撫でようとしたら、鉢屋はばっと顔を上げて正面から紅槻に抱きついた。押し倒して指を絡めて、離したくないというアピールのつもりなのだろう。紅槻は苦笑した。 「寒い」 「ああ、寒いね」 火薬を使った絡繰りだったから、二人の位置から火鉢は遠く、抱き合っていても寒さが染みる。二人とも、手の先はひんやりとしていた。 どくん、と鉢屋の鼓動が跳ねるのを、紅槻の耳がしっかりと捉える。 「人恋しいのかい?」 鉢屋は薄く笑って、答えた。 「お前はつくづく残酷だよ」 わかってるのだろう?わかっていてそんな事を言うのだろう?と鉢屋の指先が訊ねる。 紅槻はゆるりと握り返して。 「……そうだね」 鉢屋の頬に、そっと接吻を落とした。 聞こえないふり (知っているから、) (言っては駄目だよ) 102011 [*] | [#] |